巻十五 3578〜3722

萬葉集 巻第十五

新羅(しらき)(つか)はさえし使人(しじん)()、別れを悲しびて贈答(ぞうたふ)し、また海路(うみぢ)にして(こころ)(いた)みして思ひを()べ、(あは)せて所に当りて(うた)ふ古歌

3578 武庫(むこ)の浦の 入江(いりえ)洲鳥(すどり) ()ぐくもる 君を離れて 恋に死ぬべし   故地
3579 (おほ)(ぶね)に (いも)乗るものに あらませば ()ぐくみ持ちて ()かましものを
3580 君が行く 海辺(うみへ)宿(やど)に (きり)立たば ()が立ち嘆く (いき)と知りませ
3581 秋さらば (あひ)()むものを (なに)しかも (きり)に立つべく 嘆きしまさむ
3582 大船(おほふね)を 荒海(あるみ)()だし います君 (つつ)むことなく (はや)帰りませ
3583 (さき)くて (いも)(いは)はば 沖つ波 千重(ちへ)に立つとも (さは)りあらめやも
3584 別れなば うら(がな)しけむ ()(ころも) (した)にを()ませ (ただ)()ふまでは
3585 我妹子(わぎもこ)が (した)にも着よと 贈りたる (ころも)(ひも)を ()()かめやも
3586 ()がゆゑに 思ひな()せそ 秋風の 吹かむその月 逢はむものゆゑ
3587 栲衾(たくぶすま) 新羅(しらき)へいます 君が目を 今日(けふ)明日(あす)かと (いは)ひて()たむ
3588 はろはろに (おも)ほゆるかも しかれども ()しき心を ()()はなくに

右の十一首は贈答。

3589 (ゆふ)されば ひぐらし来鳴く 生駒(いこま)(やま) 越えてぞ()()る (いも)が目を()り   故地

右の一首は秦間満(はだのはしまろ)

3590 (いも)()はず あらばすべなみ (いは)()踏む 生駒(いこま)の山を 越えてぞ()()

右の一首は、しましく私家(いへ)(かへ)りて思ひを()ぶ。

3591 (いも)とありし 時はあれども 別れては (ころも)()寒き ものにぞありける
3592 海原(うなはら)に (うき)()せむ()は 沖つ風 いたくな吹きそ (いも)もあらなくに
3593 大伴(おほとも)の ()()(ふな)()り ()()ては いづれの島に (いほ)りせむ()

右の三首は、()つに(のぞ)む時に作る歌。

3594 (しほ)待つと ありける船を 知らずして (くや)しく(いも)を 別れ()にけり
3595 (あさ)(びら)き ()()()れば 武庫(むこ)の浦の (しほ)()(かた)に (たづ)が声すも
3596 我妹子(わぎもこ)が 形見(かたみ)に見むを 印南(いなみ)()() 白波高み (よそ)にかも見む
3597 わたつみの 沖つ白波 立ち()らし 海人(あま)娘子(をとめ)ども (しま)(がく)るみゆ
3598 ぬばたまの 夜は明けぬらし ()()の浦に あさりする(たづ) 鳴き渡るなり   故地
3599 (つく)(よみ)の 光を清み 神島(かみしま)の (いそ)()の浦ゆ (ふな)()()れは   故地
3600 (はな)()に 立てるむろの木 うたがたも 久しき時を 過ぎにけるかも   
3601 しましくも ひとりありうる ものにあれや 島のむろの木 (はな)れてあるらむ

右の八首は、船に乗りて海に入り、路の上にして作る歌。

所に当りて誦詠(しょうえい)する古歌
3602 あをによし 奈良の都に たなびける (あま)(しら)(くも) 見れど()かぬかも

右の一首は、雲を()む。
3603 (あお)(やぎ)の (えだ)()()ろし ゆ(だね)()き ゆゆしき君に 恋ひわたるかも   
3604 (いも)(そで) 別れて(ひさ)に なりぬれど (ひと)()も妹を 忘れて(おも)へや
3605 わたつみの 海に()でたる (しか)()(がは) 絶えむ日にこそ ()が恋やまめ

右の三首は恋の歌。

3606 (たま)()刈る 処女(をとめ)を過ぎて 夏草の 野島(のしま)が崎に (いほ)りす()れは   故地

柿本朝臣人麻呂が歌には「敏馬(みぬめ)を過ぎて」といふ。また「船(ちか)づきぬ」といふ。

3607 (しろ)(たへ)の 藤江(ふぢえ)の浦に (いざ)りする ()()とや見らむ 旅行く我れを   故地

柿本朝臣人麻呂が歌には「(あら)(たへ)の」といふ。また「(すずき)釣る 海人(あま)とか見らむ」といふ。

3608 (あま)(ざか)る (ひな)(なが)()を 恋ひ()れば 明石(あかし)()より (いへ)のあたり見ゆ   故地

柿本朝臣人麻呂が歌には「大和(やまと)(しま)見ゆ」といふ。

3609 武庫(むこ)の海の (には)よくあらし (いざ)りする 海人(あま)(つり)(ぶね) 波の(うへ)ゆ見ゆ

柿本朝臣人麻呂が歌には「()()の海の」といふ。また「()(こも)の 乱れて()づみゆ 海人の釣舟」といふ。

3610 ()()(うら)に (ふな)()りすらむ 娘子(をとめ)らが (あか)()(すそ)に (しほ)満つらむか

柿本朝臣人麻呂が歌には「鳴呼見(あみ)の浦」といふ。また「(たま)()の裾に」といふ。

七夕(しちせき)の歌一首
3611 (おほ)(ぶね)に ()(かぢ)しじ()き 海原(うなばら)を ()()て渡る (つき)(ひと)壮士(をとこ)
右は柿本朝臣人麻呂が歌。

備後(きびのみちのしり)の国の水調(みつき)(こほり)長井(ながゐ)(うら)(ふな)(どま)りする()に作る歌三首   故地
3612 あをによし 奈良の都に 行く人もがも 草枕(くさまくら) 旅行く船の (とま)()げむに

旋頭歌(せどうか)なり
右の一首は大判官。

3613 海原(うなはら)を 八十(やそ)(しま)(がく)り ()ぬれども 奈良の都は 忘れかねつも
3614 帰るさに (いも)に見せむに わたつみの 沖つ(しら)(たま) (ひり)ひて行かな

(かざ)(はや)(うら)(ふな)(どま)りする夜に作る歌二首   故地
3615 ()がゆゑに (いも)(なげ)くらし (かざ)(はや)の 浦の(おき)()に (きり)たなびけり
3616 沖つ風 いたく吹きせば 我妹子(わぎもこ)が (なげ)きの(きり)に ()かましものを

安芸(あき)の国の長門(ながと)(しま)にして磯辺(いそへ)(ふな)(どま)りして作る歌五首   故地
3617 (いは)(ばし)る (たき)もとどろに 鳴く(せみ)の 声をし聞けば 都し思ほゆ

右の一首は大石蓑麻呂(おほいしのみのまろ)

3618 山川(やまがは)の 清き川瀬に 遊べども 奈良の都は 忘れかねつも
3619 (いそ)()ゆ たぎつ山川(やまがは) 絶えずあらば またも(あひ)()む 秋かたまけて
3620 (しげ)み (なぐさ)めかねて ひぐらしの 鳴く(しま)(かげ)に (いほ)りするかも
3621 ()(いのち)を 長門(ながと)の島の 小松原(こまつばら) 幾代(いくよ)()てか (かむ)さびわたる

長門(ながと)(うら)より船出(ふなで)する()に、月の光を仰ぎ()て作る歌三首
3622 (つく)(よみ)の 光を清み (ゆふ)なぎに ()()の声呼び (うら)()ぐかも
3623 (やま)()に 月(かたぶ)けば (いさ)りする 海人(あま)燈火(ともしび) 沖になづさふ
3624 我れのみや ()(ふね)は漕ぐと 思へれば (おき)()(かた)に (かぢ)の音すなり

()挽歌(ばんか)一首 (あは)せて短歌
3625 夕されば (あし)()(さわ)き 明け()れば 沖になづさふ (かも)すらも 妻とたぐひて ()()には (しも)な降りそと (しろ)(たへ)の (はね)さし()へて うち(はら)ひ さ()とふものを 行く水の (かへ)らぬごとく 吹く風の 見えぬがごとく 跡もなき 世の人にして 別れにし 妹が着せてし なれ(ころも) (そで)(かた)()きて ひとりかも()

反歌一首
3626 (たづ)が鳴き (あし)()をさして 飛び渡る あなたづたづし ひとりさ()れば   

右は、丹比大夫(たぢひのまへつきみ)()き妻を悽愴(かなし)ぶる歌。物に()きて思ひを(おこ)す歌一首(あは)せて短歌
3627 朝されば 妹が手にまく 鏡なす ()()(はま)びに 大船(おほぶね)に ()(かぢ)しじ()き 韓国(からくに)に 渡り行かむと (ただ)(むか)ふ 敏馬(みぬめ)をさして (しほ)待ちて 水脈(みを)()き行けば (おき)()には 白波高み (うら)みより ()ぎて渡れば 我妹子(わぎもこ)に 淡路(あはぢ)の島は 夕されば (くも)()(かく)りぬ さ()()けて ゆくへを知らに 我が心 明石(あかし)(うら)に 船()めて (うき)()をしつつ わたつみの 沖辺を見れば (いざ)りする 海人(あま)娘子(をとめ)は 小舟(をぶね)乗り つららに浮けり (あかとき) (しほ)満ち来れば (あし)()には (たづ)鳴き渡る 朝なぎに 船出(ふなで)をせむと (ふな)(ひと)も 水手(かこ)も声呼び にほ(どり)の なづさひ行けば 家島(いへしま)は (くも)()に見えぬ 我が思へる 心なぐやと 早く来て 見むと思ひて 大船を 漕ぎ我が行けば 沖つ波 高く立ち()ぬ (よそ)のみに 見つつ過ぎ行き (たま)(うら)に 船を(とど)めて (はま)びより (うら)(いそ)を見つつ 泣く子なす ()のみし泣かゆ ()(まき)の玉を (いへ)づとに (いも)()らむと (ひり)ひ取り (そで)には入れて (かへ)()る 使(つかひ)なければ 持てれども (しるし)をなみと また置きつるかも

反歌二首
3628 (たま)(うら)の (おき)つ白玉 (ひり)へれど またぞ置きつる 見る人をなみ
3629 秋さらば 我が船()てむ 忘れ貝 寄せ来て置けれ 沖つ白波

周防(すは)の国の()()(こほり)麻里布(まりふ)(うら)を行く時に作る歌八首   故地
3630 ()(かぢ)()き 船し行かずは 見れど()かぬ 麻里布(まりふ)の浦に 宿(やど)りせましを
3631 いつしかも 見むと思ひし 粟島(あはしま)を (よそ)にや恋ひむ 行くよしをなみ
3632 大船の かし振り立てて 浜清き 麻里布(まりふ)の浦に 宿りかせまし
3633 粟島(あはしま)の ()はじと思ふ 妹にあれや (やす)()()ずて 我が恋ひわたる
3634 筑紫道(つくしぢ)の 可太(かだ)大島(おほしま) しましくも 見ねば恋しき 妹を置きて()

3635 妹が家道 近くありせば 見れど飽かぬ 麻里布の浦を 見せましものを
3636 (いへ)(びと)は 帰り(はや)()と ()()()(しま) (いは)ひ待つらむ 旅行く()れを   故地
3637 草枕(くさまくら) 旅行く人を ()()()(しま) 幾代(いくよ)()るまで (いは)ひ来にけむ

大島(おほしま)鳴門(なると)を過ぎて再宿(ふたよ)()ぬる(のち)に、追ひて作る歌二首   故地
3638 これやこの ()()鳴門(なると)の (うづ)(しほ)に (たま)()刈るとふ ()()娘子(をとめ)ども

右の一首は田辺秋庭(たなべのあきには)

3639 波の上に (うき)()せし(よひ) あど思へか 心悲しく (いめ)に見えつる

(くま)()(うら)(ふな)(とま)りする()に作る歌四首   故地
3640 都辺(みやこへ)に 行かむ船もが ()(こも)の 乱れて思ふ (こと)()()らむ

右の一首は羽栗(はくり)

3641 (あかとき)の (いへ)恋しきに (うら)みより (かぢ)(おと)するは 海人(あま)娘子(をとめ)かも
3642 (おき)()より (しほ)満ち()らし ()()の浦に あさりする(たづ) 鳴きて(さわ)きぬ
3643 沖辺より 船人(のぼ)る 呼び寄せて いざ()()らむ 旅の宿(やど)りを

一には「旅の宿りを いざ告げ遣らな」といふ。()()(わた)(なか)にしてたちまちに逆風に()ひ、(みな)ぎらふ(なみ)に漂流す。(けい)宿(しゅく)(のち)に、(さき)くして順風を得、豊前(とよのみちのくち)の国の下毛(しもつみけ)(こほり)分間(わくま)の浦に到着す。ここに艱難(かんなん)を追ひて(いた)みし、悽惆(かなし)びて作る歌八首
3644 大君(おほきみ)の (みこと)(かしこ)み 大船の 行きのまにまに 宿りするかも

右の一首は雪宅麻呂(ゆきのやかまろ)

3645 我妹子(わぎもこ)は、早も()ぬかと 待つらむを 沖にや住まむ (いへ)づかずして
3646 (うら)みより ()()し船を 風早み 沖つみ浦に 宿りするかも
3647 我妹子(わぎもこ)が いかに思へか ぬばたまの (ひと)()もおちず (いめ)にし見ゆる
3648 海原(うなはら)の (おき)()(とも)し (いざ)る火は ()かして(とも)せ 大和島(やまとしま)見む
3649 (かも)じもの (うき)()をすれば (みな)(わた) か(ぐろ)き髪に 露ぞ置きにける
3650 ひさかたの (あま)()る月は 見つれども ()()(いも)に 逢はぬころかも
3651 ぬばたまの ()渡る月は 早も()でぬかも (うな)(はら)の 八十(やそ)(しま)(うへ)ゆ 妹があたり見む

旋頭歌(せどうか)なり

筑紫(つくし)(むろつみ)に至りて、本郷(くに)(はる)かに望み、悽愴(かなし)びて作る歌四首   故地
3652 志賀(しか)()()の (ひと)()もおちず 焼く(しほ)の からき恋をも ()れはするかも   故地
3653 志賀(しか)の浦に (いざ)りする海人(あま) (いへ)(びと)の 待ち恋ふらむに ()かし釣る(うを)
3654 ()()()()に (たづ)鳴き渡る 志賀(しか)の浦に 沖つ白波 立ちし()らしも

一には「満ちし()ぬらし」といふ。

3655 今よりは (あき)づきぬらし あしひきの (やま)(まつ)(かげ)に ひぐらし鳴きぬ

七夕(しちせき)天漢(あまのがは)を仰ぎ()て、おのもおのも所思(おもひ)()べて作る歌三首
3656 (あき)(はぎ)に にほへる()() ()れぬとも 君が()(ふね)の (つな)し取りてば   

右の一首は大使。

3657 年ありて 一夜(ひとよ)(いも)()ふ (ひこ)(ほし)も ()れにまさりて 思ふらめやも
3658 夕月夜(ゆふづくよ) 影立ち寄り合ひ (あま)(がは) ()ぐ舟人を 見るが(とも)しさ

海辺(うみへ)にして月を望みて作る歌九首
3659 秋風は ()()き吹きぬ 我妹子(わぎもこ)は いつとか()れを (いは)ひ待つらむ

大使の第二男。

3660 (かむ)さぶる 荒津(あらづ)(さき)に 寄する波 ()なくや妹に 恋ひわたりなむ   故地

右の一首は土師稲足(はにしのいなたり)

3661 風の(むた) 寄せ()る波に (いさ)りする 海人(あま)娘子(をとめ)らが ()(すそ)()れぬ

一には「海人の娘子が 裳の裾濡れぬ」といふ。

3662 (あま)(はら) 振り()け見れば ()()けにける よしゑやし ひとり()()は 明けば明けぬとも

右の一首は旋頭歌(せどうか)なり。

3663 わたつみの (おき)(なは)海苔(のり) ()る時と (いも)が待つらむ 月は()につつ
3664 志賀(しか)の浦に (いさ)りする海人(あま) 明け()れば (うら)()ぐらし (かぢ)の聞こゆ
3665 (いも)(おも)ひ ()()らえぬに (あかとき)の (あさ)(ぎり)(こも)り (かり)がねぞ鳴く
3666 夕されば 秋風寒し 我妹子(わぎもこ)が ()(あら)(ごろも) 行きて早着む
3667 ()が旅は 久しくあらし この()()る (いも)(ことも)の (あか)つく見れば

筑前(つくしのみちのくち)の国の()()(こほり)韓亭(からとまり)に至り、(ふな)(どま)りして三日を経ぬ。時に夜月(つき)の光、(かう)々として流照(りうせう)す。たちまちにこの(くわ)に対し、旅情(せい)(いつ)す。おのもおのも心緒(おもひ)()べ、いささかに(つく)る歌六首   故地
3668 大君(おほきみ)の (とほ)朝廷(みかど)と 思へれど ()長くしあれば 恋ひにけるかも

右の一首は大使。

3669 旅にあれど (よる)()(とも)し ()()れを (やみ)にや(いも)が 恋ひつつあるらむ

右の一首は大判官。

3670 (から)(とまり) ()()の浦波 立たぬ日は あれども家に 恋ひぬ日はなし
3671 ぬばたまの ()渡る月に あらませば 家なる妹に 逢ひて()ましを
3672 ひさかたの 月は照りたり (いとま)なく ()()(いさ)りは (とも)し合へりみゆ
3673 風吹けば 沖つ白波 (かしこ)みと ()()(とまり)に あまた夜ぞ()

(ひき)()(とまり)(ふな)(どま)りして作る歌   故地
3674 草枕 旅を苦しみ 恋ひ()れば 可也(かや)の山辺に さを鹿鳴くも
3675 沖つ波 高く立つ日に あへりきと 都の人は 聞きてけむかも

右の二首は大判官。

3676 (あま)()ぶや (かり)使(つかひ)に ()てしかも 奈良の都に (こと)()()らむ
3677 秋の野を にほはす(はぎ)は 咲けれども 見る(しるし)なし 旅にしあれば
3678 妹を思ひ ()()らえぬに 秋の野に さを鹿(しか)鳴きつ 妻思ひかねて
3679 大船に 真楫しじ貫き 時待つと 我れは思へど 月ぞ経にける
3680 ()を長み ()()らえぬに あしひきの (やま)(びこ)(とよ)め さを鹿鳴くも

肥前(ひのみちのくち)の国の松浦(まつら)(こほり)狛島(こましま)(とまり)に船泊りする夜に、海浪(かいろう)を遥かに望み、おのもおのも旅の心を(いた)みして作る歌七首   故地
3681 帰り来て 見むと思ひし 我がやどの (あき)(はぎ)すすき 散りにけむかも   

右の一首は秦田麻呂(はだのたまろ)

3682 (あめ)(つち)の 神を()ひつつ ()れ待たむ (はや)来ませ君 待たば苦しも

右の一首は娘子(をとめ)

3683 君を(おも)ひ ()が恋ひまくは あらたまの 立つ月ごとに ()くる日もあらじ
3684 秋の夜を 長みにかあらむ なぞここば ()()らえぬも ひとり()ればか
3685 足日(たらし)(ひめ) 御船()てけむ 松浦(まつら)(うみ) (いも)が待つべき 月は()につつ
3686 旅なれば 思ひ絶えても ありつれど (いへ)にある(いも)し (おも)(がな)しも
3687 あしひきの 山飛び越ゆる (かり)がねは 都に行かば 妹に逢ひて()

壱岐(いき)(しま)に至りて、雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)のたちまちに()(びやう)()ひて死去()にし時に作る歌一首 (あは)せて短歌   故地
3688 天皇(すめろき)の (とほ)朝廷(みかど)と 韓国(からくに)に 渡る()()は (いへ)(ひと)の (いは)ひ待たねか 正身(ただみ)かも (あやま)ちしけむ 秋さらば 帰りまさむと たらちねの 母に(まを)して 時も過ぎ 月も()ぬれば 今日(けふ)()む 明日かも()むと 家人は 待ち恋ふらむに (とほ)の国 いまだも着かず 大和をも 遠く(さか)りて 岩が根の 荒き島根に 宿(やど)りする君

反歌二首
3689 石田(いはた)()に 宿(やど)りする君 (いえ)(ひと)の いづらと我れを 問はばいかに言はむ
3690 世間(よのなか)は (つね)かくのみと 別れぬる 君にやもとな ()が恋ひ行かむ

右の三首は挽歌(ばんか)

3691 天地(あめつち)と ともにもがもと 思ひつつ ありけむものを はしけやし 家を離れて 波の上ゆ なづさひ()にて あらたまの 月日も()()ぬ (かり)がねも ()ぎて来鳴けば たらちねの 母も妻らも 朝露に ()(すそ)ひづち 夕霧に (ころもで)()れて (さき)くしも あるらむごとく ()で見つつ 待つらむものを 世間(よのなか)の 人の嘆きは (あい)思はぬ 君にあれやも (あき)(はぎ)の 散らへる野辺(のへ)の (はつ)()(ばな) (かり)()()きて (くも)(ばな)れ 遠き(くに)()の (つゆ)(しも)の 寒き山辺(やまへ)に 宿りせるらむ

反歌二首
3692 はしけやし 妻も子どもも 高々(たかたか)に 待つらむ君や (やま)(がく)れぬる
3693 黄葉(もみちば)の 散りなむ山に 宿(やど)りぬる 君を待つらむ 人し悲しも

右の三首は葛井連子老(ふぢゐのむらじこおゆ)が作る挽歌(ばんか)

3694 わたつみの (かしこ)き道を 安けくも なく悩み来て 今だにも ()なく()かむと 壱岐(ゆき)海人部(あま)の ほつての占部(うらへ)を (かた)()きて 行かむとするに (いめ)のごと 道の(そら)()に 別れする君

反歌二首
3695 昔より 言ひけることに 韓国(からくに)の からくもここに 別れするかも
3696 新羅(しらき)へか 家にか帰る 壱岐(ゆき)の島 ()かむたどきも 思ひかねつも

右の三首は()(さば)が作る挽歌(ばんか)対馬(つしま)の島の(あさ)()の浦に至りて(ふな)(どま)りする時に、順風を得ず、(けい)(てい)すること五箇日(いつか)なり。ここに、(ぶつ)(くわ)(せん)(ぼう)し、おのもおのも(いた)みする心を()べて作る歌三首   故地
3697 (もも)(ふね)の ()つる対馬(つしま)の (あさ)()(やま) しぐれの雨に もみたひにけり
3698 (あま)(ざか)る (ひな)にも月は 照れれども (いも)ぞ遠くは 別れ()にける
3699 秋されば 置く(つゆ)(しも)に あへずして 都の山は (いろ)づきぬらむ

(たか)(しき)の浦に船泊りする時に、おのもおのも心緒(おもひ)を陳べて作る歌十八首
3700 あしひきの 山下光る 黄葉(もみちば)の 散りの(まが)ひは 今日(けふ)にもあるかも

右の一首は大使。

3701 (たか)(しき)の 黄葉(もみち)を見れば 我妹子(わぎもこ)が 待たむと言ひし 時ぞ来にける

右の一首は副使。

3702 (たか)(しき)の 浦みの黄葉(もみち) ()れ行きて 帰り()るまで 散りこすなゆめ

右の一首は大判官。

3703 (たか)(しき)の ()()()()(やま)は (くれなゐ)の ()しほの色に なりにけるかも

右の一首は少判官。

3704 黄葉(もみちば)の 散らふ山辺(やまへ)ゆ ()ぐ船の にほひにめでて ()でて()にけり
3705 (たか)(しき)の (たま)()(なび)かし ()()なむ 君がみ船を いつとか待たむ

右の二首は対馬(つしま)娘子(をとめ)。名は(たま)(つき)

3706 玉敷ける 清き(なぎさ)を 潮満てば ()かず()れ行く 帰るさに見む

右の一首は大使。

3707 秋山の 黄葉(もみち)をかざし ()()れば (うら)(しほ)満ち() いまだ()かなくに

右の一首は副使。

3708 (もの)()ふと 人には見えじ (した)(ひも)の 下ゆ恋ふるに 月ぞ()にける

右の一首は大使。

3709 家づとに 貝を(ひり)ふと (おき)()より 寄せ()る波に (ころも)()()れぬ
3710 (しほ)()なば またも()()む いざ行かむ 沖つ潮騒(しほさゐ) 高く立ち()
3711 ()(そで)は ()(もと)通りて ()れぬとも 恋忘れ貝 取らずは行かじ
3712 ぬばたまの 妹が()すべく あらなくに 我が(ころも)()を ()れていかにせむ
3713 黄葉(もみちば)は 今はうつろふ 我妹子(わぎもこ)が 待たむと言ひし 時の()ゆけば
3714 (あき)されば (こひ)しみ(いも)を (いめ)にだに 久しく見むを 明けにけるかも
3715 ひとりのみ ()()(ころも)の (ひも)()かば ()れかも()はゆ (いへ)(どほ)くして
3716 (あま)(くも)の たゆたひ()れば (なが)(つき)の 黄葉(もみち)の山も うつろひにけり
3717 旅にても ()なく(はや)()と 我妹子(わぎもこ)が (むす)びし(ひも)は なれにけるかも

筑紫(つくし)(めぐ)り来て、海路(うみぢ)にして京に入らむとし、播磨(はりま)の国の家島(いへしま)に至りし時に作る歌五首   故地
3718 (いへ)(しま)は 名にこそありけれ (うな)(はら)を ()が恋ひ来つる (いも)もあらなくに
3719 草枕(くさまくら) 旅に久しく あらめやと 妹に言ひしを 年の()ぬらく
3720 我妹子(わぎもこ)を 行きて早見む 淡路島(あはぢしま) 雲居(くもゐ)に見えぬ (いへ)づくらしも
3721 ぬばたまの ()()かしも船は ()ぎ行かな 御津(みつ)の浜松 待ち恋ひぬらむ
3722 大伴(おほとも)の 御津(みつ)(とま)りに 船()てて 龍田(たつた)の山を いつか越え行かむ

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