巻四 714〜792

大伴宿禰家持、娘子(をとめ)に贈る歌七首
714 心には 思ひわたれど よしをなみ (よそ)のみにして 嘆きぞ我がする
715 千鳥(ちどり)なく 佐保(さほ)(かは)()の 清き瀬を 馬うち渡し いつか(かよ)はむ   故地
716 夜昼と いふわき知らず 我が恋ふる 心はけだし (いめ)に見えきや
717 つれもなく あるらむ人を (かた)(もひ)に 我れは思へば わびしくもあるか
718 思はぬに (いも)(ゑま)ひを (いめ)に見て 心のうちに 燃えつつぞ()
719 ますらをと 思へる我れを かくばかり みつれにみつれ (かた)(もひ)をせむ
720 むらきもの 心(くだ)けて かくばかり 我が恋ふらくを 知らずかあるらむ

天皇に(たてまつ)る歌一首  大伴坂上郎女、佐保(さほ)(いへ)に在りて作る
721 あしひきの 山にしをれば 風流(みやび)なみ 我がするわざを とがめたまふな

大伴宿禰家持が歌一首
722 かくばかり 恋つつあらずは (いは)()にも ならましものを 物思はずして

大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)()()(たどころ)より、(いへ)(とど)まれる女子(むすめ)大嬢(おほいらつめ)に賜ふ歌一首 (あは)せて短歌
723 常世(とこよ)にと 我が行かなくに ()かな()に もの悲しらに 思へりし 我が子の()()を ぬばたまの (よる)(ひる)といはず 思ふにし 我が身は()せぬ 嘆くにし 袖さへ()れぬ かくばかり もとなし恋ひば 故郷(ふるさと)に この月ごろも 有りかつましじ

反歌
724 (あさ)(かみ)の 思ひ乱れて かくばかり ()()が恋ふれぞ (いめ)に見えける
右の歌は、大嬢が(たてまつ)る歌に(こた)へ賜ふ

天皇に(たてまつ)る歌二首  大伴坂上郎女、春日の里に在りて作る
725 にほ鳥の (かづ)く池水 心あらば 君に我が恋ふる 心示さね
726 (よそ)()て 恋ひつつあらずは 君が(いへ)の 池に住むといふ (かも)にあらましを

大伴宿禰家持、坂上家(さかのうへのいへ)大嬢(おほいらつめ)に贈る歌二首 離絶すること数年、また会ひて相聞往来す
727 (わす)(ぐさ) 我が下紐に 付けたれど (しこ)(しこ)(くさ) (こと)にしありけり   
728 人もなき 国もあらぬか 我妹子(わぎもこ)と たづさはり行きて たぐひて()らむ

大伴坂上大嬢(おほとものさかのうへのおほいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌三首
729 (たま)ならば 手にも()かむを うつせみの 世の人なれば 手に巻きかたし
730 逢はむ夜は いつもあらむを (なに)すとか その(よひ)逢ひて (こと)(しげ)きも
731 我が名はも ()()五百(いほ)()に 立ちぬとも 君が名立ば 惜しみこそ泣け

また、大伴宿禰家持が(こた)ふる歌三首
732 今しはし 名の惜しけくも 我れはなし (いも)によりては ()たび立つとも
733 うつせみの 世やも(ふた)()く (なに)すとか 妹に逢はずて 我がひとり寝む
734 我が思ひ かくてあらずは 玉にもが まことも(いも)が 手に()かれなむ

同じき坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)、家持に贈る歌一首
735 春日(かすが)(やま) 霞たなびき 心ぐく 照れる月夜(つくよ)に ひとりかも寝む

また家持、坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)(こた)ふる歌一首
736 月夜(つくよ)には (かど)に出で立ち 夕占(ゆふけ)問ひ (あし)(うら)をぞせし 行かまくを()

同じき大嬢、家持に贈る歌二首
737 かくかくに 人は言ふとも 若狭(わかさ)()の (のち)()の山の (のち)も逢はむ君
738 ()(なか)し 苦しきものに ありけらし 恋にあへずて 死ぬべき思へば

また家持、坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)(こた)ふる歌二首
739 (のち)()(やま) (のち)も逢はむと 思へこそ 死ぬべきものを 今日(けふ)までも()けれ
740 言のみを 後も逢はむと ねもころに 我れを頼めて 逢はざらむかも

さらに大伴宿禰家持、坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)に贈る歌十五首
741 (いめ)の逢ひは 苦しくありけり おどろきて ()(さぐ)れども 手にも触れねば
742 一重(ひとへ)のみ (いも)が結ばむ 帯をすら 三重(みへ)結ぶべく 我が身はなりぬ
743 我が恋は ()(びき)(いし)を (なな)ばかり 首に()けむも 神のまにまに
744 夕さらば ()()()()けて 我れ待たむ (いめ)(あひ)()に ()むといふ人を
745 (あさ)(よひ)に 見む時さへや 我妹子(わぎもこ)が 見れど見ぬごと なほ(こほ)しけむ
746 生ける世に 我はいまだ見ず (こと)絶えて かくおもしろく 縫へる袋は
747 我妹子(わぎもこ)が 形見(かたみ)(ころも) 下に着て (ただ)に逢ふまでは 我れ()かめやも
748 恋ひ死なむ そこも同じぞ 何せむに 人目(ひとめ)(ひと)(ごと) 言痛(こちた)み我れせむ
749 (いめ)にだに 見えばこそあれ かくばかり 見えずてあるは 恋ひて死ねとか
750 思ひ絶え わびにしものを なかなかに なにか苦しく (あひ)()そめけむ
751 (あひ)()ては (いく)()()ぬを ここだくも くるひにくるひ 思ほゆるかも
752 かくばかり 面影(おもかげ)にのみ 思ほえば いかにかもせむ (ひと)()(しげ)くて
753 (あひ)()ては しましも恋は なぎむかと 思へどいよよ 恋ひまさりけり
754 夜のほどろ 我が出でて来れば 我妹子(わぎもこ)が 思へりしくし 面影に見ゆ
755 夜のほどろ 出でつつ()らく たび数多(まね)く なれば我が胸 切り焼くごとし

大伴の田村家の大嬢(おほいらつめ)(いもひと)坂上大嬢に贈る歌四首
756 (よそ)()て 恋ふれば苦し 我妹子(わぎこも)を 継ぎて(あひ)()む (こと)(はか)りせよ
757 遠くあらば わびてもあらむを (さと)近く ありと聞きつつ 見ぬがすべなさ
758 白雲の たなびく山の 高々(たかだか)に 我が思ふ(いも)を 見むよしもがも
759 いかならむ 時にか(いも)を 葎生(むぐらふ)の (きた)なき宿に 入れいませてむ

右、田村大嬢(たむらのおほいらつめ)坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)、ともにこれ、右大弁(うだいべん)大伴宿奈麻呂卿(おほとものすくなまろのまへつきみ)が女あり。卿、田村の里に()れば、(なづ)けて田村大嬢といふ。ただし(いもひと)坂上大嬢は、母、坂上の里に居る。よりて坂上大嬢といふ。時に姉妹、諮問(とぶら)ふに歌をもちて贈答す。

大伴坂上郎女、竹田の(たどころ)より女子(むすめ)大嬢に贈る歌二首
760 うち渡す 竹田(たけだ)の原に 鳴く(たづ)の ()なく時なし 我が恋ふらくは
761 早川の 瀬に()る鳥の よしをなみ 思ひてあるし 我が子はもあは

紀女郎(きのいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌二首 女郎、名を小鹿(をじか)といふ
762 (かむ)さぶと いなにはあらず はたやはた かくして(のち)に (さぶ)しけむかも
763 (たま)()を (あわ)()()りて 結べらば ありて(のち)にも 逢はずあらめやも

大伴宿禰家持が(こた)ふる歌一首
764 (もも)(とせ)に (おい)(した)出でて よよむとも 我れはいとはじ 恋ひは()すとも

()()の京に在りて、()()(いへ)(とど)まれる坂上大嬢を(しの)ひて、大伴宿禰家持が作る歌一首
765 一重(ひとへ)山 へなれるものを 月夜(つくよ)よみ (かど)()で立ち (いも)か待つらむ

藤原郎女(ふぢはらのいらつめ)、これを聞きて(すなは)(こた)ふる歌一首
766 道遠み ()じとは知れる ものからに しかぞ待つらむ 君が目を()

大伴宿禰家持、さらに大嬢(おほいらつめ)に贈る歌二首
767 (みやこ)()を 遠みか(いも)が このころは うけひて()れど (いめ)に見え()
768 今知らす ()()(みやこ)に (いも)に逢はず 久しくなりぬ ()きて(はや)()な   故地

大伴宿禰家持、紀女郎(きのいらつめ)(こた)へ贈る歌一首
769 ひさかたの 雨の降る日を ただひとり 山辺(やまへ)()れば いぶせくありけり

大伴宿禰家持、()()(みやこ)より坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)に贈る歌五首
770 人目多み 逢はなくのみぞ 心さへ (いも)を忘れて 我が思はなくに
771 (いつは)りも 似つきてぞする うつしくも まこと我妹子(わぎもこ) 我れに恋ひめや
772 (いめ)にだに 見えむと我れは ほどけども (あひ)し思はねば うべ見えずあらむ
773 (こと)とはぬ 木すらあぢさゐ (もろ)()らが ()りのむらとに あざむかえけり   
774 (もも)()たび 恋ふと言ふとも (もろ)()らが ()りのことばは 我れは(たの)まじ

大伴宿禰家持、紀女郎(きのいらつめ)に贈る歌一首
775 (うづら)鳴く ()りにし里ゆ 思へども 何ぞも(いも)に 逢ふよしもなき

紀女郎(きのいらつめ)、家持に(こた)へ贈る歌一首
776 (こと)()しは ()(こと)なるか ()山田(やまだ)に 苗代(なはしろ)(みづ)の 中よどにして

大伴宿禰家持、さらに紀女郎(きのいらつめ)に贈る歌五首
777 我妹子(わぎもこ)が やどの(まがき)を 見に行かば けだし(かど)より (かへ)してむかも
778 うつたへに (まがき)の姿 見まく()り 行かむと言へや 君を見にこそ
779 (いた)(ぶき)の 黒木の屋根は 山近し 明日(あす)の日取りて 持ちて()()
780 黒木取り (かや)も刈りつつ (つか)へめど いそしきわけと ほめむともあらず
781 ぬばたまの 昨夜(きぞ)は帰しつ 今夜(こよひ)さへ 我れを帰すな 道の(なが)()

紀女郎(きのいらつめ)(つつ)める物を友に贈る歌一首 女郎、名を小鹿(をしか)といふ
782 風高く 辺には吹けども (いも)がため 袖さへ()れて 刈れる(たま)()

大伴宿禰家持、娘子(をとめ)に贈る歌三首
783 をととしの (さき)つ年より 今年(ことし)まで 恋ふれどなぞも (いも)に逢ひかた
784 うつつには さらにもえ言はず (いめ)にだに (いも)()(もと)を まき()とし見ば
785 我がやどの 草の上白く 置く露の ()も惜しくあらず (いも)に逢はずあれば

大伴宿禰家持、藤原朝臣久須麻呂(ふぢはらのあそみくずまろ)(こた)へ贈る歌三首
786 春の雨は いやしき降るに (うめ)の花 いまだ咲かなく いと若みかも   
787 (いめ)のごと 思ほゆるかも はしきやし 君が使(つかひ)の 数多(まね)く通へば
788 うら若み 花咲きかたき (うめ)を植ゑて 人の(こと)(しげ)み 思ひぞ我がする

また家持、藤原朝臣久須麻呂(ふぢはらのあそみくずまろ)に贈る歌二首
789 心ぐく 思ほゆるかも 春霞 たなびく時に (こと)の通へば
790 春風の (おと)にし()でなば ありさりて 今ならずとも 君がまにまに

藤原朝臣久須麻呂(ふぢはらのあそみくずまろ)来報(こた)ふる歌二首
791 奥山の (いは)(かげ)()ふる (すが)の根の ねもころ我れも (あひ)(おも)はずあれや
792 春雨を 待つとにしあらし 我がやどの (わか)()(うめ)も いまだふふめり

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