大帯日子淤斯呂和気天皇(大足彦忍代別天皇) 景行天皇

日本武尊

滋賀・岐阜

近江の伊吹山の荒ぶる神

尾張で、宮簀媛との幸せな結婚生活をおくっていたが、近江の伊吹山に荒ぶる神がいると聞いて、

「私は、西の熊襲・東の蝦夷を征伐した日本武尊だ。たかが伊吹の荒神、ひとひねりしてくれよう」

「あなた、おば様からいただいた草薙の剣・・・」

「いらんいらん、素手で十分、剣は、宮簀媛、お前に預けておこう」

伊吹山に到ると、大きな白猪がいた。(『古事記』は白猪、『日本書紀』は大蛇)

「こいつは伊吹の神の使い、こんな下っぱ相手にしておれない、後でゆっくり料理したやろう」と、見逃して先に進んだ。

この白猪、これがほんとは伊吹の神の化身だった。

「この若僧め、伊吹の山をなめるなよ、今に思い知れ」

山の天気は変わりやすい。突然、大氷雨が降り出し、辺りは深い霧におおわれた。

日本武尊は道に迷い、疲れ果て、ほとんど意識を失うほどになって、ようやくに下山できた。

山をあなどることなかれ、これは今も昔も登山の心得である。

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伊吹山

伊吹山山頂(1377b)に立つ日本武尊像、

私が訪ねた日、この日も荒ぶる神は、濃い霧で私を迎えた。でも、神の化身は現れず、美しい山野草が出迎えてくれた。

子どもの頃から何度となくこの山には登った。ご来光を仰ぐという夜間登山も経験した。夏、山頂で見る満天の星は今も記憶に残る。

私事であるが、八代前の先祖はこの伊吹山の麓の春照のお寺の出と聞く。更に愛着を覚える山である。

というか、もっともっと古い時代に、私の祖先にあたる人は、この荒ぶる神の側に立ち、

大和国の日本武尊と相戦った集団のひとりであったかもしれない。

新幹線で京都から東京へ出張の時、米原を過ぎしばらくするとこの伊吹山が車窓に現れる。いつもこの伊吹山を確認してから眠りに入る。

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茫然自失というのだろうか、ほんとうは深傷を負っていたのだろう、伊吹の神に敗れて下山した日本武尊、

きれいな水の湧く泉にたどりついた。冷たい水でのどをうるおし、ようやく正気にもどった。

その泉を、居醒の泉という。

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米原市醒ヶ井の集落に「居醒の清水」がある。今に「醒ヶ井」という地名を残す。清く澄んだ泉が、こんこんと湧き出ていた。

泉のそばに、日本武尊像が立つ。

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ところが、居醒の泉というのが、もうひとつあって、

岐阜県関ヶ原町玉に、「玉倉部の清泉」がある。(『日本書紀』は、玉倉部の清泉と表現する。)

伊吹山の麓、岐阜県側の関が原に鍾乳洞があり、その入口にこの泉はある。

私は滋賀県人で滋賀びいきではあるが、

日本武尊がこの泉で目を醒まし三重の方に戻ったというと、地理的には滋賀の醒ヶ井よりこちらの方が肯ける。

地名の関が原町玉も、「「玉倉部」だ。

でも、氷雨で道に迷ったのだから、近江の方に下山したとも云えるよね。二ヶ所で顔洗ったとも云える。

『古事記』が滋賀の泉で、『日本書紀』が岐阜の泉ということにしよう。

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『古事記』

故爾に御合したまひて、其の御刀の草那芸剱を、其の美夜受比売の許に置きて、伊服岐能山の神を取りに幸行でましき。
是に詔りたまひしく、「?の山の神は、徒手に直に取りてむ。」とのりたまひて、其の山に騰りましし時、白猪山の辺に逢へり。其の大きさ牛の如くなりき。爾に言挙為て詔りたまひしく、「是の白猪に化れるは、其の神の使者ぞ。今殺さずとも、還らむ時に殺さむ。」とのりたまひて騰り坐しき。是に大氷雨を零らして、倭建命を打ち惑はしき。此の白猪に化れるは、其の神の使者に非ずて、其の神の正身に当りしを、言挙に因りて惑はさえつるなり。故、還り下り坐して、玉倉部の清泉に到りて息ひ坐しし時、御心稍に寤めましき。故、其の清泉を号けて、居寤の清泉と謂ふ。

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『日本書紀』

日本武尊、更尾張に還りまして、即ち尾張氏の女宮簀媛を娶りて、淹しく留りて月を踰ぬ。是に、近江の五十葺山に荒ぶる神有ることを聞きたまひて、即ち剣を解きて宮簀媛が家に置きて、徒に行でます。膽吹山に至るに、山の神、大蛇に化りて道に当れり。爰に日本武尊、主神の蛇と化れるを知らずして謂はく、「是の大蛇は、必に荒ぶる神の使ならむ。既に主神を殺すこと得てば、其の使者は豈求むるに足らむや」とのたまふ。因りて、蛇を跨えて猶行でます。時に山の神、雲を興して氷を零らしむ。峯霧り谷?くして、復行くべき路無し。乃ち 遑ひて其の跋渉まむ所を知えず。然るに霧を凌ぎて強に行く。方に僅に出づること得つ。猶失意せること酔へるが如し。因りて山の下の泉の側に居して、乃ち其の水を飮して醒めぬ。故、其の泉を号けて、居醒泉と曰ふ。日本武尊、是に、始めて痛身有り。然して稍に起ちて、尾張に還ります。

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