小督 想夫恋

京都市右京区天龍寺 渡月橋北詰

琴きき橋跡

小督という琴の上手な女性がいた。宮中で一番の美女といわれていた。桜町中納言成範のむすめで、

冷泉大納言隆房の少将のころ、ふたりはいい仲だった。隆房にはもちろん正室がいて清盛の娘であるが

まあ当時の男女関係では許されることなので、あまり腹を立てないように。

ところが、高倉天皇の中宮(建礼門院・こちらも清盛の娘)は、ふたりに子どもも授からないし、淋しそうにしている天皇に、

「美しい小督とお遊びになっては?」と紹介してくれた。これもよう分からんけど。

天皇はめちゃ喜んで、小督を寵愛した。

隆房はなんどもよりを戻そうと手紙を書いたけど、天皇の方がだいじだいじと、もう相手にはされなかった。

振られた隆房は死んでしまいたいとも思った。

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これを知った清盛は怒った。娘婿ふたり(天皇と隆房)が小督という女に狂ったように振り回されている。「小督を殺せ」という。

わしの娘ふたりが可哀想というのだ。天皇の愛する人を殺せって、清盛いったいなにものや!

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恐れた小督は、天皇にも迷惑がかかると、密かに身を隠してしまった。

天皇は意気消沈の毎日、ある月のきれいな夜、仲国という男を召して小督を捜してくれと懇願する。こんな月夜、きっと小督は得意の琴を弾いていることだろう、と。

仲国は天皇の馬に乗って、嵯峨に向った。ここは『平家物語』巻第六「小督」の名場面、原文を引くと、

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亀山のあたりちかく、松の一むらある方に、かすかに琴ぞきこえける。峯の嵐か、松風か、たづぬる人のことの音か、おぼつかなくはおもへども、

駒をはやめて行程に、片折戸したる内に、琴をぞひきすまされたる。ひかへて是をきゝければ、すこしもまがふべうもなき小督殿の爪音なり。

楽はなんぞときゝければ、夫をおもふてこふとよむ想夫恋といふ楽なり。さればこそ、君の御事おもひ出まいらせて、楽こそおほけれ、

此楽をひき給けるやさしさよ。ありがたふおぼえて、腰よりやうでうぬき出し、ちとならひて、門をほとほととたゝけば、やがてひきやみ給ひぬ。

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やうでう・・・横笛のこと。仲国は宮中で小督の琴に合わせて笛を吹いたことがあった。

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仲国、ようやくに琴の音を聞きつけた、あれこそ小督の爪音。仲国、おもむろに腰から横笛を抜き出し、琴の音に合わせて吹いた。

ええ場面や。映画か舞台か謡曲か、ここが一番や。

片折戸の向こうから想夫恋という曲の琴の音、こちらからは笛の音で応える・・・。

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仲国は口説いて口説いて小督を天皇のもとに連れ戻すことができたが・・・。

つづきは次頁で。

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嵐山・渡月橋近くに「琴きき橋跡」碑がある。(上写真)

また、もう少し川上に、小督が仮住まいをしたという地に「供養塔」が立つ。

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余談だけれど、

「黒田節」の歌詞はいろんな詩があるけれど、例えば

酒は飲め飲め 飲むならば 日の本一の この槍を 飲みとるほどに 飲むならば これぞまことの 黒田武士

峰の嵐か 松風は 訪ぬる人の 琴の音か 駒ひきとめて 聞くほどに 爪音頻き 想夫恋

古き都に 来てみれば 浅茅が原とぞ なりにける 月の光は くまなくて 秋風のみぞ 身にはしむ

葉より明るく み吉野の 春のあかつき 見渡せば みな唐人も 高麗人も 大和心に なりぬべし

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この黒田節の2番の歌詞、なぜここに小督の想夫恋のことが歌われるのだろう。

大酒豪が大酒飲んで、日本一の槍を手に入れる話なのに・・・。

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万葉集を携えて

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