譬喩歌
衣に寄する 1296 今作る 斑の衣 面影に 我れに思ほゆ いまだ着ねども 1297 紅に 衣染めまく 欲しけども 着てにほはばか 人の知るべき 1298 かくかくに 人は言ふとも 織り継がむ 我が機物の 白き麻衣 玉に寄する 1299 あぢ群の とをよる海に 舟浮けて 白玉採ると 人に知らゆな 1300 をちこちの 磯の中なる 白玉を 人に知らえず 見むよしもがも 1301 海神の 手に巻き持てる 玉故に 磯の浦みに 潜きするかも 1302 海神の 持てる白玉 見まく欲り 千たびぞ告りし 潜きする海人は 1303 潜きする 海人は告れども 海神の 心し得ねば 見ゆといはなくに 木に寄する 1304 天雲の たなびく山の 隠りたる 我が下心 木の葉知るらむ 1305 見れど飽かぬ 人国山の 木の葉をし 我が心から なつかしみ思ふ 花に寄する 1306 この山の 黄葉の下の 花を我れ はつはつに見て なほ恋ひにけり 川に寄する 1307 この川ゆ 舟は行くべく ありといへど 渡り瀬ごとに 守る人のありて 海に寄する 1308 大海を さもらふ港 事しあらば いづへゆ君は 我を率しのがむ 1309 風吹きて 海は荒るとも 明日と言はば 久しくあるべし 君がまにまに 1310 雲隠る 小島の神の 畏けば 目こそ隔てれ 心隔てや 衣に寄する 1311 橡の 衣は人皆 事なしと 言ひし時より 着欲しく思ほゆ ☆花 1312 おほろかに 我れし思はば 下に着て なれにし衣を 取りて着めやも 1313 紅の 深染めの衣 下に着て 上に取り着ば 言なさむかも 1314 橡の 解き洗ひ衣の あやしくも ことに着欲しき この夕かも 1315 橘の 島にし居れば 川遠み さらさず縫ひし 我が下衣 糸に寄する 1316 河内女の 手染めの糸を 繰り返し 片糸にあれど 絶えむと思へや 玉に寄する 1317 海の底 沈く白玉 風吹きて 海は荒るとも 採らずはやまじ 1318 底清み 沈ける玉を 見まく欲り 千たびぞ告りし 潜きする海人は 1319 大海の 水底照らし 沈く玉 斎ひて採らむ 風な吹きそね 1320 水底に 沈く白玉 誰が故に 心尽して 我が思はなくに 1321 世間は 常かくのみか 結びてし 白玉の緒の 絶ゆらく思へば 1322 伊勢の海の 海人の島津が 鰒玉 採りて後もか 恋の繁けむ 1323 海の底 沖つ白玉 よしをなみ 常かくのみや 恋ひわたりなむ 1324 葦の根の ねもころ思ひて 結びてし 玉の緒といはば 人解かめやも 1325 白玉を 手には巻かずに 箱のみに 置けりし人ぞ 玉嘆かする 1326 照左豆が 手に巻き古す 玉もがも その緒は替へて 我が玉にせむ 1327 秋風は 継ぎてな吹きそ 海の底 沖なる玉を 手に巻くまでに 日本琴に寄する 1328 膝に伏す 玉の小琴の 事なくは いたくここだく 我れ恋ひめやも 弓に寄する 1329 陸奥の 安達太良真弓 弦はけて 引かばか人の 我を言なさむ ☆故地 ☆花 1330 南淵の 細川山に 立つ檀 弓束巻くまで 人に知らえじ山に寄する 1331 岩畳 畏き山と 知りつつも 我れは恋ふるか 並にあらなくに 1332 岩が根の こごしき山に 入りそめて 山なつかしみ 出でかてぬかも 1333 佐保山を おほに見しかど 今見れば 山なつかしも 風吹くなゆめ 1334 奥山の 岩に苔生し 畏けど 思ふ心を いかにかもせむ 1335 思ひあまり いたもすべなみ 玉たすき 畝傍の山に 我れ標結ひつ 草に寄する 1336 冬こもり 春の大野を 焼く人は 焼き足らねかも 我が心焼く 1337 葛城の 高間の草野 早知りて 標刺さましを 今ぞ悔しき ☆故地 1338 我がやどに 生ふるつちはり 心ゆも 思はぬ人の 衣に摺らゆな ☆花 1339 月草に 衣色どり 摺らめども うつろふ色と 言ふが苦しさ ☆花 1340 紫の 糸をぞ我が縒る あしひきの 山橘を 貫かむと思ひて ☆花 1341 真玉つく 越智の菅原 我れ刈らず 人の刈らまく 惜しき菅原 1342 山高み 夕日隠りぬ 浅茅原 後見むために 標結はましを ☆花 1343 言痛くは かもかもせむを 岩代の 野辺の下草 我れし刈りてば 1344 真鳥住む 雲梯の社の 菅の根を 衣にかき付け 着せむ子もがも ☆故地 1345 常ならぬ 人国山の 秋津野の かきつはたをし 夢に見しかも ☆花 1346 をみなへし 佐紀沢の辺の 真葛原 いつかも繰りて 我が衣に着む ☆故地 ☆花 ☆花 1347 君に似る 草と見しより 我が標めし 野山の浅茅 人な刈りそね 1348 三島江の 玉江の薦を 標めしより 己がとぞ思ふ いまだ刈らねど 1349 かくしてや なほや老いなむ み雪降る 大荒木野の 小竹にあらなくに 1350 近江のや 矢橋の小竹を 矢はがずて まことありえむや 恋しきものを ☆故地 1351 月草に 衣は摺らむ 朝露に 濡れての後は うつろひぬとも 1352 我が心 ゆたにたゆたに 浮? 辺にも沖にも 寄りかつましじ 稲に寄する 1353 石上 布留の早稲田を 秀でずとも 縄だに延へよ 守りつつ居らむ ☆故地 ☆花 木に寄する 1354 白菅の 真野の榛原 心ゆも 思はぬ我れし 衣に摺りつ 1355 真木柱 作る杣人 いささめに 仮廬のためと 作りけめやも 1356 向つ峰に 立てる桃の木 ならめやと 人ぞささやく 汝が心ゆめ ☆花 1357 たらちねの 母がその業る 桑すらに 願へば衣に 着るといふものを ☆花 1358 はしきやし 我家の毛桃 本茂く 花のみ咲きて ならずあらめやも 1359 向つ峰の 若桂の木 下枝取り 花待つい間に 嘆きつるかも 花に寄する 1360 息の緒に 思へる我れを 山ぢさの 花にか君が うつろひぬらむ ☆花 1361 住吉の 浅沢小野の かきつはた 衣に摺り付け 着む日知らずも ☆花 1362 秋さらば 移しもせむと 我が蒔きし 韓藍の花を 誰れか摘みけむ ☆花 1363 春日野に 咲きたる萩は 片枝は いまだふふめり 言な絶えそね ☆花 1364 見まく欲り 恋ひつつ待ちし 秋萩は 花のみ咲きて ならずかもあらむ 1365 我妹子が やどの秋萩 花よりは 実になりてこそ 恋ひまさりけれ
鳥に寄する 1366 明日香川 七瀬の淀に 住む鳥も 心あれこそ 波立てざらめ ☆故地 獣に寄する 1367 三国山 木末に住まふ むざさびの 鳥待つごとく 我れ待ち痩せむ ☆故地 雲に寄する 1368 岩倉の 小野ゆ秋津に 立ちわたる 雲にしもあれや 時をし待たむ 雷に寄する 1369 天雲に 近く光りて 鳴る神の 見れば畏し 見ねば悲しも 雨に寄する 1370 はなはだも 降らぬ雨故 にはたづみ いたくな行きそ 人の知るべく 1371 ひさかたの 雨には着ぬを あやしくも 我が衣手は 干る時なきか 月に寄する 1372 み空行く 月読壮士 夕さらず 目には見れども 寄るよしもなし 1373 春日山 山高くあらし 岩の上の 菅の根見むと 月待ちかたし 1374 闇の夜は 苦しきものを いつしかと 我が待つ月も 早も照らぬか 1375 朝霜の 消やすき命 誰がために 千年もがもと 我が思はなくに
右の一首は、譬喩歌の類にあらず。ただし、闇の夜の歌人の所心の故に、ともにこの歌を作る。よりてこの歌をもちて、この次に載す。 埴に寄する 1376 大和の 宇陀の真埴の さ丹付かば そこもか人の 我を言なさむ 神に寄する 1377 木綿懸けて 祭るみもろの 神さびて 斎むにはあらず 人目多みこそ 1378 木綿懸けて 斎ふこの社 越えぬべく 思ほゆるかも 恋の繁きに 川に寄する 1379 絶えず行く 明日香の川の 淀めらば 故しもあるごと 人の見まくに 1380 明日香川 瀬々に玉藻は 生ひたれど しがらみあれば 靡きあはなくに ☆故地 1381 広瀬川 袖漬くばかり 浅きをや 心深めて 我が思へるらむ 1382 泊瀬川 流る水沫の 絶えばこそ 我が思ふ心 遂げじと思はめ 1383 嘆きせば 人知りぬべみ 山川の たぎつ心を 塞かへてあるかも 1384 水隠りに 息づきあまり 早川の 瀬には立つとも 人に言はめやも 埋れ木に寄する 1385 真鉋持ち 弓削の川原の 埋れ木の あらはるましじき ことにあらなくに 海に寄する 1386 大船に 真楫しじ貫き 漕ぎ出なば 沖は深けむ 潮は干ぬとも 1387 伏越ゆ 行かましものを まもらふに うち濡らさえぬ 波数まずして 1388 石そそき 岸の浦みに 寄する波 辺に来寄らばか 言の繁けむ 1389 磯の浦に 来寄る白波 返りつつ 過ぎかてなくは 誰れにたゆたへ 1390 淡海の海 波畏みと 風まもり 年はや経なむ 漕ぐとはなしに ☆故地 1391 朝なぎに 来寄る白波 見まく欲り 我れはすれども 風こそ寄せね 浦の沙に寄する 1392 紫の 名高の浦の 真砂地 袖のみ触れて 寝ずかなりなむ ☆故地 1393 豊国の 企救の浜辺の 真砂地 真直にしあらば 何か嘆かむ ☆故地 藻に寄する 1394 潮満てば 入りぬる磯の 草なれや 見らく少く 恋ふらくの多き 1395 沖つ波 寄する荒磯の なのりそは 心のうちに 障みとなれり 1396 紫の 名高の浦の なのりその 磯に靡かむ 時待つ我れを 1397 荒磯越す 波は畏し しかすがに 海の玉藻の 憎くはあらずて 舟に寄する 1398 楽浪の 志賀津の浦の 舟乗りに 乗りにし心 常忘らえず 1399 百伝ふ 八十の島みを 漕ぐ舟に 乗りにし心 忘れかねつも 1400 島伝ふ 足早の小舟 風まもり 年はや経なむ 逢ふとはなしに 1401 水霧らふ 沖つ小島に 風をいたみ 舟寄せかねつ 心は思へど 1402 こと放けば 沖ゆ放けなむ 港より へつかふ時に 放くべきものか 旋頭歌 1403 御幣取り 三輪の祝が 斎ふ杉原 薪伐り ほとほとしくに 手斧取らえぬ ☆故地 挽歌 1404 鏡なす 我が見し君を 阿婆の野の 花橘の 玉に拾ひつ ☆花 1405 秋津野を 人の懸くれば 朝撒きし 君が思ほえて 嘆きはやまず 1406 秋津野に 朝居る雲の 失せゆけば 昨日も今日も なき人思ほゆ 1407 こもりくの 泊瀬の山に 霞立ち たなびく雲は 妹にかもあらむ 1408 たはことか およづれことか こもりくの 泊瀬の山に 廬りせりといふ 1409 秋山の 黄葉あはれと うらぶれて 入りにし妹は 待てど来まさず 1410 世間は まこと二代は ゆかずあらし 過ぎにし妹に 逢はなく思へば 1411 幸はひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 妹が声を聞く 1412 我が背子を いづち行かめと さき竹の そがひに寝しく 今し悔しも 1413 庭つ鳥 鶏の垂り尾の 乱れ尾の 長き心も 思ほえぬかも 1414 薦枕 相枕きし子も あらばこそ 夜の更くらくも 我が惜しみせめ 1415 玉梓の 妹は玉かも あしひきの 清き山辺に 撒けば散りぬる 或本の歌に曰はく 1416 玉梓の 妹は花かも あしひきの この山蔭に 撒けば失せぬる 羈旅の歌 1417 名児の海を 朝漕ぎ来れば 海中に 鹿子ぞ鳴くなる あはれその鹿子 |