與志漏神社

滋賀県長浜市木ノ本町古橋

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鶏足寺・十一面観音

奈良時代から平安時代にかけ、この地己高山を中心に山岳信仰が隆盛したが、時代は移り、鶏足寺は廃寺となった。

 

この十一面観音も麓の寺々を転々としていたが、ようやく與志漏神社境内の「己高閣」という蔵に安置され、安住の地を得た。

  

檜の一本造りで、丈172cm。平安時代の作といわれる。国の重要文化財に指定されている。彩色が剥落していて、宝冠も

 

失っているという。里人に守られながらも、あちこちを転々とした歳月の厳しさが伺える。                     .

  

近くの渡岸寺の十一面観音に比べると、妖艶さは感じられない。渡岸寺の観音は、お臍を出し、腰のくびれも艶かしくあったが、

 

ここ鶏足寺の観音はどっしりした怒り肩で、頼もしく感じる。井上靖も、「モデルは村の内儀さん」と評したという。地元の伝承では、

 

延暦十八年(799)、行基を慕って己高山に入山した最澄が、雪に残る鶏の足跡をたどるうち、足跡は池を三回りして消え、池の

 

中から仏頭が浮かんだ。喜んだ最澄は、この仏頭に合わせて自ら刻んだ像を本尊として建立したのが鶏足寺という。       .

 

 

 

「己高閣」の隣りには「世代閣」という戸岩寺の諸仏を安置する蔵もある。「薬師如来」「魚籃観音」など多数の仏が安置されている。

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ところで、この地古橋は、石田光成の母の出生地という。

 

関が原で敗れた光成はこの古橋に逃れてきたが、他の村から養子にきた男に密告され捕まってしまった。

 

古橋では、永い間よその村からの養子はとらなかったという。

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村の鎮守さま 與志漏神社 鶏足寺 十一面観音 己高閣

万葉集を携えて

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