大長谷若建命(大泊瀬幼武天皇) 雄略天皇

京都府与謝郡伊根町本庄浜

浦嶋子

♪♪  むかしむかし 浦島は 助けた亀に 連れられて 龍宮城へ 来てみれば 絵にも描けない美しさ

乙姫さまの ご馳走に たいやひらめの 舞い踊り ただ珍しくおもしろく 月日のたつのも 夢のうち

遊びにあきて 気がついて おいとまごいも そこそこに 帰る途中の楽しみは みやげにもらった 玉手箱

帰ってみれば こはいかに もといた家も村もなく 路に行きあう人々は 顔も知らない者ばかり

心細さに ふた取れば 開けてくやしき 玉手箱 中からぱっと白けむり たちまち太郎は おじいさん

・・・

私はこの歌が歌える。小学校で習ったのだろうか。それとも、浦島太郎の絵本を母が読んでくれて、そのとき歌ってくれたのだろうか。

戦前の尋常小学校唱歌らしい。

浦島太郎の話、『日本書紀』に浦嶋子の話として登場するが、詳しくは語らない。「語は、別巻に在り」とある。

別巻らしきものは現存しない。『丹後国風土記』のようなものなのであろう。

『丹後国風土記』逸文がいちばんその内容に詳しい。

・・・

浦島太郎ではなく、浦嶼子うらしまこ、「姿容秀美しく、風流なること類なかりき」という。めちゃかっこいい男だった。

海で釣り糸を垂れるが、三日三晩、ちっとも魚は釣れず、ついに五色の亀がかかった。五色ってどんな色やろ。

子どもたちにいじめられる亀ではない。自分から釣られてきた。

亀はたちまちきれいな女になった。その女が云うに、

「いい男が魚釣りをしていたので、親しく語りたいと想いが募り、天上からやってきた」、「私をかわいがって・・・」

えらい積極的な逆ナンパである。

こんなことが、人生に一度くらい私にもあって欲しかったなあ。

「仙人の国へ行こうよ」と誘う。「ちょっとだけ目を閉じて」というから、そのようにしていると、

海中の大きな島に着いて、そこはまさに「絵にも描けない」美しい宮殿だった。

海中って、絵本では海の底にある龍宮城で周りを魚たちが泳いでいて、浦島太郎はどうやって息するんやろと思っていたけど、

どうやら、沖合い遠くにある島に龍宮城はあるらしい。

この女性、「亀姫」という名で、ふたりは結婚をして、幸せな3年間を過ごした。

3年も経つと、やっぱり家が恋しくなり、両親が恋しくなり・・・浦島太郎の歌の通り。

おみやげに「玉匣」(玉手箱)をもらうのも同じ話。

「私にもう一度逢いたいと思うのなら、ぜったいこの箱開けたらあかん。約束やで」

故郷に帰ってみると、300年の歳月が経っていて、両親も知人も友だちもだあれもいない。

亀姫が恋しくなり、約束をやぶって、玉匣を開けてしまった。

白い煙が出てきたのではなく、亀姫がとてもいい香りを残して、天空に舞い上がってしまった。

開けてはならないという約束を守らなかった。もう亀姫には逢えないと思った。

でも、たちまち白髪のおじいさんになったとは、風土記は記さない。

・・・

京都府与謝郡伊根町本庄浜に、浦嶋神社(宇良神社)がある。

神社の祭神は、浦嶋子。

神社の神宝は、玉手箱である。

・・・・・・・

『日本書紀』雄略紀

二十二年の秋七月に、丹波国の余社郡の管川の人瑞江浦嶋子、舟に乗りて釣す。遂に大亀を得たり。便に女に化為る。是に、浦嶋子、感りて婦にす。相逐ひて海に入る。蓬莱山に到りて、仙衆を歴り覩る。語は、別巻に在り。

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『丹後国風土記』逸文

浦嶼子
丹後の国の風土記に曰はく、与謝の郡、日置の里。此の里に筒川の村あり。此の人夫、日下部首等が先祖の名を筒川の嶼子と云ひき。為人、姿容秀美しく、風流なること類なかりき。斯は謂はゆる水の江の浦嶼の子といふ者なり。是は、旧の宰伊預部の馬養の連が記せるに相乖くことなし。故、略所由之旨を陳べつ。長谷の朝倉の宮に御宇しめしし天皇の御世、嶼子、独小船に乗りて海中に汎び出でて釣するに、三日三夜を経るも、一つの魚だに得ず、乃ち五色の亀を得たり。心に奇異と思ひて船の中に置きて、即て寐るに、忽ち婦人と為りぬ。其の容美麗しく、更比ふべきものなかりき。嶼子、問ひけらく、「人宅遙遠にして、海庭に人乏し。?の人か忽に来つる」といへば、女娘、微咲みて対へけらく、「風流之士、独蒼海に汎べり。近しく談らはむおもひに勝へず、風雲の就来つ」といひき。嶼子、復問ひけらく、「風雲は何の処よりか来つる」といへば、女娘答へけらく、「天上の仙の家の人なり。請ふらくは、君、な疑ひそ。相談らひて愛しみたまへ」といひき。ここに、嶼子、神女なることを知りて、慎み懼ぢて心に疑ひき。女娘、語りけらく、「賎妾が意は、天地と畢へ、日月と極まらむとおもふ。但、君は奈何か、早けく許不の意を先らむ」といひき。嶼子、答へけらく、「更に言ふところなし。何ぞ懈らむや」といひき。女娘曰ひけらく、「君、棹を廻らして蓬山に赴かさね」といひければ、嶼子、従きて往かむとするに、女娘、教へて目を眠らしめき。即ち不意の間に海中の博く大きなる嶋に至りき。其の地は玉を敷けるが如し。闕台は?映く、楼堂は玲瓏きて、目に見ざりしところ、耳に聞かざりしところなり。手を携へて徐に行きて、一つの太きなる宅の門に到りき。女娘、「君、且し此処に立ちませ」と曰ひて、門を開きて内に入りき。即ち七たりの竪子来て、相語りて「是は亀比売の夫なり」と曰ひき。亦、八たりの竪子来て、相語りて「是は亀比売の夫なり」と曰ひき。?に、女娘が名の亀比売なることを知りき。乃ち女娘出で来ければ、嶼子、竪子等が事を語るに、女娘の曰ひけらく、「其の七たりの竪子は昴星なり。其の八たりの竪子は畢星なり。君、な恠みそ」といひて、即ち前立ちて引導き、内に進み入りき。女娘の父母、共に相迎へ、揖みて坐定りき。ここに、人間と仙都との別を称説き、人と神と偶に会へる嘉びを談議る。乃ち、百品の芳しき味を薦め、兄弟姉妹等は坏を挙げて献酬し、隣の里の幼女等も紅の顔して戯れ接る。仙の哥寥亮に、神の?逶?にして、其の歓宴を為すこと、人間に万倍れりき。?に、日の暮るることを知らず、但、黄昏の時、群仙侶等、漸々に退り散け、即て女娘独留まりき。肩を双べ、袖を接へ、夫婦之理を成しき。時に、嶼子、旧俗を遺れて仙都に遊ぶこと、既に三歳に逕りぬ。忽に土を懐ふ心を起し、独、二親を恋ふ。故、吟哀繁く発り、嗟歎日に益しき。女娘、問ひけらく、「比来、君夫が貌を観るに、常時に異なり。願はくは其の志を聞かむ」といへば、嶼子、対へけらく、「古人の言へらくは、少人は土を懐ひ、死ぬる狐は岳を首とす、といへることあり。僕、虚談と以へりしに、今は斯、信に然なり」といひき。女娘、問ひけらく、「君、帰らむと欲すや」といへば、嶼子、答へけらく、「僕、近き親故じき俗を離れて、遠き神仙の堺に入りぬ。恋ひ眷ひ忍へず、輙ち軽しき慮を申べつ。望はくは、?し本俗に還りて、二親を拜み奉らむ」といひき。女娘、涙を拭ひて、歎きて曰ひけらく、「意は金石に等しく、共に万歳を期りしに、何ぞ郷里を眷ひて、棄て遺るること一時なる」といひて、即ち相携へて徘?り、相談ひて慟き哀しみき。遂に袂を■ひるがへして退り去りて岐路に就きき。ここに、女娘の父母と親族と、但、別を悲しみて送りき。女娘、玉匣を取りて嶼子に授けて謂ひけらく、「君、終に賎妾を遺れずして、眷尋ねむとならば、堅く匣を握りて、慎、な開き見たまひそ」といひき。即て相分れて船に乗る。仍ち教へて目を眠らしめき。忽に本土の筒川の郷に到りき。即ち村邑を瞻眺るに、人と物と遷り易りて、更に由るところなし。爰に、郷人に問ひけらく、「水の江の浦嶼の子の家人は、今何処にかある」ととふに、郷人答へけらく、「君は何処の人なればか、旧遠の人を問ふぞ。吾が聞きつらくは、古老等の相伝へて曰へらく、先世に水の江の浦嶼の子といふものありき。独蒼海に遊びて、復還り来ず。今、三百余歳を経つといへり。何ぞ忽に此を問ふや」といひき。即ち棄てし心を■いだきて郷里を廻れども一の親しきものにも会はずして、既に旬日を逕ぎき。乃ち、玉匣を撫でて神女を感思ひき。ここに、嶼子、前の日の期を忘れ、忽に玉匣を開きければ、即ち瞻ざる間に、芳蘭しき体、風雲に率ひて蒼天に翩飛けりき。嶼子、即ち期要に乖違ひて、還復び会ひ難きことを知り、首を廻らして踟?み、涙に咽びて俳?りき。ここに、涙を拭ひて哥ひしく、
常世べに 雲たちわたる
水の江の 浦嶋の子が
言持ちわたる。
神女、遙に芳しき音を飛ばして、哥ひしく、
大和べに 風吹きあげて
雲放れ 退き居りともよ
吾を忘らすな。
嶼子、更、恋望に勝へずして哥ひしく、
子らに恋ひ 朝戸を開き
吾が居れば 常世の浜の
浪の音聞こゆ。
後の時の人、追ひ加へて哥ひしく、
水の江の 浦嶋の子が
玉匣 開けずありせば
またも会はましを。
常世べに 雲立ちわたる
たゆまくも はつかまどひし
我ぞ悲しき。

・・・・・・・

『万葉集』

水江の浦の島子を詠む一首 并せて短歌
春の日の 霞める時に 住吉の 岸に出で居て 釣舟の とをらふ見れば いにしへの ことぞ思ほゆる 水江の 浦の島子が 鰹釣り 鯛釣りほこり 七日まで 家にも来ずて 海境を 過ぎて漕ぎ行くに 海神の 神の娘子に たまさかに い漕ぎ向ひ 相とぶらひ 言成りしかば かき結び 常世に至り 海神の 神の宮の 内のへの 妙なる殿に たづさはり ふたり入り居て 老いもせず 死にもせずして 長き世に ありけるものを 世間の 愚か人の 我妹子に 告りて語らく しましくは 家に帰りて 父母に 事も告らひ 明日のごと 我れは来なむと 言ひければ 妹が言へらく 常世辺に また帰り来て 今のごと 逢はむとならば この櫛笥 開くなゆめと そこらくに 堅めし言を 住吉に帰り来りて 家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて あやしみと そこに思はく 家ゆ出でて 三年の間に 垣もなく 家失せめやと この箱を 開きて見てば もとのごと 家はあらむと 玉櫛笥 少し開くに 白雲の 笥より出でて 常世辺に たなびきぬれば 立ち走り 叫び袖振り こいまろび 足ずりしつつ たちまちに 心消失せぬ 若かりし 肌も皺みぬ 黒かりし 髪も白けぬ ゆなゆなは 息さへ絶えて 後つひに 命死にける 水江の 浦の島子が 家ところ見ゆ 巻9−1740
反歌
常世辺に 住むべきものを 剣大刀 汝が心から おそやこの君 巻9−1741

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