秋雑歌
七夕 1996 天の川 水さへに照る 舟泊てて 舟なる人は 妹と見えきや 1997 ひさかたの 天の川原に ぬえ鳥の うら泣きましつ すべなきまでに 1998 我が恋を 夫は知れるを 行く舟の 過ぎて来べしや 言も告げなむ 1999 赤らひく 色ぐはし子を しば見れば 人妻ゆゑに 我れ恋ひぬべし 2000 天の川 安の渡りに 舟浮けて 秋立つ待つと 妹に告げこそ 2001 大空ゆ 通ふ我れすら 汝がゆゑに 天の川道を なづみてぞ来し 2002 八千桙の 神の御代より ともし妻 人知りにめり 継ぎてし思へば 2003 我が恋ふる 丹のほの面わ こよひもか 天の川原に 石枕まかむ 2004 己夫に ともしき子らは 泊てむ津の 荒磯まきて寝む 君待ちかてに 2005 天地と 別れし時ゆ 己が妻 しかぞ離れてあり 秋待つ我れは 2006 彦星は 嘆かす妻に 言だにも 告げにぞ来つる 見れば苦しみ 2007 ひさかたの 天つしるしと 水無し川 隔てて置きし 神代し恨めし 2008 ぬばたまの 夜霧に隠り 遠くとも 妹が伝へは 早く告げこそ 2009 汝が恋ふる 妹の命は 飽き足らに 袖振る見えつ 雲隠るまで 2010 夕星も 通ふ天道を いつまでか 仰ぎて待たむ 月人壮士 2011 天の川 い向ひ立ちて 恋しらに 言だに告げむ 妻どふまでは 2012 白玉の 五百つ集ひを 解きもみず 我れは寝かてぬ 逢はむ日待つに 2013 天の川 水蔭草の 秋風に 靡かふ見れば 時は来にけり 2014 我が待ちし 秋萩咲きぬ 今だにも にほひに行かな 彼方人に ☆花 2015 我が背子に うら恋ひ居れば 天の川 夜舟漕ぐなる 楫の音聞こゆ 2016 ま日長く 恋ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かな 2017 恋ひしくは 日長きものを 今だにも ともしむべしや 逢ふべき夜だに 2018 天の川 去年の渡りで 移ろへば 川瀬を踏むに 夜ぞ更けにける 2019 いにしへゆ あげてし服も 顧みず 天の川津に 年ぞ経にける 2020 天の川 夜舟を漕ぎて 明けぬとも 逢はむと思ふ夜 袖交へずあらめや 2021 遠妻と 手枕交へて 寝たる夜は 鶏がねな鳴き 明けば明けぬとも 2022 相見らく 飽き足らねども いなのめの 明けさりにけり 舟出せむ妻 2023 さ寝そめて いくだもあらねば 白栲の 帯乞ふべしや 恋も過ぎねば 2024 万代に たづさはり居て 相見とも 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに 2025 万代に 照るべき月も 雲隠り 苦しきものぞ 逢はむと思へど 2026 白雲と 五百重に隠り 遠くとも 宵さらず見む 妹があたりは 2027 我がためと 織女の そのやどに 織る白栲は 織りてけむかも 2028 君に逢はず 久しき時ゆ 織る服の 白栲衣 垢付くまでに 2029 天の川 楫の音聞こゆ 彦星と 織女と 今夜逢ふらしも 2030 秋されば 川霧立てる 天の川 川に向き居て 恋ふる夜ぞ多き 2031 よしゑやし 直ならずとも ぬえ鳥の うら泣き居りと 告げむ子もがも 2032 一年に 七日の夜のみ 逢ふ人の 恋も過ぎねば 夜ぞ更けゆくも 2033 天の川 安の川原に 定而神競者磨待無 この歌一首は、庚辰の年に作る。 右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 2034 織女の 五百機立てて 織る布の 秋さり衣 誰れか取り見む 2035 年にありて 今かまくらむ ぬばたまの 夜霧隠れる 遠妻の手を 2036 我が待ちし 秋は来りぬ 妹と我れと 何事あれぞ 紐解かずあらむ 2037 年の恋 今夜尽して 明日よりは 常のごとくや 我が恋ひ居らむ 2038 逢はなくは 日長きものを 天の川 隔ててまたや 我が恋ひ居らむ 2039 恋しけく 日長きものを 逢ふべくある 宵だに君が 来まさずあるらむ 2040 彦星と 織女と 今夜逢ふ 天の川門に 波立つなゆめ 2041 秋風の 吹きただよはす 白雲は 織女の 天つ領巾かも 2042 しばしばも 相見む君を 天の川 舟出早せよ 夜の更けぬ間に 2043 秋風の 清き夕に 天の川 舟漕ぎ渡る 月人壮士 2044 天の川 霧立ちわたり 彦星の 楫の音聞こゆ 夜の更けゆけば 2045 君が舟 今漕ぎ来らし 天の川 霧立ちわたる この川の瀬に 2046 秋風に 川波立ちぬ しましくは 八十の舟津に み舟留めよ 2047 天の川 川の音清し 彦星の 秋漕ぐ舟の 波のさわきか 2048 天の川 川門に立ちて 我が恋ひし 君来ますなり 紐解き待たむ 2049 天の川 川門に居りて 年月を 恋ひ来しき君に 今夜逢へるかも 2050 明日よりは 我が玉床を うち掃ひ 君と寐ねずて ひとりかも寝む 2051 天の原 行きて射てむと 白真弓 引きて隠れる 月人壮士 ☆花 2052 この夕 降りくる雨は 彦星の 早漕ぐ舟の 櫂の散りかも 2053 天の川 八十瀬霧らへり 彦星の 時待つ舟は 今し漕ぐらし 2054 風吹きて 川波立ちぬ 引き舟に 渡りも来ませ 夜の更けぬ間に 2055 天の川 遠き渡りは なけれども 君が舟出は 年にこそ待て 2056 天の川 打橋渡せ 妹が家道 やまず通はむ 時待たずとも 2057 月重ね 我が思ふ妹に 逢へる夜は 今し七夜を 継ぎこせぬかも 2058 年に装る 我が舟漕がむ 天の川 風は吹くとも 波立つなゆめ 2059 天の川 波は立つとも 我が舟は いざ漕ぎ出でむ 夜の更けぬ間に 2060 ただ今夜 逢ひたる子らに 言どひも いまだせずして さ夜ぞ明けにける 2061 天の川 白波高し 我が恋ふる 君が舟出は 今しすらしも 2062 機物の ?木持ち行きて 天の川 打橋渡す 君が来むため 2063 天の川 霧立ち上る 織女の 雲の衣の かへる袖かも 2064 いにしへゆ 織りてし服を この夕 衣に縫ひて 君待つ我れを 2065 足玉も 手玉もゆらに 織る服を 君が御衣に 縫ひもあへむかも 2066 月日おき 逢ひてしあれば 別れまく 惜しかる君は 明日さへもがも 2067 天の川 渡り瀬深み 舟浮けて 漕ぎ来る君が 楫の音聞こゆ 2068 天の原 振り放け見れば 天の川 霧立ちわたる 君は来ぬらし 2069 天の川 瀬ごとに幣を たてまつる 心は君を 幸く来ませと 2070 ひさかたの 天の川津に 舟浮けて 君待つ夜らは 明けずもあらぬか 2071 天の川 なづさひ渡る 君が手も いまだまかねば 夜の更けぬらく 2072 渡り守 舟渡せをと 呼ぶ声の 至らねばかも 楫の音のせぬ 2073 ま日長く 川に向き立ち ありし袖 今夜まかむと 思はくがよさ 2074 天の川 渡り瀬ごとに 思ひつつ 来しくもしるし 逢へらく思へば 2075 人さへや 見継がずあらむ 彦星の 妻呼ぶ舟の 近づき行くを 2076 天の川 瀬を早みかも ぬばたまの 夜は更けにつつ 逢はぬ彦星 2077 渡り守 舟早渡せ 一年に ふたたび通ふ 君にあらなくに 2078 玉葛 絶えぬものから さ寝らくは 年の渡りに ただ一夜のみ 2079 恋ふる日は 日長きものを 今夜だに ともしむべしや 逢ふべきものを 2080 織女の 今夜逢ひなば 常のごと 明日を隔てて 年は長けむ 2081 天の川 棚橋渡せ 織女の い渡らさむに 棚橋渡せ 2082 天の川 川門八十あり いづくにか 君がみ舟を 我が待ち居らむ 2083 秋風の 吹きにし日より 天の川 瀬に出で立ちて 待つと告げこそ 2084 天の川 去年の渡り瀬 荒れにけり 君が来まさむ 道の知らなく 2085 天の川 瀬々に白波 高けども 直渡り来ぬ 待たば苦しみ 2086 彦星の 妻呼ぶ舟の 引き綱の 絶えむと君を 我が思はなくに 2087 渡り守 舟出し出でむ 今夜のみ 相見て後は 逢はじものかも 2088 我が隠せる 楫棹なくて 渡り守 舟貸さめやも しましはあり待て
2089 天地の 初めの時ゆ 天の川 い向ひ居りて 一年に ふたたび逢はぬ 妻恋ひに 物思ふ人 天の川 安の川原の あり通ふ 出の渡りに そほ舟の 艫にも舳にも 舟装ひ ま楫しじ貫き 旗すすき 本葉もそよに 秋風の 吹きくる宵に 天の川 白波しのぎ 落ちたぎつ 早瀬渡りて 若草の 妻をまかむと 大船の 思ひ頼みて 漕ぎ来らむ その夫の子が あらたまの 年の緒長く 思ひ来し 恋尽すらむ 七月の 七日の宵は 我れも悲しも ☆花 反歌 2090 高麗錦 紐解きかはし 天人の 妻どふ宵ぞ 我れも偲はむ 2091 彦星の 川瀬を渡る さ小舟の い行きて泊てむ 川津し思ほゆ
2092 天地と 別れし時ゆ ひさかたの 天つしるしと 定めてし 天の川原に あらたまの 月重なりて 妹に逢ふ 時さもらふと 立ち待つに 我が衣手に 秋風の 吹きかへらへば 立ちて居て たどきを知らに むらきもの 心いさよひ 解き衣の 思ひ乱れて いつしかと 我が待つ今夜 この川の 流れの長く ありこせぬかも 反歌 2093 妹に逢ふ 時片待つと ひさかたの 天の川原に 月ぞ経にける |