野洲市の神社を紹介します。


長澤神社矢取神社三河神社
祭神 天瀬織津姫神
配祀神 多記利姫神 市杵島姫神 他五柱
祭神 手力雄神祭神 積羽八重事代主神
境内社 立合神社 両大神宮 八幡宮境内社 八幡神社境内社 切妻造
本殿 一間社流造本殿 一間社流造本殿 
神紋 十六菊神紋 弓矢神紋 亀甲
鎮座地 野洲市比江鎮座地 野洲市小比江鎮座地 野洲市北比江
由緒
社蔵の「長澤神社表録」によれば、大宝三年の
創建と伝え、近江国司紀朝臣友安が朝廷に奏聞、
官符を賜り宮殿を造営とある。
藤原俊成は
  長沢の 池のあやめを 尋ねてそ
      千代のためしに ひくべかりける
由緒
兵主神社所管二十一社の一。
源平の頃、比江郷を領していた園田兵庫頭平政広が
神託を受け創建。
由緒
野洲川の度重なる氾濫で由緒不詳。
現在の社殿は明治十七年再建。

牛尾神社二ノ宮神社二ノ宮神社境内比利多神社
祭神 須佐之男命祭神 建御名方神 天児屋根神 祭律主神
配祀神 素盞嗚尊 大山咋神 菅原道真公
祭神 開化天皇皇子日子坐王命
境内社 天満宮境内社 比利多神社 子安神社境内社 
本殿 一間社流造本殿 一間社流造本殿 
神紋 亀甲神紋 亀甲神紋 
鎮座地 野洲市乙窪鎮座地 野洲市西河原鎮座地 野洲市西河原
由緒
兵主神社所管二十一社の一。
養老年間の鎮座と伝える。
由緒
兵主神社所管二十一社の一。
欽明天皇の代に鎮座、養老二年社殿造営、
後大同二年、延暦寺僧最澄が天台宗弘法のた
め湖東に三大寺を創建、中主町乙窪の仏性寺
をその一とし、当社を鎮護神に定めたと伝える。
由緒
欽明天皇六年、豊積荘に降臨、比留田字上山に
鎮座。建久年中に、西河原ニノ宮神社の境内に
遷されたと伝える。
悪皇子社とも浅殿神社とも称される。
兵主神社所管二十一社の一。
また、口伝によれば、本兵主とも称し、養老二年、
兵主大神が八ッ崎浦に降臨したとき比利多神が
兵主郷に迎えたといわれる。

浅殿神社木部神社虫生神社
祭神 積羽八重事代主神 大国主神
配祀神 木花佐久夜比賣神 天御中主神
宇賀之御魂神
祭神 素盞嗚尊祭神 月讀命
境内社 境内社 境内社 八幡宮 天満宮 厳島神社
本殿 三間社流造本殿 一間社流造本殿 二間社流造
神紋 亀甲神紋 亀甲神紋 桑二葉
鎮座地 野洲市比留田鎮座地 野洲市木部鎮座地 野洲市虫生
由緒
兵主神社所管社二十一社の一。
比留田神社とも称する。
大国主神は、兵主神社の祭神。
由緒
兵主神社所管社二十一社の一。
欽明天皇の代に鎮座。「悪王子神社」と称された。
由緒
かつてこの地域に服部郷があり、このうちの
錦織部の人々がここに居住し、虫生社を勧請
したと伝える。

高木神社兵主大社三宮神社
祭神 高皇産霊神 神皇産霊神祭神 大己貴神祭神 
境内社 豊受大神宮 若宮神社 八幡神社
日吉神社
境内社 相殿神社 若宮神社 手名椎神社
足名椎神社 手洗御前神社 両皇太神宮 水神社
境外社 乙殿神社 八幡神社 吉地神社
産土神社 矢放神社 野々宮神社 稲荷神社
狩上神社 苗田神社 千原神社 戸津神社
三宮神社 杜若神社
境内社 
本殿 一間社流造本殿 一間社流造本殿 
神紋 下り藤神紋 亀甲に鹿角神紋 
鎮座地 野洲市八夫鎮座地 野洲市五条鎮座地 野洲市六條
由緒
兵主神社所管社二十一社の一。
欽明天皇の代に鎮座。
養老二年に社殿創建。
由緒
景行天皇は、矛の神威を畏こみ穴師(桜井市)の地を
選び、兵主大神を皇子稲背入彦命に祀らせた。
さらにその後、景行天皇は、近江国高穴穂宮に
遷都するにあたり、この大神を穴太の地に遷座した。
そこでこの穴太(大津市坂本穴太町高穴穂宮跡)を
「元兵主」と呼ぶ。
のち欽明天皇の時代に、播磨別等(兵主族の祖先)が
琵琶湖上を渡りこの地に移住するとき、再び大神を
遷座し兵主大神の鎮座する地として祀った。
また、稲背入彦命を乙殿神と崇めこの神域に
神主播磨別の祖神として祀った。
社殿の創建は養老元年、元正天皇の勅定による
と伝える。

由緒


乙殿神社苗田神社杜若神社
祭神 祭神 祭神 
境内社 境内社 境内社 
本殿 本殿 本殿 
神紋 神紋 神紋 
鎮座地 野洲市五條鎮座地 野洲市須原鎮座地 野洲市菖蒲
由緒由緒

由緒 境内に歌碑

藤原俊成
  長沢の 池のあやめを 尋ねてぞ
      千代のためしに ひくべかりける

戸津神社八幡神社吉地神社
祭神 祭神 祭神 
境内社 境内社 境内社 
本殿 本殿 本殿 
神紋 神紋 神紋 
鎮座地 野洲市安治鎮座地 野洲市野田鎮座地 野洲市吉地
由緒由緒由緒

千原神社狩上神社下堤神社
祭神 祭神 祭神 大国主大神 
境内社 境内社 境内社 
本殿 本殿 本殿 
神紋 神紋 神紋 
鎮座地 野洲市井口鎮座地 野洲市堤鎮座地 野洲市堤
由緒由緒由緒
平成十年創祀

矢放神社新川神社八幡神社
祭神 祭神 須佐之男命
配祀神 大物主命 奇稲田姫命
祭神 誉田別命 息長足姫命
境内社 境内社 大神宮 多賀神社 日吉神社 若宮神社
厳島神社
境内社 春日神社 稲荷神社
本殿 本殿 一間社流造本殿 一間社流造
神紋 神紋 抱茗荷神紋 左三ツ巴
鎮座地 野洲市吉川鎮座地 野洲市野洲鎮座地 野洲市行畑
由緒由緒
社伝には、天武天皇が大友皇子と野洲川を隔てて
皇位を争ったとき勝利祈願をし、成就し即位した
朱鳥元年、造営したと伝える。
由緒
永承五年勧請。
永承年中、源頼義は天皇の勅宣により奥州の
安倍貞任を追討するため、軍勢を率いて野洲河原に
来たところ、佐々木源太夫章経の率いる四百余騎が
加勢した。頼義はこの加勢を氏神石清水八幡宮の
神慮と喜び、後この地の小祠に八幡宮を祀った。

行事神社屯倉神社日吉神社
祭神 金山毘古神祭神 日本武尊 大己貴命祭神 大山咋神
境内社 八幡宮 春日神社
境外社 愛宕神社 神明神社
境内社 大神宮社 日吉神社 門神社境内社 太神宮 野神社
本殿 一間社流造本殿 一間社流造本殿 一間社流造
神紋 左三ツ巴神紋 公孫樹神紋 左三ツ巴
鎮座地 野洲市行畑鎮座地 野洲市市三宅鎮座地 野洲市小篠原
由緒
神亀元年御上神社の神託を受けた三上宿禰
海部廣国が勧請した。
「三上別宮」とも称された。
由緒
欽明天皇十一年の勧請。
一王子大明神とも称され、市三宅の産土神である
とともに、安楽教寺の護法神であった。
由緒
不詳
口碑に、天平十四年寺院建立の際、坂本日吉権現
を祀って社殿を創建。

稲荷神社大笹原神社大行事神社
祭神 宇迦之御魂
神配祀 神大山祇女神 土祖神 瓊々杵尊
天御中主神 高皇産霊神 神皇産霊神 大歳神
手力雄命
祭神 速須佐之男命 稲田姫命 八王子命
宇多天皇 敦實親王 佐々木高綱公
配祀神 大己貴命 瓊々杵尊 少彦名命 應神天皇
伊弉冉尊 天照大神 月夜見命 玉津姫命
菅原道真公
祭神 高皇産霊神
配祀神 野槌神
境内社 古宮神社 若宮神社 愛宕神社境内社 篠原神社 大地主神社 八幡神社
伊勢神社 長嶋神社
境内社 廣田神社 八幡神社
本殿 一間社流造本殿 入母屋造本殿 一間社流造
神紋 左三ツ巴神紋 七ツ割リ平四ツ目及び五瓜木瓜神紋 輪宝
鎮座地 野洲市小篠原鎮座地 野洲市大篠原鎮座地 野洲市久野部
由緒
神社縁起に、天武天皇壬申の乱に野洲河原で
戦死した人々の供養及び鎮護国家を祈願し、
石域村主宿禰が福林寺を建立、その守護神として
天暦二年伏見稲荷大明神を勧請したという。
由緒
創祀不詳、中世を通じて佐々木氏の氏神として
崇敬する。応永二十一年、吉備国から須佐之男命、
稲田姫命を勧請し、本殿に祀り、牛頭天王総社と
称した。
由緒
天台宗円光寺を建立のとき、山王二十一社のうち
大行事社を守護神として勧請した。

日吉神社御上神社三上山山頂の岩座・奥宮
祭神 大山咋神祭神 天之御影命祭神 
境内社 貴船神社境内社 若宮神社 三宮神社 大神宮社 竈殿神社
御鍵取神社 愛宕神社
境内社 
本殿 一間社流造本殿 入母屋造本殿 
神紋 二つ巴神紋 釘抜神紋 
鎮座地 野洲市竹生鎮座地 野洲市三上鎮座地 
由緒
養老四年、藤沢池の近くで、大杉が一夜のうちに
生い繁り、光を放っているのを見つけた村民が、
早尾大明神の降臨の跡であると、御上神社の祝部
の奏聞して社殿を建立するに至る。
由緒
祭神天之御影命は、孝霊天皇六年三上山に降臨、
神孫の三上祝等は三上山の巌の磐境を神体山と定
め祀る。山は標高428米で、山麓から山頂まで岩磐
が連なり、山頂には大きな岩座がある。奈良朝に
至り、元正天皇の養老二年藤原不比等が勅命を
受け、飛騨の工匠を造営使として、榧木原と称した
現地の榧の木で社殿を造営。本殿の背面には、
扉を設けてあるがこれは祭典時に山を拝んだ神体山
信仰の遺構を示している。
由緒


三上神社野蔵神社若宮神社
祭神 天之御影命祭神 木之花佐久夜比賣命
配祀神  大山祇神 宇迦御霊神 豊受大神
等十一柱
祭神 木之花佐久夜比賣命
配祀神 瓊々杵尊 大山咋神
境内社 若宮神社 十禅師神社境内社 八幡神社 宇佐神社境内社 大国神社 白鬚神社 神明神社 三宝神社
本殿 一間社流造本殿 一間社流造本殿 一間社流造
神紋 釘抜神紋 三ツ巴 十六葉裏菊花神紋 丸に三ツ引
鎮座地 野洲市妙光寺鎮座地 野洲市南桜鎮座地 野洲市北桜
由緒
三上山麓に天之御影命が降臨したと伝える。
古来から御上神社の外八社の一社が祭祀されて
いた。
由緒
桓武天皇延暦三年社殿建立。
由緒
養老二年、三上大宮の託宣により、三上祝部主之
正官若松部之廣国が勧請したと伝え、三上別宮と
称した。

屋棟神社菅原神社土安神社
祭神 高皇産霊神祭神 菅原道真公『平家物語』妓王妓女のふるさと

今から八百年程前、江部の荘(現在の永原)の荘司で
橘時長の娘、妓王と妓女は京の都へ出て平清盛に
仕えていた。ある時、妓王はふるさとの用水不足の
嘆きを清盛公に申し上げたところ、さっそく、三上山の
麓の野洲川より分水して水路を開通せしめた。工事の
途中で蹉跌した時、夢に現われた一童子が、工事の
手法を授けたことによって完成したもので、上流を
妓王井川、下流を童子川と名づけ、この童子を
土安神社に祀ったのであります。
境内社 境内社 八幡神社 蛭子神社
境外社 土安神社
本殿 一間社流造本殿 二間社流造
神紋 輪鋒神紋 
鎮座地 野洲市永原鎮座地 野洲市永原
由緒
創祀は、永承五年とも治承年間とも伝えられ、
祇王井を開削の際、屋棟川守護の神と崇めたのが
始まりという。
由緒
創祀は不詳。ここ永原の字馬場には御殿跡が残り、
永原御殿と呼ばれていた。徳川将軍上洛の際の
休憩所が設けられ、その御殿守護の社といわれる。

貴布禰神社八幡神社八幡神社
祭神 U祭神 誉田別命祭神 誉田別命
境内社 境内社 多賀神社境内社 
本殿 一間社流造本殿 入母屋造千鳥破風唐破風付本殿 一間社流造
神紋 左三ツ巴神紋 左三ツ巴神紋 左三ツ巴
鎮座地 野洲市中北鎮座地 野洲市北鎮座地 野洲市上屋
由緒
創祀は康応の頃と伝えられ、この地に住いしていた
伝之丞という長者が庭内に祀っていた鎮守神であっ
た。応永年間産土神として祀った。
由緒
建長のころに、佐々木氏が創建という。
由緒 不詳

篠原神社三上神社生和神社
祭神 宇賀御霊命祭神 天御影命
配祀神 天児屋根命 宇賀御魂命
祭神 生和兵庫介藤原忠重公
配祀神 天照大神 武雷神 経津主神 野槌神
境内社 八幡神社 天神社
境外社 山之神神社
境内社 春日神社 篠原神社 野上神社境内社 春日神社 日吉神社
本殿 一間社流造本殿 春日造本殿 一間社流造
神紋 木瓜神紋 釘抜神紋 横木瓜
鎮座地 野洲市上屋鎮座地 野洲市辻町鎮座地 野洲市富波乙
由緒
村上天皇の代、平将門平定の軍功により、
藤原秀郷の二男田原二郎千時が栗田野洲二郡を
賜った際、社殿を建立した。
由緒
天徳二年この地に御上神社の分霊を祀る。
由緒
祭神藤原忠重は藤原鎌足の末孫で、寛弘六年、
藤原氏の荘園であったこの富波之荘の領主として
大和国から赴任。この地を開拓、住民困苦のもとで
あった一の沢に棲む大蛇を退治し村民の永年の
憂苦を払拭した。後、この徳を慕い、生和大明神と
崇め村の鎮守として祀った。

妻之神社稲荷神社日吉神社
祭神 仲哀天皇 神功皇后祭神 豊宇気比賣神
配祀神 速須佐之男命
祭神 大山咋命
配祀神 玉依姫命 天照皇大神
境内社 境内社 神速須佐之男命社境内社 樹下神社 伊勢神社
本殿 一間社流造本殿 一間社流造本殿 一間社流造
神紋 神紋 牛玉宝印神紋 三ツ巴
鎮座地 野洲市五之里鎮座地 野洲市小堤鎮座地 野洲市入町
由緒
文徳天皇仁寿元年建立、往古より塞之神と称し、
災いの侵入を遮り止める神として、村の入口に鎮
め祀った神社である。
由緒
大笹原神社分霊を祭祀。
由緒
文亀元年創祀、坂本日吉神社分霊を勧請。

長嶋神社春日神社国主神社
祭神 玉津姫命 菅原道真公 石神
配祀神 天児屋根命
祭神 武甕槌神 経津主神 天児屋根命 比賣神
配祀神 高皇産霊命 息長足姫命 誉田別命
祭神 大己貴命
配祀神 天満天神 玉依比賣命 瓊々杵尊
日子穂々出見命 猿田彦命
境内社 春日神社境内社 愛宕神社 稲荷神社境内社 若宮八幡宮 東照宮
本殿 一間社流造本殿 一間社流造本殿 三間社流造
神紋 三ツ巴神紋 下り藤神紋 左三ツ巴
鎮座地 野洲市長島鎮座地 野洲市高木鎮座地 野洲市小南
由緒 不詳由緒
天武天皇白鳳二年、祭神降臨、社殿を建立、そ
の後元明天皇霊亀元年、近江国を巡狩していた
藤原鎌足が三笠山春日大神を勧請、社頭造営、
神領を寄進したと伝える。
由緒
古文書に、天平勝宝八年、この地に白鳥があらわれ、
「われこの地に鎮座する」との神託を告げ、これを
聞いた里人が小祠を創建したのが始まりという。

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村の鎮守さま

滋賀県 近江国 神社 野洲市

万葉集を携えて

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