巻十四 3438〜3577

雑歌(ざふか)

3438 ()()()()に (すず)(おと)聞こゆ ()()()()の 殿(との)のなかちし ()(がり)すらしも

或本の歌には「()()()()の」といふ。また「(わく)()し」といふ。

3439 (すず)()の 駅家(はゆまうまや)の 堤井(つつみゐ)の 水を(たま)へな (いも)(ただ)()
3440 この川に (あさ)()洗ふ子 ()れも()れも よちをぞ持てる いで子(たば)りに
3441 ま遠くの (くも)()に見ゆる (いも)()に いつか至らむ (あゆ)()(こま )()

柿本朝臣人麻呂が歌集には「遠くして」といふ。また「(あゆ)め黒駒」といふ。

3442 東道(あづまぢ)の 手児(てご)呼坂(よびさか) 越えがねて 山にか()むも 宿(やど)りはなしに   故地
3443 うらもなく 我が行く道に 青柳(あをやぎ)の ()りて立てれば 物()()つも   
3444 ()()()()の (をか)くくみら 我れ()めど ()にも()たなふ ()なと()まさね   
3445 港の (あし)が中なる (たま)小菅(こすげ) ()()我が()() (とこ)(へだ)しに   
3446 (いも)なろが ()かふ川津(かわづ)の ささら(をぎ) (あし)(ひと)(ごと) 語りよらしも
3447 (くさ)(かげ)の ()()な行かむと ()りし道 安努は行かずて 荒草(あらくさ)()ちぬ
3448 (はな)()らふ この(むか)()の ()()()の ひじにつくまで (きみ)()もがも   故地
3449 (しろ)(たへ)の 衣の袖を ()()()()よ ()()()()みゆ 波立つなゆめ
3450 ()()()()と ()()()()()()と (しほ)(ぶね)の 並べて見れば ()()()勝ちめり
3451 ()()()()の 岡に(あは)()き (かな)しきが (こま)()ぐとも ()はそとも()
3452 おもしろき 野をばな焼きそ (ふる)(くさ)に (にひ)(くさ)(まじ)り ()ひは()ふるがに
3453 風の()の 遠き我妹(わぎも)が 着せし(きぬ) ()(もと)のくだり まよひ来にけり
3454 庭に立つ (あさ)()()(ぶすま) 今夜(こよひ)だに (つま)()しこせね 麻手小衾

(さう)(もん)
3455 恋しけば 来ませ我が()() (かき)(やぎ) (うれ)()み枯らし 我れ立ち待たむ
3456 うつせみの 八十(やそ)(こと)のへは (しげ)くとも (あらそ)ひかねて ()(こと)なすな
3457 うちひさす 宮の()()は 大和(やまと)()の (ひざ)まくごとに ()を忘らすな
3458 ()()の子や ()()岡道(をかち)し なかだ()れ ()()し泣くよ (いく)づくまでに
3459 (いね)()けば かかる()が手を 今夜(こよひ)もか 殿(との)(わく)()が 取りて嘆かむ   
3460 ()れぞこの ()()()そぶる 新嘗(にふなみ)に ()()()りて (いは)ふこの戸を
3461 あぜと言へか さ()に逢はなくに ま()暮れて (よひ)なは()なに 明けにしだ()
3462 あしひきの (やま)(さは)(ひと)の 人さはに まなと言ふ子が あやに(かな)しさ
3463 ま遠くの 野にも逢はなむ 心なく 里のみ(なか)に 逢へる()なかも
3464 (ひと)(ごと)の (しげ)きによりて まを(こも)の (おや)じ枕は ()はまかじやも
3465 高麗錦(こまにしき) (ひも)解き()けて ()るが()に あどせろとかも あやに(かな)しき
3466 (かな)しみ ()れば(こと)() さ()なへば 心の()ろに 乗りて愛しも
3467 奥山の 真木(まき)の板戸を とどと()て ()が開かむに ()り来て()さね
3468 (やま)(どり)の ()ろのはつをに 鏡()け (とな)ふべみこそ ()()そりけめ
3469 夕占(ゆふけ)にも 今夜(こよひ)()らろ ()()なは あぜぞも今夜(こよひ) ()しろ()まさぬ
3470 (あひ)()ては 千年(ちとせ)やいぬる いなをかも ()れやしか()ふ 君待ちがてに

柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ

3471 しまらくは ()つつもあらむを (いめ)のみに もとな見えつつ ()()し泣くる
3472 人妻(ひとづま)と あぜかそを言はむ しからばか (となり)(きぬ)を 借りて着なはも
3473 ()()(やま)に 打つや(をの)()の 遠かども ()もとか子ろが (おも)に見えつる
3474 植ゑ(だけ)の (もと)さへ(とよ)み 出でて()なば いづし向きてか (いも)が嘆かむ
3475 恋ひつつも ()らむとすれど ()()()(やま) (かく)れし君を 思ひかねつも
3476 うべ子なは ()ぬに恋ふなも ()(つく)の ぬがなへ行けば (こふ)しかるなも

或本の歌の末句には「ぬがなへ行けど ()ぬ行かのへば」といふ。

3477 東道(あづまぢ)の ()()(よび)(さか) 越えて()なば ()れは恋ひなむ (のち)()ひぬとも   故地
3478 遠しとふ ()()(しら)()に ()ほしだも 逢はのへしだも ()にこそ()され
3479 ()()()(やま) 草根刈り()け 逢はすがへ (あらそ)(いも)し あやに(かな)しも
3480 大君(おほきみ)の (みこと)(かしこ)み (かな)(いも)が 手枕(てまくら)(はな)れ ()()()ぬかも
3481 あり(きぬ)の さゑさゑしづみ 家の(いも)に 物言はず()にて 思ひ苦しも

柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。上に見ゆることすでに()はりぬ。

3482 韓衣(からころも) 裾のうち()へ 逢はねども ()しき心を ()()はなくに

或本の歌に()はく
韓衣(からころも) 裾のうち()ひ 逢はなへば ()なへのからに 言痛(ことた)かりつも

3483 昼解けば 解けなへ(ひも)の ()()なに (あひ)()るとかも (よる)解けやすけ
3484 (あさ)()らを ()()にふすさに ()まずとも 明日(あす)()せさめや いざせ()(どこ)
3485 剣大刀(つるぎたち) 身に添ふ(いも)を とりみがね ()をぞ泣きつる ()()にあらなくに
3486 (かな)(いも)を ()(づか)()べ巻き もころ()の こととし言はば いや(かた)()しに
3487 梓弓(あづさゆみ) (すゑ)に玉巻き かくすすぞ ()なななりにし (おく)をかぬかぬ
3488 ()ふしもと この(もと)(やま)の ましばにも ()らぬ(いも)が名 かたに()でむかも
3489 梓弓(あづさゆみ) ()()山辺(やまへ)の (しげ)かくに (いも)ろを立てて さ()()(はら)ひも
3490 梓弓(あづさゆみ) (すゑ)は寄り寝む まさかこそ (ひと)()を多み ()をはしに置けれ

柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ

3491 (やなぎ)こそ ()れば()えすれ 世の人の 恋に死なむを いかにせよとぞ   
3492 ()山田(やまだ)の 池の(つつみ)に さす(やなぎ) 成りも成らずも ()と二人はも
3493 (おそ)(はや)も ()をこそ待ため (むか)()の (しひ)小枝(こやで)の 逢ひは(たが)はじ

或本の歌に()はく
(おそ)(はや)も 君をし待たむ (むか)()の (しひ)のさ(えだ)の 時は過ぐとも

3494 ()()()(やま) (わか)かへるての もみつまで ()もと()()ふ ()はあどか()   
3495 (いわほ)ろの 沿()ひの若松(わかまつ) 限りとや 君が来まさぬ うらもとなくも
3496 (たちばな)の ()()(はなり)髪が 思ふなむ 心うつくし いで()れは()かな
3497 川上(かはかみ)の ()(じろ)(たか)(がや) あやにあやに さ()()てこそ (こと)()にしか
3498 海原(うなはら)の ()(やは)小菅(こすげ) あまたあれば 君は忘らす ()れ忘るれや
3499 岡に寄せ ()が刈る(かや)の さね(かや)の まことなごやは ()ろとへなかも
3500 紫草(むらさき)は 根をかも()ふる 人の子の うら(がな)しけを ()()へなくに
3501 ()()()ろの ()()()はる たはみづら 引かばぬるぬる ()(こと)な絶え
3502 ()()(づま) 人は()くれど 朝顔(あさがほ)の としさへこごと ()(さか)るがへ   
3503 ()()()(がた) 潮干(しほひ)のゆたに 思へらば うけらの(はな)の 色に()めやも   
3504 春へ咲く (ふぢ)(うら)()の うら(やす)に さ()()ぞなき 子ろをし()へば   
3505 うちひさつ ()()()()(がわ)の かほ(ばな)の 恋ひてか()らむ 昨夜(きそ)今夜(こよひ)も   
3506 (にひ)(むろ)の こどきに至れば はだすすき 穂に()し君が 見えぬこのころ
3507 (せば)み (みね)()ひたる (たま)(かづら) ()えむの心 ()()はなくに
3508 (しば)(つき)の ()()()(さき)なる ねつこ(ぐさ) (あひ)()ずあらば ()れ恋ひめやも   
3509 栲衾(たくぶすま) ()()(やま)(かぜ)の ()なへども 子ろがおそきの あろこそえしも
3510 み空行く 雲にもがもな 今日(けふ)行きて (いも)(こと)どひ 明日(あす)帰り()
3511 (あを)()ろに たなびく雲の いさよひに 物をぞ思ふ 年のこのころ
3512 (ひと)()ろに 言はるものから (あを)()ろに いさよふ雲の ()そり妻はも
3513 (ゆふ)されば み山を去らぬ (にの)(くも)の あぜか()えむと 言ひし子ろはも
3514 高き()に 雲のつくのす ()れさへに 君につきなな (たか)()()ひて
3515 ()(おも)の 忘れむしだは 国?(はふ)り ()に立つ雲を 見つつ(しの)はせ
3516 対馬(つしま)()は (した)(くも)あらなふ ()()()に たなびく雲を 見つつ(しの)はも
3517 白雲の 絶えにし(いも)を あぜせろと 心に乗りて ここば(かな)しけ
3518 (いは)()に いかかる雲の かのまづく 人ぞおたはふ いざ寝しめ()()
3519 ()が母に ()られ()は行く (あを)(くも)の ()()我妹子(わぎも) (あひ)()て行かむ
3520 (おも)(かた)の 忘れむしだは 大野ろに たなびく雲を 見つつ(しの)はむ
3521 (からす)とふ (おほ)をそ(とり)の まさでにも 来まさぬ君を ころくとぞ鳴く
3522 昨夜(さそ)こそば 子ろとさ()しか 雲の(うへ)ゆ 鳴き行く(たづ)の ()(とほ)く思ほゆ
3523 坂越えて ()()()()に ()(たづ)の ともしき君は 明日(あす)さへもがも
3524 まを(ごも)の ()()近くて 逢はなへば 沖つま(かも)の 嘆きぞ()がする
3525 ()()()()に (かも)()ほのす 子ろが(うへ)に (こと)()()へて いまだ()なふも
3526 沼二つ (かよ)は鳥が巣 ()が心 (ふた)()くなもと なよ()はりそね   故地
3527 沖に()も ()(かも)のもころ ()(さか)(どり) 息づく(いも)を 置きて()ぬかも
3528 水鳥の 立たむ(よそ)ひに (いも)のらに 物言はず()にて 思ひかねつも
3529 ()()の野に (をさぎ)ねらはり をさをさも ()なへ子ゆゑに 母に(ころ)はえ   故地
3530 さを鹿(しか)の ()すや草むら 見えずとも 子ろがかな()よ 行かくしえしも
3531 (いも)をこそ (あひ)()()しか (まよ)()きの 横山(よこやま)()ろの 鹿()()なす(おも)へる   故地
3532 春の野に 草()(こま)の 口やまず ()(しの)ふらむ 家の子ろはも
3533 人の子の (かな)しけしだは (はま)()(どり) ()(なゆ)(こま)の ()しけくもなし
3534 (あか)(ごま)が (かど)()をしつつ ()でかてに せしを見立てし 家の子らはも
3535 (おの)()を おほにな(おも)ひそ 庭に立ち ()ますがからに (こま)に逢ふものを
3536 (あか)(ごま)を 打ちてさ()()き 心()き いかなる()なか ()がり()むと言ふ
3537 くへ()しに (むぎ)()()(うま)の はつはつに (あひ)()し子らし あやに(かな)しも

或本の歌に()はく (うま)()()し (むぎ)()む駒の はつはつに 新肌(にいはだ)触れし 子ろし(かな)しも

3538 (ひろ)(はし)を 馬越しがねて 心のみ (いも)がり()りて ()はここにして

或本の歌の(はつ)()には「小林(をばやし)に (こま)()ささげ」といふ。

3539 あずの(うへ)に (こま)(つな)ぎて (あや)ほかど 人妻(ひとづま)子ろを (いき)()がする
3540 ()()()()の ()()にい行き逢ひ (あか)(こま)が ()()きを速み (こと)とはず()ぬ   故地
3541 あずへから (こま)()ごのす (あや)はとも 人妻(ひとづま)子ろを まゆかせらふも
3542 さざれ石に (こま)()させて 心痛み ()()(いも)が 家のあたりかも
3543 ()()()()の ()()(つつみ)の 成りぬがに 子ろは言へども いまだ()なくに
3544 ()()()(かは) (した)(にご)れる 知らずして ()ななと二人 さ()(くや)しも
3545 ()()()(かは) ()くと知りせば あまた()も ()()()ましを 堰くと知りせば
3546 青柳(あをやぎ)の ()らろ(かは)()に ()を待つと 清水(せみど)()まず 立ち()(なら)すも   
3547 あぢの()む ()()の入江の (こも)()の あな(いき)づかし 見ず(ひさ)にして
3548 鳴る瀬ろに こつの()すなす いとのきて (かな)しけ()ろに 人さへ寄すも
3549 ()()()(がた) (しほ)()ちわたる いづゆかも (かな)しき()ろが ()がり(かよ)はむ
3550 おしていなと (いね)()かねど 波の穂の いたぶらしもよ 昨夜(きそ)ひとり寝て   
3551 ()()()()の (かた)にさく波 (ひら)せにも (ひも)()くものか (かな)しけを置きて
3552 ()()(うら)に さわゑうら立ち ま(ひと)(ごと) 思ほすなもろ ()()ほのすも   故地
3553 ()()()()の ()()の港に 入る(しほ)の こてたずくもが 入りて()まくも
3554 (いも)()る (とこ)のあたりに 岩ぐくる 水にもがもよ 入りて()まくも
3555 ()()()()の ()()の渡りの (から)(かぢ)の (おと)(だか)しもな ()なへ子ゆゑに
3556 (しほ)(ふね)の 置かれば(かな)し さ()つれば (ひと)(こと)(しげ)し ()をどかもしむ
3557 (なや)ましけ 人妻(ひとづま)かもよ ()ぐ舟の 忘れはせなな いや思ひ()すに
3558 逢はずして 行かば惜しけむ ()()()()の ()()漕ぐ舟に 君も逢はぬかも
3559 (おほ)(ふね)を ()ゆも(とも)ゆも (かた)めてし ()()(さと)(ひと) あらはさめかも
3560 (かね)()く 丹生(にふ)のま(そほ)の 色に() 言はなくのみぞ ()が恋ふらくは
3561 かな()()を (あら)(かき)()() 日が()れば 雨を()とのす 君をと()とも
3562 荒磯(ありそ)やに ()ふる(たま)()の うち(なび)き ひとりや()らむ ()を待ちかねて
3563 ()()(がた)の (いそ)のわかめの 立ち(みだ)え ()をか待つなも 昨夜(きそ)今夜(こよひ)   故地
3564 ()()()ろの 浦吹く風の あどすすか (かな)しけ子ろを 思ひ過ごさむ
3565 かの()ろと ()ずやなりなむ はだすすき ()()()の山に (つく)(かた)()るも   
3566 我妹子(わぎもこ)に ()が恋ひ死なば そわへかも 神に()ほせむ 心知らずて

防人(さきもり)(うた)
3567 置きて行かば (いも)はま(かな)し 持ちて行く (あづさ)の弓の ()(づか)にもがも
3568 (おく)()て ()ひば苦しも (あさ)(がり)の 君が弓にも ならましものを

右の二首は問答。

3569 防人(さきもり)に 立ちし(あさ)()の かな()()に ()(ばな)()しみ 泣きし子らはも
3570 (あし)の葉に (ゆう)(ぎり)立ちて (かも)()の 寒き(ゆうへ)し ()をば(しの)はむ
3571 (おの)(づま)を 人の里に置き おほほしく 見つつぞ()ぬる この道に

()()()()
3572 あど()へか ()()()()(やま)の 弓弦葉(ゆづるは)の ふふまる時に 風吹かずかも   
3573 あしひきの 山かづらかげ ましばにも ()がたきかげを 置きや枯らさむ   
3574 ()(さと)なる (はな)(たちばな)を 引き()ぢて 折らむとすれど うら若みこそ   
3575 ()()()()の すかへに立てる かほが(ばな) な()()でそね こめてしのはむ   
3576 苗代(なはしろ)の ()()()が花を (きぬ)()り なるるまにまに あぜか(かな)しけ

挽歌(ばんか)
3577 (かな)(いも)を いづち行かめと (やま)(すげ)の そがひに()しく 今し(くや)しも   
以前(さき)の歌詞は、いまだ国土山川の名を(かむが)へ知ること得ず。

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