巻十五 3723〜3785

中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)狭野弟上娘子(さののおとがみのをとめ)と贈答する歌   故地

3723 あしひきの (やま)()越えむと する君を 心に持ちて 安けくもなし
3724 君が行く 道の(なが)()を ()(たた)ね 焼き滅ぼさむ (あめ)の火もがも
3725 我が背子し けだし(まか)らば (しろ)(たへ)の (そで)を振らさね 見つつ(しの)はむ
3726 このころは 恋ひつつもあらむ (たま)(くし)() 明けてをちより すべなかるべし

右の四首は、娘子(をとめ)、別れに(のぞ)みて作る歌。

3727 (ちり)(ひぢ)の 数にもあらぬ 我れゆゑに 思ひわぶらむ (いも)がかなしさ
3728 あをによし 奈良の(おほ)()は 行きよけど この山道(やまみち)は 行き()しかりけり
3729 (うるは)しと ()()(いも)を 思ひつつ 行けばかもとな 行き()しかるらむ
3730 (かしこ)みと ()らずありしを み越道(こしぢ)の 手向(たむ)けに立ちて 妹が名()りつ

右の四首は、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)、道に(のぼ)りて作る歌。

3731 思ふゑに ()ふものならば しましくも 妹が目()れて ()()らめやも
3732 あかねさす 昼は(もの)()ひ ぬばたまの (よる)はすがらに ()のみし泣かゆ   
3733 我妹子(わぎもこ)が 形見(かたみ)(ころも) なかりせば (なに)(もの)もてか (いのち)()がまし
3734 遠き山 (せき)も越え()ぬ 今さらに 逢ふべきよしの なきが(さぶ)しさ
3735 (おも)はずも まことあり()むや さ()()の (いめ)にも(いも)が 見えざらなくに
3736 遠くあれば (ひと)()(ひと)()も 思はずて あるらむものと 思ほしめすな
3737 人よりは (いも)ぞも()しき (こひ)もなく あらましものを 思はしめつつ
3738 思ひつつ ()ればかもとな ぬばたまの (ひと)()もおちず (いめ)にし見ゆる
3739 かくばかり ()ひむとかねて 知らませば (いも)をば見ずぞ あるべくありける
3740 天地(あめつち)の 神なきものに あらばこそ ()()(いも)に ()はず死にせめ
3741 (いのち)をし (また)くしあらば あり(きぬ)の ありて(のち)にも 逢はざらめやも
3742 逢はむ日を その日と知らず (とこ)(やみ)に いづれの日まで ()れ恋ひ()らむ
3743 旅といへば (こと)にぞやすき すくなくも (いも)に恋ひつつ すべなけなくに
3744 我妹子(わぎもこ)に 恋ふるに()れは たまきはる 短き(いのち)も ()しけくもなし

右の十四首は、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)

3745 (いのち)あらば ()ふこともあらむ ()がゆゑに はだな思ひそ 命だに()
3746 人の()うる 田は植ゑまさず 今さらに (くに)(わか)れして 我れはいかにせむ
3747 ()がやどの (まつ)の葉見つつ ()れ待たむ (はや)帰りませ 恋ひ死なぬとに
3748 他国(ひとくに)は 住み()しとぞ言ふ (すむや)けく 早帰りませ 恋ひ死なぬとに
3749 他国(ひとくに)に 君をいませて いつまでか ()が恋ひ()らむ 時の知らなく
3750 (あめ)(つち)の (そこ)ひのうらに ()がごとく 君に恋ふらむ 人はさねあらじ
3751 (しろ)(たへ)の 我が下衣(したごろも) 失はず ()てれ我が()子 (ただ)に逢ふまでに
3752 春の日の うら(がな)しきに (おく)()て 君に恋ひつつ うつしけめやも
3753 逢はむ日の 形見(かたみ)にせよと たわや()の 思ひ乱れて ()へる(ころも)

右の九首は娘子(をとめ)

3754 (くわ)()なしに (せき)飛び越ゆる ほととぎす 多我子尓毛 やまず(かよ)はむ
3755 (うるは)しと ()()(いも)を 山川(やまかは)を (なか)にへなりて 安けくもなし
3756 (むか)()て (ひと)()もおちず 見しかども (いと)はぬ(いも)を 月わたるまで
3757 ()が身こそ 関山越えて ここにあらめ 心は(いも)に 寄りにしものを
3758 さす(たけ)の 大宮(おほみや)(ひと)は 今もかも 人なぶりのみ (この)みたるらむ
3759 たちかへり 泣けども()れは (しるし)なみ 思ひわぶれて ()()しぞ多き
3760 ()()は 多くあれども (もの)()はず 安く寝る夜は さねなきものを
3761 世間(よのなか)の (つね)(ことわり) かくさまに なり()にけらし すゑし(たね)から
3762 我妹子(わぎもこ)に (あふ)(さか)(やま)を 越えて来て 泣きつつ()れど ()ふよしもなし   故地
3763 旅と言へば (こと)にぞやすき すべもなく 苦しき旅も 言にまさめやも
3764 山川(やまかは)を 中にへなりて 遠くとも 心を近く 思ほせ我妹(わぎも)
3765 まそ鏡 ()けて(しの)へと まつり()す 形見(かたみ)のものを 人に示すな
3766 (うるは)しと 思ひし思はば (した)(ひも)に ()ひつけ持ちて やまず(しの)はせ

右の十三首は、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)

3767 (たましひ)は (あした)(ゆふへ)に たまふれど ()(むね)(いた)し 恋の(しげ)きに
3768 このころは 君を思ふと すべもなき 恋のみしつつ ()のみしぞ泣く
3769 ぬばたまの (よる)見し君を 明くる(あした) 逢はずまにして 今ぞ(くや)しき
3770 (あぢ)()()に 宿れる君が 帰り()む 時の迎えを いつとか待たむ
3771 (みや)(ひと)の (やす)()()ずて 今日(けふ)今日(けふ)と 待つらむものを 見えぬ君かも
3772 帰りける 人(きた)れりと 言ひしかば ほとほと死にき 君かと思ひて
3773 君が(むた) 行かましものを (おな)じこと (おく)れて()れど よきこともなし
3774 ()()()が 帰り来まさむ 時のため (いのち)残さむ 忘れたまふな

右の八首は娘子(をとめ)

3775 あらたまの 年の()長く ()はざれど ()しき心を ()()はなくに
3776 今日(けふ)もかも 都なりせば 見まく()り 西(にし)()()()の ()に立てらまし

右の二首は、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)

3777 昨日(きのふ)今日(けふ) 君に逢はずて するすべの たどきを知らに ()のみしぞ泣く
3778 (しろ)(たへ)の 我が(ころもで)手を 取り持ちて (いは)へ我が背子 (ただ)に逢ふまでに

右の二首は娘子(をとめ)

3779 我がやどの (はな)(たちばな)は いたづらに 散りか過ぐらむ 見る人なしに   
3780 恋ひ死なば 恋ひも死ねとや ほととぎす (もの)()ふ時に 来鳴き(とよ)むる
3781 旅にして (もの)()ふ時に ほととぎす もとなな()きそ ()が恋まさる
3782 (あま)(ごも)り (もの)()ふ時に ほととぎす ()が住む里に 来鳴き(とよ)もす
3783 旅にして (いも)に恋ふれば ほととぎす ()が住む里に こよ鳴き渡る
3784 心なき 鳥にぞありける ほととぎす (もの)()ふ時に 鳴くべきものか
3785 ほととぎす (あひだ)しまし置け ()が鳴けば ()()ふ心 いたもすべなし

右の七首は、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)、花鳥に寄せ、思ひを()べて作る歌。

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