巻十 1996〜2093

(あき)雑歌(ざふか)

七夕(しちせき)

1996 (あま)(がは) 水さへに照る 舟()てて 舟なる人は (いも)と見えきや
1997 ひさかたの (あま)川原(かはら)に ぬえ(どり)の うら泣きましつ すべなきまでに
1998 我が恋を (つま)は知れるを 行く舟の 過ぎて()べしや (こと)()げなむ
1999 赤らひく (いろ)ぐはし子を しば見れば (ひと)(づま)ゆゑに 我れ恋ひぬべし
2000 (あま)(がは) (やす)(わた)りに 舟()けて 秋立つ待つと (いも)に告げこそ
2001 ()空ゆ (かよ)ふ我れすら ()がゆゑに (あま)(かは)()を なづみてぞ()
2002 八千(やち)(ほこ)の 神の()()より ともし(づま) 人知りにめり ()ぎてし思へば
2003 我が恋ふる ()のほの(おも)わ こよひもか (あま)川原(かはら)に (いし)(まくら)まかむ
2004 (おの)(づま)に ともしき子らは ()てむ津の 荒磯(ありそ)まきて寝む 君待ちかてに
2005 (あめ)(つち)と 別れし時ゆ (おの)が妻 しかぞ()れてあり 秋待つ我れは
2006 (ひこ)(ほし)は 嘆かす妻に (こと)だにも 告げにぞ()つる 見れば苦しみ
2007 ひさかたの (あま)つしるしと ()()(がは) (へだ)てて置きし (かむ)()(うら)めし
2008 ぬばたまの 夜霧(よぎり)(こも)り 遠くとも (いも)が伝へは 早く()げこそ
2009 ()が恋ふる (いも)(みこと)は ()()らに (そで)振る見えつ (くも)(がく)るまで
2010 (ゆう)(つづ)も 通ふ(あま)()を いつまでか (あふ)ぎて待たむ (つき)(ひと)壮士(をとこ)
2011 (あま)の川 い(むか)ひ立ちて (こひ)しらに (こと)だに告げむ (つま)どふまでは
2012 (しら)(たま)の 五百(いほ)(つど)ひを ()きもみず 我れは()かてぬ 逢はむ日待つに
2013 (あま)の川 (みづ)(かげ)(くさ)の 秋風に (なび)かふ見れば 時は()にけり
2014 我が待ちし (あき)(はぎ)咲きぬ 今だにも にほひに行かな 彼方(をちかた)(ひと)   
2015 我が()()に うら恋ひ()ば (あま)の川 ()(ふね)()ぐなる (かぢ)(おと)聞こゆ
2016 ()長く 恋ふる心ゆ 秋風に (いも)(おと)聞こゆ (ひも)()き行かな
2017 恋ひしくは ()長きものを 今だにも ともしむべしや ()ふべき()だに
2018 (あま)の川 去年(こぞ)の渡りで (うつ)ろへば 川瀬を踏むに ()()けにける
2019 いにしへゆ あげてし(はた)も (かへり)みず (あま)(かは)()に 年ぞ()にける
2020 (あま)の川 ()(ふね)()ぎて 明けぬとも 逢はむと思ふ() (そで)()へずあらめや
2021 (とほ)(づま)と ()(まくら)()へて 寝たる()は (とり)がねな鳴き 明けば明けぬとも
2022 (あひ)()らく ()()らねども いなのめの 明けさりにけり (ふな)()せむ妻
2023 ()そめて いくだもあらねば (しろ)(たへ)の (おび)()ふべしや 恋も過ぎねば
2024 万代(よろづよ)に たづさはり()て (あひ)()とも 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに
2025 万代(よろづよ)に 照るべき月も (くも)(がく)り 苦しきものぞ 逢はむと思へど
2026 白雲と 五百重(いほへ)(かく)り 遠くとも (よひ)さらず見む (いも)があたりは
2027 我がためと 織女(たなばたつめ)の そのやどに ()(しろ)(たへ)は 織りてけむかも
2028 君に逢はず 久しき時ゆ 織る(はた)の 白栲衣(しろたへころも) (あか)()くまでに
2029 (あま)の川 (かぢ)(おと)聞こゆ (ひこ)(ほし)と 織女(たなばたつめ)と 今夜(こよひ)()ふらしも
2030 秋されば (かは)(ぎり)立てる (あま)の川 川に向き居て 恋ふる()ぞ多き
2031 よしゑやし (ただ)ならずとも ぬえ(どり)の うら()()りと 告げむ子もがも
2032 一年(ひととせ)に 七日(なぬか)()のみ 逢ふ人の 恋も過ぎねば ()()けゆくも
2033 天の川 (やす)川原(かはら)に 定而神競者磨待無

この歌一首は、(かのえ)(たつ)の年に作る。
右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。

2034 織女(たなばた)の 五百(いほ)(はた)立てて 織る布の 秋さり(ごろも) ()れか取り見む
2035 年にありて 今かまくらむ ぬばたまの 夜霧(よぎり)(こも)れる (とほ)(づま)の手を
2036 我が待ちし 秋は(きた)りぬ (いも)と我れと 何事あれぞ (ひも)()かずあらむ
2037 年の恋 今夜(こよひ)(つく)して 明日(あす)よりは 常のごとくや 我が恋ひ()らむ
2038 逢はなくは ()長きものを (あま)の川 (へだ)ててまたや 我が恋ひ()らむ
2039 恋しけく ()長きものを 逢ふべくある (よひ)だに君が 来まさずあるらむ
2040 (ひこ)(ほし)と 織女(たなばたつめ)と 今夜(こよひ)逢ふ (あま)川門(かはと)に 波立つなゆめ
2041 秋風の 吹きただよはす 白雲は 織女(たなばたつめ)の (あま)領巾(ひれ)かも
2042 しばしばも (あひ)()む君を (あま)(がは) (ふな)()(はや)せよ ()()けぬ()
2043 秋風の 清き(ゆふへ)に (あま)の川 舟()ぎ渡る (つき)(ひと)壮士(をとこ)
2044 (あま)(かは) 霧立ちわたり 彦星(ひこほし)の (かぢ)(おと)聞こゆ 夜の更けゆけば
2045 君が舟 今()()らし (あま)の川 (きり)立ちわたる この川の瀬に
2046 秋風に 川波立ちぬ しましくは 八十(やそ)(ふな)()に み舟(とど)めよ
2047 (あま)の川 川の(おと)清し (ひこ)(ほし)の 秋()ぐ舟の 波のさわきか
2048 (あま)の川 (かは)()に立ちて 我が恋ひし 君来ますなり (ひも)()き待たむ
2049 (あま)の川 川門(かはと)()りて 年月を 恋ひ()しき君に 今夜(こよひ)逢へるかも
2050 明日よりは 我が(たま)(どこ)を うち(はら)ひ 君と()ねずて ひとりかも寝む
2051 (あま)(はら) 行きて()てむと (しら)真弓(まゆみ) 引きて(こも)れる (つき)(ひと)壮士(をとこ)   
2052 この(ゆうへ) 降りくる雨は (ひこ)(ほし)の (はや)()ぐ舟の (かい)の散りかも
2053 (あま)の川 八十(やそ)()()らへり (ひこ)(ほし)の 時待つ舟は 今し()ぐらし
2054 風吹きて 川波立ちぬ 引き舟に 渡りも来ませ ()()けぬ()
2055 (あま)の川 遠き渡りは なけれども 君が(ふな)()は 年にこそ待て
2056 (あま)の川 (うち)(はし)渡せ (いも)(いへ)() やまず(かよ)はむ 時待たずとも
2057 (かさ)ね 我が思ふ(いも)に 逢へる()は 今し(なな)()を 継ぎこせぬかも
2058 年に(かざ)る 我が舟()がむ (あま)(がは) 風は吹くとも 波立つなゆめ
2059 (あま)の川 波は立つとも 我が舟は いざ()()でむ ()()けぬ()
2060 ただ今夜(こよひ) 逢ひたる子らに (こt)どひも いまだせずして さ()ぞ明けにける
2061 (あま)の川 白波高し 我が恋ふる 君が(ふな)()は 今しすらしも
2062 機物(はたもの)の ?(ふみ)()持ち行きて (あま)の川 打橋(うちはし)渡す 君が()むため
2063 (あま)の川 霧立ち(のぼ)る 織女(たなばた)の 雲の(ころも)の かへる(そで)かも
2064 いにしへゆ ()りてし(はた)を この(ゆふへ) (ころも)()ひて 君待つ我れを
2065 (あし)(だま)も ()(だま)もゆらに ()(はた)を 君が()(けし)に ()ひもあへむかも
2066 月日おき ()ひてしあれば 別れまく ()しかる君は 明日(あす)さへもがも
2067 (あま)の川 (わた)()深み 舟()けて ()()る君が (かぢ)(おと)聞こゆ
2068 天の原 振り()け見れば (あま)の川 霧立ちわたる 君は()ぬらし
2069 (あま)の川 瀬ごとに(ぬさ)を たてまつる 心は君を (さき)()ませと
2070 ひさかたの (あま)(かは)()に 舟()けて 君待つ()らは ()けずもあらぬか
2071 (あま)の川 なづさひ渡る 君が手も いまだまかねば ()()けぬらく
2072 (わた)(もり) 舟渡せをと 呼ぶ声の 至らねばかも (かぢ)(おと)のせぬ
2073 ()長く 川に向き立ち ありし(そで) 今夜(こよひ)まかむと 思はくがよさ
2074 (あま)の川 (わた)()ごとに 思ひつつ ()しくもしるし 逢へらく思へば
2075 人さへや 見継がずあらむ (ひこ)(ほし)の 妻呼ぶ舟の (ちか)づき行くを
2076 (あま)(がわ) 瀬を早みかも ぬばたまの ()()けにつつ 逢はぬ(ひこ)(ほし)
2077 (わた)(もり) 舟(はや)渡せ 一年(ひととせ)に ふたたび(かよ)ふ 君にあらなくに
2078 (たま)(かづら) 絶えぬものから さ()らくは 年の渡りに ただ一夜(ひとよ)のみ
2079 恋ふる()は ()長きものを 今夜(こよひ)だに ともしむべしや 逢ふべきものを
2080 織女(たなばた)の 今夜(こよひ)逢ひなば 常のごと 明日(あす)(へだ)てて 年は長けむ
2081 (あま)の川 (たな)(はし)渡せ 織女(たなばた)の い渡らさむに 棚橋渡せ
2082 (あま)の川 (かは)()八十(やそ)あり いづくにか 君がみ舟を 我が待ち()らむ
2083 秋風の 吹きにし日より (あま)の川 瀬に()で立ちて 待つと告げこそ
2084 (あま)の川 去年(こぞ)の渡り瀬 荒れにけり 君が来まさむ 道の知らなく
2085 (あま)の川 瀬々(せぜ)に白波 高けども (ただ)渡り()ぬ 待たば苦しみ
2086 (ひこ)(ほし)の 妻呼ぶ舟の 引き(づな)の 絶えむと君を 我が思はなくに
2087 (わた)(もり) (ふな)()()でむ 今夜(こよひ)のみ (あひ)()(のち)は 逢はじものかも
2088 我が隠せる (かぢ)(さを)なくて (わた)(もり) 舟貸さめやも しましはあり待て

2089 (あめつち)地の (はじ)めの時ゆ (あま)(がは) い(むか)()りて (ひととせ)年に ふたたび逢はぬ (つま)()ひに 物思ふ人 天の川 (やす)川原(かはら)の あり(かよ)ふ (いで)の渡りに そほ(ぶね)の (とも)にも()にも (ふな)(よそ)ひ ま(かぢ)しじ()き すすき 本葉(もとは)もそよに 秋風の 吹きくる(よひ)に 天の川 白波しのぎ 落ちたぎつ 早瀬渡りて 若草の 妻をまかむと 大船の 思ひ頼みて ()()らむ その(つま)の子が あらたまの 年の()長く 思ひ()し 恋(つく)すらむ (ふみ)(づき)の (なぬか)日の(よひ)は 我れも悲しも   

反歌
2090 高麗錦(こまにしき) (ひも)()きかはし (あま)(ひと)の 妻どふ(よひ)ぞ 我れも(しの)はむ
2091 (ひこ)(ほし)の 川瀬を渡る さ小舟(をぶね)の い行きて()てむ (かは)()し思ほゆ

2092 天地(あめつち)と 別れし時ゆ ひさかたの (あま)つしるしと 定めてし (あま)川原(かはら)に あらたまの 月(かさ)なりて (いも)に逢ふ 時さもらふと 立ち待つに 我が(ころも)()に 秋風の 吹きかへらへば 立ちて()て たどきを()らに むらきもの 心いさよひ ()(きぬ)の 思ひ乱れて いつしかと 我が待つ今夜(こよひ) この川の 流れの長く ありこせぬかも

反歌
2093 (いも)に逢ふ 時(かた)()つと ひさかたの (あま)川原(かはら)に 月ぞ()にける

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