巻十 2239〜2350

(あき)相聞(さうもん)

2239 秋山の したひが(した)に 鳴く鳥の 声だに聞かば 何か嘆かむ
2240 ()そかれと 我れをな問ひそ (なが)(つき)の (つゆ)()れつつ 君待つ我れを
2241 秋の()の 霧立ちわたり おほほしく (いめ)にぞ見つる (いも)が姿を
2242 秋の野の ()(ばな)(うれ)の ()(なび)き 心は妹に 寄りにけるかも   
2243 秋山に 霜降り(おほ)ひ ()の葉散り 年は行くとも 我れ忘れめや
右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。

水田に寄する
2244 住吉(すみのえ)の 岸を田に()り ()きし(いね) さて刈るまでに 逢はぬ君かも   
2245 ()()(しり) (たま)(まき)()()に いつまでか 妹を(あひ)()ず (いへ)恋ひ()らむ
2246 秋の田の 穂の()に置ける (しら)(つゆ)の ()ぬべくも我は 思ほゆるかも
2247 秋の田の ()()きの寄れる (かた)()りに 我れは物思ふ つれなきものを
2248 秋田刈る (かり)(いほ)を作り (いほ)りして あるらむ君を 見むよしもがも
2249 (たづ)()の 聞こゆる()()に 盧りして 我れ旅にありと 妹に告げこそ
2250 春霞 たなびく田居に (いほ)つきて 秋田刈るまで 思はしむらく
2251 (たちばな)を (もり)()の里の (かど)()早稲(わせ) 刈る時過ぎぬ ()じとすらしも

露に寄する
2252 (あき)(はぎ)の 咲き散る野辺(のへ)の (ゆふ)(つゆ)に 濡れつつ来ませ ()()けぬとも
2253 色づかふ 秋の(つゆ)(しも) な降りそね (いも)()(もと)を まかぬ今夜(こよひ)
2254 秋萩(あきはぎ)の (うへ)に置きたる (しら)(つゆ)の ()かもしなまし 恋ひつつあらずは   
2255 我がやどの (あき)(はぎ)の上に 置く露の いちしろくしも 我れ恋ひめやも
2256 秋の()を しのに押しなべ 置く露の ()かもしなまし 恋ひつつあらずは
2257 (つゆ)(しも)に 衣手(ころもで)()れて 今だにも (いも)がり行かな ()()けぬとも
2258 (あき)(はぎ)の 枝もとををに 置く露の ()かもしなまし 恋ひつつあらずは
2259 (あき)(はぎ)の 上に白露 置くごとに 見つつぞ(しの)ふ 君が姿を

風に寄する
2260 我妹子(わぎもこ)は (ころも)にあらなむ 秋風の 寒きこのころ (した)に着ましを
2261 (はつ)()(かぜ) かく吹く(よひ)は いつまでか (ころも)(かた)()き 我がひとり寝む

雨に寄する
2262 (あき)(はぎ)を 散らす長雨(ながめ)の 降るころは ひとり起き()て 恋ふる()ぞ多き
2263 (なが)(つき)の しぐれの雨の (やま)(ぎり)の いぶせき我が胸 ()を見ばやまむ

(こほろぎ)に寄する
2264 こほろぎの 待ち喜ぶる 秋の()を 寝る(しるし)なし 枕と我れは

(かはづ)に寄する
2265 (あさ)(かすみ) 鹿()()()(した)に 鳴くかはづ 声だに聞かば 我れ恋ひめやも

(かり)に寄する
2266 ()でて()なば (あま)飛ぶ(かり)の 泣きぬべみ 今日(けふ)今日(けふ)と言ふに 年ぞ()にける

鹿に寄する
2267 さを鹿(しか) 朝()小野(をの)の (くさ)(わか)み (かく)らひかねて 人に知らゆな
2268 さを鹿(しか)の 小野(をの)(くさ)(ぶし) いちしろく 我がとはなくに 人の知れらく

(たづ)に寄する
2269 今夜(こよひ)の (あかとき)ぐたち 鳴く(たづ)の 思ひは過ぎず (こひ)こそまされ

草に寄する
2270 (みち)()の ()(ばな)(した)の (おも)(ぐさ) 今さらに(なに) (もの)か思はむ    

花に寄する
2271 (くさ)(ふか)み こほろぎさはに 鳴くやどの (はぎ)見に君は いつか来まさむ
2272 秋づけば ()(くさ)の花の あえぬがに 思へど知らじ (ただ)に逢はずあれば
2273 何すとか 君をいとはむ (あき)(はぎ)の その(はつ)(はな)の (うれ)しきものを
2274 こいまろび 恋ひは死ぬとも いちしろく 色には()でじ 朝顔(あさがほ)の花   
2275 言に()でて 言はばゆゆしみ 朝顔(あさがほ)の 穂には咲き()ぬ 恋もするかも
2276 (かり)がねの (はつ)(こゑ)聞きて ()き出たる やどの(あき)(はぎ) 見に()我が()()
2277 さを鹿(しか)の 入野(いりの)すすき (はつ)()(ばな) いづれの時か (いも)が手まかむ
2278 恋ふる日の ()長くしあれば 我が(その)の (から)(あゐ)の花の 色に()でにけり   
2279 我が里に 今咲く花の をみなへし ()へぬ心に なほ恋ひにけり   
2280 (はぎ)の花 咲けるを見れば 君に逢はず まことも(ひさ)に なりにけるかも
2281 朝露に 咲きすさびたる (つき)(くさ)の 日くたつなへに ()ぬべく思ほゆ   
2282 長き()を 君に恋ひつつ ()けらずは 咲きて散りにし 花ならましを
2283 我妹子(わぎもこ)に (あふ)(さか)(やま)の はだすすき 穂には咲き出ず 恋ひわたるかも   故地
2284 いささめに 今も見が()し (あき)(はぎ)の しなひにあるらむ (いも)が姿を
2285 (あき)(はぎ)の 花野のすすき 穂には()でず 我が恋ひわたる (こも)(づま)はも
2286 我がやどに 咲きし秋萩(あきはぎ) 散り過ぎて 実になるまでに 君に逢はぬかも
2287 我がやどの (はぎ)咲きにけり ()らぬ()に (はや)来て見べし 奈良(なら)(さと)(ひと)
2288 (いし)(ばし)の ()々に()ひたる かほ(ばな)の 花にしありけり ありつつ見れば   
2289 藤原の ()りにし里の (あき)(はぎ)は 咲きて散りにき 君待ちかねて
2290 (あき)(はぎ)を 散り過ぎぬべみ ()()り持ち 見れども(さぶ)し 君にしあらねば
2291 (あした)咲き (ゆうへ)()ぬる (つき)(くさ)の ()ぬべき恋も 我れはするかも
2292 (あき)()()の ()(ばな)刈り添へ (あき)(はぎ)の 花を()かさね 君が(かり)(いほ)
2293 咲けりとも 知らずしあらば (もだ)もあらむ この(あき)(はぎ)を 見せつつもとな

山に寄する
2294 秋されば (かり)飛び越ゆる 龍田(たつた)(やま) 立ちても()ても 君をしぞ思ふ

黄葉(もみち)に寄する
2295 我がやどの (くず)()日に()に 色づきぬ ()まさぬ君は (なに)(ごころ)ぞも   
2296 あしひきの 山さな(かづら) もみつまで 妹に逢はずや 我が恋ひ()らむ   
2297 黄葉(もみちば)の 過ぎかてぬ子を 人妻と 見つつやあらむ 恋しきものを

月に寄する
2298 君に恋ひ (しな)えうらぶれ 我が()れば 秋風吹きて 月かたぶきぬ
2299 秋の()の 月かも君は (くも)(がく)り しましく見ねば ここだ恋しき
2300 (なが)(つき)の 有明(ありあけ)月夜(つくよ) ありつつも 君が()まさば 我れ恋ひめやも

夜に寄する
2301 よしゑやし 恋ひじとすれど 秋風の 寒く吹く()は 君をしぞ思ふ
2302 ある人の あな心なと 思ふらむ 秋の(なが)()を 寝覚(ねさ)()すのみ
2303 秋の()を 長しと言へど ()もりにし 恋を(つく)せば (みじか)くありけり

(ころも)に寄する
2304 秋つ葉に にほへる(ころも) 我れは着じ 君に(まつ)らば (よる)も着るがね

問答(もんだふ)
2305 旅にすら (ひも)()くものを (こと)(しげ)み まろ()ぞ我がする 長きこの()
2306 しぐれ降る (あかとき)月夜(つくよ) (ひも)()かず 恋ふらむ君と ()らまみものを
2307 黄葉(もみちば)に 置く白露の (いろ)()にも ()でじと思へば (こと)(しげ)けく
2308 雨降れば たぎつ山川(やまかは) 岩に()れ 君が(くだ)かむ 心は持たじ
右の一首は、秋の歌に(たぐひ)せず。和するをもちて()す。

()()()
2309 (はふり)らが (いは)(やしろ)の 黄葉(もみちば)も 標繩(しめなは)越えて 散るといふものを

旋頭歌(せどうか)
2310 こほろぎの 我が(とこ)()に 鳴きつつもとな 起き()つつ 君に恋ふるに ()ねかてなくに
2311 はだすすき 穂には咲き出ぬ 恋をぞ我がする 玉かぎる ただ一目(ひとめ)のみ 見し人ゆゑに

(ふゆ)(ざふ)()
2312 我が(そで)に (あられ)(ばし)る 巻き隠し ()たずてあらむ (いも)が見むため
2313 あしひきの 山かも高き (まき)(むく) (きし)小松(こまつ)に み雪降りくる   故地
2314 巻向の ()(はら)もいまだ (くも)()ねば 小松が(うれ)ゆ (あわ)(ゆき)流る   故地
2315 あしひきの 山道(やまぢ)も知らず (しら)橿(かし)の 枝もとををに 雪の降れれば

右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。ただし、(くだり)の一首は、或本には「三方沙弥(みかたのさみ)が作」といふ。

雪を詠む
2316 奈良(なら)(やま)の (みね)なほ()らふ うべしこそ (まがき)(もと)の 雪は()ずけれ
2317 こと降らば 袖さへ()れて 通るべく 降りなむ雪の 空に()につつ
2318 ()(さむ)み (あさ)()を開き ()で見れば 庭もはだらに み雪降りたり
2319 (ゆふ)されば (ころも)()寒し 高松(たかまつ)の 山の木ごとに 雪ぞ降りたる
2320 我が(そで)に 降りつる雪も 流れ行きて (いも)()(もと)に い行き()れぬか
2321 (あわ)(ゆき)は 今日(けふ)はな降りそ (しろ)(たへ)の 袖まき()さむ 人もあらなくに
2322 はなはだも 降らぬ雪ゆゑ こちたくも (あま)つみ空は (くも)らひにつつ
2323 我が()()を 今か今かと ()で見れば (あわ)(ゆき)降れり 庭もほどろに
2324 あしひきの 山に白きは 我がやどに 昨日(きのふ)(ゆふへ) 降りし雪かも

花を詠む
2325 ()が園の (うめ)の花ぞも ひさかたの 清き月夜(つくよ)に ここだ散りくる   
2326 (うめ)の花 まづ咲く枝を ()()りてば つとと()()けて よそへてむかも
2327 ()が園の (うめ)にかありけむ ここだくも 咲きてあるかも 見が()しまでに
2328 来て()べき 人もあらなくに (わぎ)()なる (うめ)の初花 散りぬともよし
2329 (ゆき)(さむ)み 咲きには咲かぬ (うめ)の花 よしこのころは さてもあるがね

露を詠む
2330 妹がため ほつ()(うめ)を ()()るとは (しづ)()の露に ()れにけるかも黄葉を詠む
2331 ()()の野の (あさ)()(いろ)づく (あら)()(やま) (みね)(あわ)(ゆき) 寒く降るらし   

月を詠む
2332 ()()けば ()()む月を 高山の 嶺の白雲 隠すらむかも

(ふゆ)相聞(さうもん)
2333 降る雪の 空に()ぬべく 恋ふれども 逢ふよしなしに 月ぞ()にける
2334 (あわ)(ゆき)は 千重(ちへ)に降りしけ 恋ひしくの ()長き我れは 見つつ(しの)はむ

右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。

(つゆ)に寄する
2335 咲き()照る (うめ)(しづ)()に 置く露の ()ぬべく妹に 恋ふるこのころ

(しも)に寄する
2336 はなはだも 夜更(よふ)けてな行き 道の()の ゆ(ささ)(うへ)に (しも)の降る()を   

雪に寄する
2337 (ささ)の葉に はだれ降り(おほ)ひ ()なばかも 忘れむと言へば まして思ほゆ
2338 (あられ)降り いたも風吹き 寒き()や (はた)()今夜(こよひ) 我がひとり寝む
2339 吉隠(よなばり)の ()()に降り(おほ)ふ 白雪の いちしろくしも 恋ひむ我れかも
2340 一目見し 人に恋ふらく (あま)()らし 降りくる雪の ()ぬべく思ほゆ
2341 思ひ()づる 時はすべなみ (とよ)(くに)の ()()(やま)(ゆき)の ()ぬべく思ほゆ
2342 (いめ)のごと 君を(あひ)()て (あま)()らし 降りくる雪の ()ぬべく思ほゆ
2343 我が()()が (こと)うるはしみ ()でて行かば ()()きしるけむ 雪な降りそね
2344 (うめ)の花 それとも見えず 降る雪の いちしろけなむ 間使(まつかひ)()らば
2345 (あま)()らひ 降りくる雪の ()めども 君に()はむと ながらへわたる
2346 うかねらふ ()()(やま)雪の いちしろく 恋ひば(いも)が名 人知らむかも
2347 海人(あま)小舟(をぶね) (はつ)()の山に 降る雪の ()長く恋ひし 君は(おと)ぞする
2348 ()()()の (みね)行き過ぎて 降る雪の いとひもなしと (まを)せその子に

花に寄する
2349 我がやどに 咲きたる(うめ)を 月夜(つくよ)よみ (よひ)々見せむ 君をこそ待て

夜に寄する
2350 あしひきの 山のあらしは 吹かねども 君なき(よひ)は かねて寒しも

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