巻三 415〜483

挽歌(ばんか)

上宮(かみつみや)聖徳皇子(しやうとこのみこ)竹原(たかはら)()出遊(いでま)す時に、龍田(たつた)(やま)の死人を見て悲傷(かな)しびて作らす歌一首
小墾田(をはりだ)の宮に天の下知らしめす天皇(すめらみこと)(みよ)。小墾田の宮に天の下知らしめすは豊御食炊屋姫天皇(とよみけかしきやひめのすめらみこと)なり。(いみな)額田(ぬかた)(おくりな)推古(すいこ)

415 家ならば 妹が手まかむ 草枕 旅に()やせる この旅人(たびと)あはれ

大津皇子(おほつのみこ)被死(みまか)らしめらゆる時、磐余(いはれ)の池の堤にして(なみだ)を流して作りましし御歌一首   故地
416 (もも)(づた)ふ 磐余(いはれ)の池に 鳴く(かも)を 今日(けふ)のみ見てや (くも)(がく)りなむ
右、藤原の宮の朱鳥(あかみとり)の元年の冬の十月。

河内王(かふちのおほきみ)豊前(とよのみちのくち)の国の(かがみ)の山(はぶ)る時に、手持女王(たもちのおほきみ)が作る歌三首   故地
417 (おほ)(きみ)の (にき)(たま)あへや (とよ)(くに)の 鏡の山を 宮と定むる
418 豊国の 鏡の山の (いは)()立て (こも)りにけらし 待てど来まさず
419 (いは)()()る ()(ぢから)もがも ()(よわ)き (をみな)にしあれば すべの知らなく

石田王(いはたのおのきみ)(みまか)りし時に、丹生王(にふのおほきみ)が作る歌一首 (あは)せて短歌
420 なゆ竹の とをよる御子(みこ) さ()つらふ 我が大君は こもりくの (はつせ)瀬の山に (かむ)さびに (いつ)きいますと (たま)(づさ)の 人ぞ言ひつる およづれか 我が聞きつる たはことか 我が聞きつるも 天地(あめつち)に (くや)しきことの 世間(よのなか)の 悔しきことは (あま)(くも)の そくへの(きは)み 天地の 至れるまでに (つゑ)つきも つかずも行きて (ゆふけ)()ひ (いし)(うら)もちて 我がやどに みもろを立てて (まくら)()に (いはひへ)瓮を()ゑ 竹玉(たかたま)を ()なく()()れ 木綿(ゆふ)たすき かひなに()けて (あめ)なる ささらの小野(をの)の (なな)(すげ) 手に取り持ちて ひさかたの (あま)川原(かはら)に ()で立ちて みそぎてましを 高山(たかやま)の (いはほ)(うへ)に いませつるかも

反歌
421 およづれの たはこととかも 高山の (いはほ)(うへ)に 君が()やせる
422 石上(いそのかみ) ()()の山なる (すぎ)(むら)の 思ひ過ぐべき 君にあらなくに

同じく石田王(いはたのおほきみ)(みまか)りし時に、山前王(やまさきのおほきみ)()()しびて作る歌一首
423 つのさはふ (いは)()の道を 朝さらず 行きけむ人の 思ひつつ 通ひけまくは ほととぎす 鳴く()(つき)には あやめぐさ (はな)(たちばな)を 玉に()き かづらにせむと (なが)(つき)の しぐれの時は 黄葉(もみちば)を 折りかざさむと ()(くず)の いや遠長く 万代(よろづよ)に 絶えじと思ひて 通ひけむ 君をば明日ゆ (よそ)にかも見む
右の一首は、或いは「柿本朝臣人麻呂が作」といふ。

或本の反歌二首   故地
424 こもりくの (はつ)()娘子(をとめ)が 手に巻ける 玉は乱れて ありといはずやも
425 川風の 寒き(はつ)()を 嘆きつつ 君があるくに 似る人も逢へや
右の二首は、或いは「紀皇女(きのひめみこ)(こう)ぜし後に、山前王(やまさきのおほきみ)石田王(いはたのおほきみ)に代りて作る」といふ。

柿本朝臣人麻呂、香具山の(しかばね)を見て、()()しびて作る歌一首
426 草枕 旅の宿(やど)りに ()(つま)か 国忘れたる 家待たまくに

田口広麻呂(たのくちのひろまろ)が死にし時に、刑部垂麻呂(おさかべのたりまろ)が作る歌一首
427 (もも)()らず 八十(やそ)(くま)(さか)に ()()けせば 過ぎにし人に けだし逢はむかも

土形娘子(ひぢかたのをとめ)(はつ)()の山に(やき)(はぶ)る時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首
428 こもりくの (はつ)()の山の 山の()に いさよふ雲は (いも)にかもあらむ

(おぼほ)れ死にし出雲(いづもの)娘子(をとめ)を吉野に火葬(やきはぶ)る時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌二首
429 山の()ゆ 出雲(いづも)の子らは 霧なれや 吉野の山の (みね)にたなびく
430 八雲(やくも)さす 出雲(いづも)の子らが 黒髪は 吉野の川の 沖になづさふ

葛飾(かつしか)真間娘子(ままのをとめ)が墓を過ぐる時に、山部宿禰赤人が作る歌一首 并せて短歌 (あづま)俗語(くにひとのことば)には「かづしかのままのてご」といふ。  故地
431 いにしへに ありけむ人の ()()(はた)の 帯解き()へて 伏屋(ふせや)立て (つま)どひしけむ 勝鹿(かつしか)の ()()()()()が (おく)(つき)を こことは聞けど ()()の葉や 茂りたるらむ (まつ)が根や 遠く久しき (こと)のみも 名のみも我れは 忘れゆましじ

反歌
432 我れも見つ 人にも告げむ (かつ)鹿(しか)の ()()()()()が (おく)(つき)ところ
433 (かつ)鹿(しか)の ()()入江(いりえ)に うち(なび)く (たま)()刈りけむ ()()()し思ほゆ

和銅四年辛亥(かのとゐ)に、河辺宮人(かはへのみやひと)(ひめ)(しま)の松原の美人(をとめ)(しかばね)を見て、()()しびて作る歌四首
434 (かざ)(はや)の ()()(うら)みの (しら)つつじ 見れども(さぶ)し なき人思へば   
435 みつみつし 久米(くめ)(わく)()が い触れけむ (いそ)(くさ)()の 枯れまく惜しも
436 (ひと)(ごと)の 繁きこのころ 玉ならば 手に巻き持ちて 恋ひずあらましを
437 (いも)も我れも (きよみ)の川の 川岸の (いも)()ゆべき 心は持たじ
右は、(かむが)ふるに、年紀(とし)(あは)せて所処(ところ)また娘子(をとめ)(しかばね)の歌を作る人の名と、すでに上に見えたり。ただし、歌辞相違(あひたが)ひ、是非(ぜひ)()きかたし。よりてこの(つぎて)(かさ)()す。

(じん)()五年戊辰(つちのえたつ)に、大宰帥(だざいのそち)大伴卿(おほとものまへつきみ)、故人を(しの)ひ恋ふる歌三首
438 (うつく)しき 人のまきてし (しき)(たへ)の 我が()(まくら)を まく人あらめや

右の一首は、別れ()にて数旬を経て作る歌。
439 帰るべく 時はなりけり 都にて ()()(もと)をか 我が(まくら)かむ
440 都にある 荒れたる家に ひとり()ば 旅にまさりて 苦しかるべし
右の二首は、京に向ふ時に臨近(ちか)づきて作る歌。

(じん)()六年己巳(つちのとみ)に、左大臣長屋王(ながやのおほきみ)、死を賜はりし後に、倉橋部女王(くらはしべのおほきみ)が作る歌一首
441 大君(おほきみ)の (みこと)(かしこ)み (おほ)(あらき)の 時にはあらねど (くも)(がく)ります

膳部王(かしはでのおほきみ)()()しぶる歌一首
442 世間(よのなか)は (むな)しきものと あらむとぞ この照る月は ()()けしける
右の一首は、作者いまだ(つばひ)らかにあらず。

天平元年己巳(つちのとみ)に、摂津()の国の班田(はんでん)史生(ししやう)丈部龍麻呂(はせつかべのたつまろ)(みづか)(わな)きて死にし時に、判官(じょう)大伴宿禰三中(おほとものすくねみなか)が作る歌一首 (あは)せて短歌
443 (あま)(くも)の (むか)()す国の ますらをと 言はるる人は 天皇(すめろき)の 神の()(かど)に ()()に 立ち(さもら)ひ (うち)()に 仕へ(まつ)りて (たま)(かづら) いや遠長く (おや)の名も 継ぎ行くものと 母父(おもちち)に 妻に子どもに 語らひて 立ちにし日より たらちねの 母の(みこと)は (いはひへ)瓮を (まへ)()ゑ置きて 片手には 木綿(ゆふ)取り持ち 片手には (にぎ)(たへ)(まつ)り (たひら)けく ま(さき)くませと (あめ)(つち)の 神を()?()み いかにあらむ 年月(としつきひ)日にか つつじ花 にほへる君が にほ(どり)の なづさひ()むと 立ちて()て 待ちけむ人は 大君(おおきみ)の (みことかしこ)畏み おしてる 難波(なには)の国に あらたまの 年()るまでに (しろ)(たへ)の (ことも)()さず (あさ)(よひ)に ありつる君は いかさまに 思ひいませか うつせみの 惜しきこの世を (つゆ)(しも)の 置きて()にけむ 時にあらずして

反歌
444 昨日(きのふ)こそ 君はありしか 思はぬに 浜松(はままつ)(うへ)に 雲にたなびく
445 いつしかと 待つらむ(いも)に 玉梓(たまづさ)の (こt)だに()げず ()にし君かも

天平二年庚午(かのえうま)の冬の十二月に、大宰帥(だざいのそち)大伴卿(おほとものまえつきみ)、京に向ひて道に上る時に作る歌五首
446 我妹子(わぎもこ)が 見し(とも)の浦の むろの木は 常世(とこよ)にあれど 見し人ぞなき   故地 
447 (とも)(うら)の 磯のむろの木 見むごとに (あひ)()(いも)は 忘れえめやも
448 (いそ)の上に ()()むろの木 見し人を いづらと問はば 語り告げむか
右の三首は、(とも)(うら)を過ぐる日に作る歌。
449 (いも)()し 敏馬(みぬめ)の崎を 帰るさに ひとりし見れば (なみだ)ぐましも   故地
450 行くさには ふたり我が見し この崎を ひとり()ぐれば (こころ)(かな)しも
右の二首は、敏馬(みぬめ)の崎を過ぐる日に作る歌。

故郷の家に(かへ)り入りて、すなはち作る歌三首
451 人もなき (むな)しき家は 草枕 旅にまさりて 苦しかりけり
452 (いも)として ふたり作りし 我が山斎(しま)は ()(だか)(しげ)く なりにけるかも
453 我妹子(わぎもこ)が 植ゑし(うめ)の木 見るごとに 心むせつつ (なみた)し流る   

天平三年辛未(かのとひつじ)の秋の七月に、大納言大伴卿(おほとものまへつきみ)(こう)ぜし時の歌六首
454 はしきやし 栄えし君の いましせば 昨日(きのふ)今日(けふ)も 我を()さましを
455 かくのみに あるけるものを (はぎ)の花 咲きてありやと 問ひし君はも   
456 君に恋ひ いたもすべなみ (あし)(たづ)の ()のみし泣かゆ 朝夕(あさよひ)にして   
457 (とほ)(なが)く (つか)へむものと 思へりし 君いまさねば 心どもなし
458 みどり子の ()ひた(もとほ)り 朝夕(あさよひ)に ()のみぞ我が泣く 君なしにして

右の五首は、資人(しじん)余明軍(よのみやうぐん)犬馬(けんば)(したひ)()へずして、心の(うち)感緒(おも)ひて作る歌。
459 見れど()かず いましし君が 黄葉(もみちば)の うつりい行けば 悲しくもあるか

右の一首は、内礼正(ないらいのかみ)県犬養宿禰人上(あがたのいぬかひのすくねひとかみ)(みことのり)して(まへつきみ)の病を検護(とりみ)しむ。しかれども医薬(しるし)なく、()く水(とど)まらず。これによりて()()しびて、すなはちこの歌を作る。

七年(きのと)()に、大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)(あま)理願(りぐわん)の死去を悲嘆(かな)しびて作る歌一首 (あは)せて短歌
460 (たく)づのの 新羅(しらき)の国ゆ (ひと)(ごと)を よしと聞かして 問ひ()くる 親族(うがら)兄弟(はらから) なき国に 渡り来まして 大君の 敷きます国に うちひさす 都しみみに (さと)(いへ)は さはにあれども いかさまに 思ひけめかも つれもなき 佐保の(やま)()に 泣く子なす (した)ひ来まして (しき)(たへ)の 家をも造り あらたまの 年の()長く 住まひつつ いまししものを 生ける者 死ぬろいふことに (まぬが)れぬ ものにしあれば 頼めりし 人のことごと 草枕 旅なる(あひだ)に 佐保川を (あさ)(かは)渡り 春日(かすが)()を そがひに見つつ あしひきの 山辺をさして (ゆふ)(やみ)と (こも)りましぬれ 言はむすべ ()むすべ知らに た(もとほ)り ただひとりして (しろ)(たへ)の (ころもで)()さず 嘆きつつ 我が泣く(なみた) (あり)()(やま) (くも)()たなびき 雨に降りきや

反歌
461 (とど)めえぬ (いのち)にしあれば (しき)(たへ)の 家ゆは()でて (くも)(がく)りにき

右、新羅(しらき)の国の尼、名は理願(りぐわん)といふ。遠く王徳に感じて、聖朝の気化(まゐけ)。時に大納言大将軍大伴卿の家に寄住して、すでに数紀を経たり。ここに、天平の七年乙亥(きのとゐ)をもちて、たちまちに運病に沈み、すでに泉界(せんかい)(おもぶ)く。ここに、大刀自(おほとじ)石川命婦(いしかはのみやうぶ)餌薬(じやく)の事によりて有馬の温泉()に行きて、この喪に会はず。ただ郎女(いらつめ)ひとり留まりて、屍柩(しきう)(はぶ)り送ることすでに(をは)りぬ。よりてこの歌を作りて、温泉に贈り入る。

十一年己卯(つちのとう)の夏の六月に、大伴宿禰家持、(ばう)(せふ)悲傷(かな)しびて作る歌一首

462 今よりは 秋風寒く 吹きなむを いかにかひとり 長き()()

(おとひと)大伴宿禰書持(おほとものすくねふみもち)(すなは)(こた)ふる歌一首
463 長き()を ひとりや()むと 君が言へば 過ぎにし人の 思ほゆらくに

また家持、(みぎり)の上の瞿麦(なでしこ)の花を見て作る歌一首
464 秋さらば 見つつ(しの)へと (いも)が植ゑし やどのなでしこ 咲きにけるかも   

(つきたち)に移りて後に、秋風を悲嘆(かな)しびて家持が作る歌一首
465 うつせみの 世は常なしと 知るものを 秋風(さむ)み (しの)ひつるかもまた、

家持が作る歌一首 (あは)せて短歌
466 我がやどに 花ぞ咲きたる そを見れど 心もゆかず はしきやし (いも)がありせば ()(かも)なす ふたり(なら)() ()()りても 見せましものを うつせみの ()える身にあれば  (つゆ)(しも)の ()ぬるがごとく あしひきの (やま)()をさして (いり)()なす (かく)りにしかば そこ思ふに 胸こそ痛き 言ひもえず 名づけも知らず 跡もなき 世間(よのなか)にあれば ()むすべもなし

反歌
467 時はしも いつもあらむと 心痛く い行く我妹(わぎも)か みどり()を置きて
468 ()でて行く 道知らませば あらかじめ (いも)(とど)めむ (せき)も置かましを
469 (いも)が見し やどに花咲き 時は()ぬ 我が泣く(なみた) いまだ()なくに

悲緒(かなしび)いまだ()まず、さらに作る歌五首
470 かくのみに ありけるものを (いも)も我れも 千年(ちとせ)のごとく 頼みてありけり
471 (いへ)(ざか)り います我妹(わぎも)を (とど)めかね (やま)(がく)しつれ 心どもなし
472 世間(よのなか)は 常かくのみと かつ知れど 痛き心は (しの)びかねつも
473 ()()(やま)に たなびく霞 見るごとに (いも)を思ひ()で 泣かぬ日はなし
474 昔こそ (よそ)にも見しか 我妹子(わぎもこ)が (おく)(つき)と思へば はしき()()

(やま)十六年甲申(きのえさる)の春の二月に、安積皇子(あさかのみこ)(こう)ぜし時に、内舎人(うどねり)大伴宿禰家持が作る歌六首   故地
475 かけまくも あやに(かしこ)し 言はまくも ゆゆしきかも 我が大君 皇子(みこ)(みこと) 万代(よろづよ)に ()したまはまし 大日本(おほやまと) ()()の都は うち(なび)く 春さりぬれば (やま)()には 花咲きをゐり 川瀬(かはせ)には (あゆ)()(ばし)り いや()()に 栄ゆる時に およづれの たはこととかも (しろ)(たへ)に 舎人(とねり)よそひて ()(づか)(やま) 御輿(みこし)立たして ひさかたの (あめ)知らしぬれ こいまろび ひづち泣けども ()むすべもなし反歌
476 我が(おほ)(きみ) (あめ)知らさむと 思はねば おほにぞ()ける ()(つか)(そま)(やま)
477 あしひきの 山さへ光り 咲く花の 散りぬるごとき 我が大君(おほきみ)かも

右の三首は、二月の三日に作る歌。

478 かけまくも あやに(かしこ)し 我が大君 皇子(みこ)(みこと) もののふの 八十伴(やそとも)()を 召し(つど)へ (あども)ひたまひ 朝狩(あさがり)に 鹿()()()み起し (ゆふ)(がり)に 鶉雉(とり)踏み立て (おほ)()(うま)の 口(おさ)へとめ ()(こころ)を ()(あき)らめし (いく)()(やま) ()(だち)(しげ)に 咲く花も うつろひにけり 世間(よのなか)は かくのみならし ますらをの 心振り起し (つるぎたち)大刀 腰に取り()き 梓弓 (ゆき)取り()ひて 天地(あめつち)と いや(とほ)(なが)に 万代(よろづよ)に かくしもがもと (たの)めりし 皇子(みこ)()(かど)の 五月()(ばへ)なす (さわ)()(ねり)は (しろ)(たへ)に (ころも)取り着て (つね)なりし (ゑま)(ふる)()ひ いや()()に (かは)らふ見れば 悲しきろかも

反歌
479 はしきかも 皇子(みこ)(みこと)の あり(がよ)ひ 見しし活道(いくぢ)の 道は荒れにけり
480 大伴(おほとも)の 名()(ゆき)帯びて 万代(よろづよ)に 頼みし心 いづくか寄せむ
右の三首は、三月の二十四日に作る歌。

死にし妻を()()しびて、高橋朝臣(たかはしのあそみ)が作る歌一首 (あは)せて短歌
481 (しろ)(たへ)の 袖さし()へて (なび)()し 我が黒髪の ま(しか)()に なりなむ(きは)み 新世(あらたよ)に ともにあらむと 玉の()の 絶えじい妹と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は()げず (しろ)(たへ)の ()(もと)を別れ にきびにし 家ゆも()でて みどり子の 泣くをも置きて 朝霧の おほになりつつ (やま)(しろ)の 相楽(さがらか)(やま)の 山の()に 行き過ぎぬれば 言はむすべ ()むすべ知らに 我妹子(わぎもこ)と さ寝し(つま)()に (あした)には 出で立ち(しの)ひ (ゆうへ)には 入り()嘆かひ 脇ばさむ 子の泣くごとに (をとこ)じもの ()ひみ(むだ)きみ (あさ)(とり)に ()のみ泣きつつ 恋ふれども (しるし)をなみと (こと)とはぬ ものにはあれど 我妹子が 入りにし山を よすかとぞ思

( )反歌
482 うつせみの 世のことにあれば (よそ)に見し 山をや今は よすかと思はむ
483
 朝鳥の ()のみし泣かむ 我妹子(わぎもこ)に 今またさらに ()ふよしをなみ
右の三首は、七月の二十日に、高橋朝臣が作る歌なり。名字いまだ(つばひ)らかにあらず。ただし奉膳(かしはで)男子(をのこ)といふ。

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