秋相聞
2239 秋山の したひが下に 鳴く鳥の 声だに聞かば 何か嘆かむ 2240 誰そかれと 我れをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つ我れを 2241 秋の夜の 霧立ちわたり おほほしく 夢にぞ見つる 妹が姿を 2242 秋の野の 尾花が末の 生ひ靡き 心は妹に 寄りにけるかも ☆花 2243 秋山に 霜降り覆ひ 木の葉散り 年は行くとも 我れ忘れめや 右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 水田に寄する 2244 住吉の 岸を田に墾り 蒔きし稲 さて刈るまでに 逢はぬ君かも ☆花 2245 大刀の後 玉纒田居に いつまでか 妹を相見ず 家恋ひ居らむ 2246 秋の田の 穂の上に置ける 白露の 消ぬべくも我は 思ほゆるかも 2247 秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 我れは物思ふ つれなきものを 2248 秋田刈る 仮盧を作り 盧りして あるらむ君を 見むよしもがも 2249 鶴が音の 聞こゆる田居に 盧りして 我れ旅にありと 妹に告げこそ 2250 春霞 たなびく田居に 盧つきて 秋田刈るまで 思はしむらく 2251 橘を 守部の里の 門田早稲 刈る時過ぎぬ 来じとすらしも 露に寄する 2252 秋萩の 咲き散る野辺の 夕露に 濡れつつ来ませ 夜は更けぬとも 2253 色づかふ 秋の露霜 な降りそね 妹は手本を まかぬ今夜は 2254 秋萩の 上に置きたる 白露の 消かもしなまし 恋ひつつあらずは ☆花 2255 我がやどの 秋萩の上に 置く露の いちしろくしも 我れ恋ひめやも 2256 秋の穂を しのに押しなべ 置く露の 消かもしなまし 恋ひつつあらずは 2257 露霜に 衣手濡れて 今だにも 妹がり行かな 夜は更けぬとも 2258 秋萩の 枝もとををに 置く露の 消かもしなまし 恋ひつつあらずは 2259 秋萩の 上に白露 置くごとに 見つつぞ偲ふ 君が姿を 風に寄する 2260 我妹子は 衣にあらなむ 秋風の 寒きこのころ 下に着ましを 2261 泊瀬風 かく吹く宵は いつまでか 衣片敷き 我がひとり寝む 雨に寄する 2262 秋萩を 散らす長雨の 降るころは ひとり起き居て 恋ふる夜ぞ多き 2263 九月の しぐれの雨の 山霧の いぶせき我が胸 誰を見ばやまむ 蟋に寄する 2264 こほろぎの 待ち喜ぶる 秋の夜を 寝る験なし 枕と我れは 蝦に寄する 2265 朝霞 鹿火屋が下に 鳴くかはづ 声だに聞かば 我れ恋ひめやも 雁に寄する 2266 出でて去なば 天飛ぶ雁の 泣きぬべみ 今日今日と言ふに 年ぞ経にける 鹿に寄する 2267 さを鹿の 朝伏す小野の 草若み 隠らひかねて 人に知らゆな 2268 さを鹿の 小野の草伏 いちしろく 我がとはなくに 人の知れらく 鶴に寄する 2269 今夜の 暁ぐたち 鳴く鶴の 思ひは過ぎず 恋こそまされ 草に寄する 2270 道の辺の 尾花が下の 思ひ草 今さらに何 物か思はむ ☆花 ☆花 花に寄する 2271 草深み こほろぎさはに 鳴くやどの 萩見に君は いつか来まさむ 2272 秋づけば 水草の花の あえぬがに 思へど知らじ 直に逢はずあれば 2273 何すとか 君をいとはむ 秋萩の その初花の 嬉しきものを 2274 こいまろび 恋ひは死ぬとも いちしろく 色には出でじ 朝顔の花 ☆花 2275 言に出でて 言はばゆゆしみ 朝顔の 穂には咲き出ぬ 恋もするかも 2276 雁がねの 初声聞きて 咲き出たる やどの秋萩 見に来我が背子 2277 さを鹿の 入野のすすき 初尾花 いづれの時か 妹が手まかむ 2278 恋ふる日の 日長くしあれば 我が園の 韓藍の花の 色に出でにけり ☆花 2279 我が里に 今咲く花の をみなへし 堪へぬ心に なほ恋ひにけり ☆花 2280 萩の花 咲けるを見れば 君に逢はず まことも久に なりにけるかも 2281 朝露に 咲きすさびたる 月草の 日くたつなへに 消ぬべく思ほゆ ☆花 2282 長き夜を 君に恋ひつつ 生けらずは 咲きて散りにし 花ならましを 2283 我妹子に 逢坂山の はだすすき 穂には咲き出ず 恋ひわたるかも ☆故地 2284 いささめに 今も見が欲し 秋萩の しなひにあるらむ 妹が姿を 2285 秋萩の 花野のすすき 穂には出でず 我が恋ひわたる 隠り妻はも 2286 我がやどに 咲きし秋萩 散り過ぎて 実になるまでに 君に逢はぬかも 2287 我がやどの 萩咲きにけり 散らぬ間に 早来て見べし 奈良の里人 2288 石橋の 間々に生ひたる かほ花の 花にしありけり ありつつ見れば ☆花 2289 藤原の 古りにし里の 秋萩は 咲きて散りにき 君待ちかねて 2290 秋萩を 散り過ぎぬべみ 手折り持ち 見れども寂し 君にしあらねば 2291 朝咲き 夕は消ぬる 月草の 消ぬべき恋も 我れはするかも 2292 秋津野の 尾花刈り添へ 秋萩の 花を葺かさね 君が仮盧に 2293 咲けりとも 知らずしあらば 黙もあらむ この秋萩を 見せつつもとな 山に寄する 2294 秋されば 雁飛び越ゆる 龍田山 立ちても居ても 君をしぞ思ふ 黄葉に寄する 2295 我がやどの 葛葉日に異に 色づきぬ 来まさぬ君は 何心ぞも ☆花 2296 あしひきの 山さな葛 もみつまで 妹に逢はずや 我が恋ひ居らむ ☆花 2297 黄葉の 過ぎかてぬ子を 人妻と 見つつやあらむ 恋しきものを 月に寄する 2298 君に恋ひ 萎えうらぶれ 我が居れば 秋風吹きて 月かたぶきぬ 2299 秋の夜の 月かも君は 雲隠り しましく見ねば ここだ恋しき 2300 九月の 有明の月夜 ありつつも 君が来まさば 我れ恋ひめやも
夜に寄する 2301 よしゑやし 恋ひじとすれど 秋風の 寒く吹く夜は 君をしぞ思ふ 2302 ある人の あな心なと 思ふらむ 秋の長夜を 寝覚め臥すのみ 2303 秋の夜を 長しと言へど 積もりにし 恋を尽せば 短くありけり 衣に寄する 2304 秋つ葉に にほへる衣 我れは着じ 君に奉らば 夜も着るがね 問答 2305 旅にすら 紐解くものを 言繁み まろ寝ぞ我がする 長きこの夜を 2306 しぐれ降る 暁月夜 紐解かず 恋ふらむ君と 居らまみものを 2307 黄葉に 置く白露の 色端にも 出でじと思へば 言の繁けく 2308 雨降れば たぎつ山川 岩に触れ 君が砕かむ 心は持たじ 右の一首は、秋の歌に類せず。和するをもちて載す。 譬喩歌 2309 祝らが 斎ふ社の 黄葉も 標繩越えて 散るといふものを 旋頭歌 2310 こほろぎの 我が床の辺に 鳴きつつもとな 起き居つつ 君に恋ふるに 寐ねかてなくに 2311 はだすすき 穂には咲き出ぬ 恋をぞ我がする 玉かぎる ただ一目のみ 見し人ゆゑに 冬雑歌 2312 我が袖に 霰た走る 巻き隠し 消たずてあらむ 妹が見むため 2313 あしひきの 山かも高き 巻向の 崖の小松に み雪降りくる ☆故地 2314 巻向の 檜原もいまだ 雲居ねば 小松が末ゆ 沫雪流る ☆故地 2315 あしひきの 山道も知らず 白橿の 枝もとををに 雪の降れれば 右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。ただし、件の一首は、或本には「三方沙弥が作」といふ。 雪を詠む 2316 奈良山の 嶺なほ霧らふ うべしこそ 籬が本の 雪は消ずけれ 2317 こと降らば 袖さへ濡れて 通るべく 降りなむ雪の 空に消につつ 2318 夜を寒み 朝戸を開き 出で見れば 庭もはだらに み雪降りたり 2319 夕されば 衣手寒し 高松の 山の木ごとに 雪ぞ降りたる 2320 我が袖に 降りつる雪も 流れ行きて 妹が手本に い行き触れぬか 2321 沫雪は 今日はな降りそ 白栲の 袖まき干さむ 人もあらなくに 2322 はなはだも 降らぬ雪ゆゑ こちたくも 天つみ空は 曇らひにつつ 2323 我が背子を 今か今かと 出で見れば 沫雪降れり 庭もほどろに 2324 あしひきの 山に白きは 我がやどに 昨日の夕 降りし雪かも
花を詠む 2325 誰が園の 梅の花ぞも ひさかたの 清き月夜に ここだ散りくる ☆花 2326 梅の花 まづ咲く枝を 手折りてば つとと名付けて よそへてむかも 2327 誰が園の 梅にかありけむ ここだくも 咲きてあるかも 見が欲しまでに 2328 来て見べき 人もあらなくに 我家なる 梅の初花 散りぬともよし 2329 雪寒み 咲きには咲かぬ 梅の花 よしこのころは さてもあるがね 露を詠む 2330 妹がため ほつ枝の梅を 手折るとは 下枝の露に 濡れにけるかも黄葉を詠む 2331 八田の野の 浅茅色づく 有乳山 嶺の沫雪 寒く降るらし ☆花 月を詠む 2332 さ夜更けば 出で来む月を 高山の 嶺の白雲 隠すらむかも 冬相聞 2333 降る雪の 空に消ぬべく 恋ふれども 逢ふよしなしに 月ぞ経にける 2334 沫雪は 千重に降りしけ 恋ひしくの 日長き我れは 見つつ偲はむ 右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。
露に寄する 2335 咲き出照る 梅の下枝に 置く露の 消ぬべく妹に 恋ふるこのころ 霜に寄する 2336 はなはだも 夜更けてな行き 道の辺の ゆ笹の上に 霜の降る夜を ☆花 雪に寄する 2337 笹の葉に はだれ降り覆ひ 消なばかも 忘れむと言へば まして思ほゆ 2338 霰降り いたも風吹き 寒き夜や 旗野に今夜 我がひとり寝む 2339 吉隠の 野木に降り覆ふ 白雪の いちしろくしも 恋ひむ我れかも 2340 一目見し 人に恋ふらく 天霧らし 降りくる雪の 消ぬべく思ほゆ 2341 思ひ出づる 時はすべなみ 豊国の 由布山雪の 消ぬべく思ほゆ 2342 夢のごと 君を相見て 天霧らし 降りくる雪の 消ぬべく思ほゆ 2343 我が背子が 言うるはしみ 出でて行かば 裳引きしるけむ 雪な降りそね 2344 梅の花 それとも見えず 降る雪の いちしろけなむ 間使遣らば 2345 天霧らひ 降りくる雪の 消なめども 君に逢はむと ながらへわたる 2346 うかねらふ 跡見山雪の いちしろく 恋ひば妹が名 人知らむかも 2347 海人小舟 泊瀬の山に 降る雪の 日長く恋ひし 君は音ぞする 2348 和射見の 嶺行き過ぎて 降る雪の いとひもなしと 申せその子に 花に寄する 2349 我がやどに 咲きたる梅を 月夜よみ 宵々見せむ 君をこそ待て 夜に寄する 2350 あしひきの 山のあらしは 吹かねども 君なき宵は かねて寒しも |