巻十七 4000〜4031

立山(たちやま)()一首并せて短歌 この山は新川(にひかは)(こほり)に有り   故地

4000 (あま)(ざか)る (ひな)()()かす (こし)(なか) 国内(くぬち)ことごと 山はしも (しじ)にあれども 川はしも (さは)()けども ()(かみ)の うしはきいます 新川(にひかは)の その立山(たちやま)に 常夏(とこなつ)に 雪降り敷きて ()ばせる 片貝(かたかひ)(がは)に 清き瀬に 朝夕(あさよひ)ごとに 立つ(きり)の 思ひ過ぎめや あり(がよ)ひ いや年のはに よそのみも ()()け見つつ 万代(よろづよ)の 語らひぐさと いまだ見ぬ 人にも()げむ 音のみも 名のみも聞きて (とも)しぶるがね
4001 立山(たちやま)に 降り置ける雪を 常夏(とこなつ)に 見れども飽かず (かむ)からならし
4002 (かた)(かひ)の 川の瀬清く ()く水の ()ゆることなく あり(がよ)ひ見む   故地

四月の二十七日に、大伴宿禰家持作る。

(つつし)みて立山(たちやま)()(こた)ふる一首 并せて()(ぜつ)

4003 朝日さし そがひに見ゆる (かむ)ながら み名に()ばせる 白雲の 千重(ちへ)を押し()け (あま)そそり 高き立山 冬夏と ()くこともなく (しろ)(たへ)に 雪は降り置きて いにしへゆ あり()にければ こごしかも 岩の(かむ)さび たまきはる (いく)()()にけむ 立ちて()て 見れども(あや)し (みね)(たか)み 谷を深みと 落ちたぎつ 清き河内(かふち)に 朝さらず 霧立ちわたり 夕されば (くも)()たなびき 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過ぐさず ()く水の 音もさやけく 万代(よろづよ)に 言ひ()ぎゆかむ 川し絶えずは

4004 立山(たちやま)に 降り置ける雪の 常夏(とこなつ)に ()ずてわたるは (かむ)ながらとぞ
4005 落ちたぎつ 片貝川(かたかひがは)の 絶えぬごと 今見る人も やまず通はむ

右は(じよう)大伴宿禰池主(こた)ふ。四月の二十八日

京に入ることやくやくに近づき、非情(はら)ひかたくして(おもひ)を述ぶる一首 (あは)せて(いち)(ぜつ)

4006 かき(かぞ)ふ (ふた)(がみ)(やま)に (かむ)さびて 立てる(つが)の木 (もと)()も (おや)じときはに はしきよし ()()の君を 朝さらず ()ひて(こと)どひ 夕されば ()(たづさ)はりて 射水(いみづ)(がは) 清き河内(かふち)に ()で立ちて ()が立ち見れば 東風(あゆ)の風 いたくし吹けば (みなと)には 白波高み 妻呼ぶと ()(どり)(さわ)く (あし)刈ると ()()()(ぶね)は 入江(いりえ)()ぐ (かぢ)(おと)高し そこをしも あやに(とも)しみ しのひつつ 遊ぶ盛りを 天皇(すめろき)の ()す国なれば ()(こと)持ち 立ち別れなば (おく)れたる 君はあれども (たま)(ほこ)の 道()く我れは 白雲の たなびく山を 岩根()み 越えへなりなば (こひ)しけく ()の長けむぞ そこ()へば 心し痛し ほととぎす 声にあへ()く 玉にもが 手に巻き持ちて (あさ)(よひ)に 見つつ行かむを 置きて行かば()
4007 我が()()は 玉にもがもな ほととぎす 声にあへ貫き 手に巻きて()かむ

右は、大伴宿禰家持、(じよう)大伴宿禰池主に贈る。四月の三十日

たちまちに京に入らむとして(おもひ)を述ぶる作を見るに、生別(せいべつ)は悲しく、断腸(だんちやう)万廻(よろづたび)にして、(ゑん)(しよ)(とど)めかたし。いささかに所心(おもひ)を奉る一首 (あは)せて()(ぜつ)
4008 あをによし 奈良を()(はな)れ (あま)(ざか)る (ひな)にはあれど ()()()を 見つつし()れば 思ひ()る こともありしを 大君の (みことかしこ)畏み ()す国の 事取り持ちて 若草の ()()手作(たづく)り 群鳥(むらとり)の (あさ)()()なば (おく)れたる ()れや悲しき 旅に()く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを (とど)めもかねて 見わたせば ()の花山の ほととぎす ()のみし泣かゆ 朝霧の 乱るる心 (こと)()でて 言はばゆゆしみ 礪波(となみ)(やま) ()(むけ)の神に (ぬさまつ)奉り ()()H()まく はしけやし 君が直香(ただか)を ま(さき)くも ありた(もとほ)り 月立てば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに (あひ)()しめとぞ   
4009 (たま)(ほこ)の 道の神たち (まひ)はせむ 我が思ふ君を なつかしみせよ
4010 うら恋し ()()の君は なでしこが 花にもがもな (あさ)()な見む

右は、大伴宿禰池主が(こた)へ贈りて(こた)ふる歌。五月の二日

放逸(のが)れたる(たか)を思ひて(いめ)見、感悦(よろこ)びて作る歌一首 (あは)せて短歌
4011 大君(おほきみ)の (とほ)朝廷(みかど)ぞ み雪降る (こし)と名に()へる 天離(あまざか)る (ひな)にしあれば 山高み 川とほしろし 野を広み  草こそ茂き (あゆ)走る 夏の盛りと 島つ鳥 ()(かひ)がともは ()く川の 清き瀬ごとに (かがり)さし なづさひ(のぼ)る 露霜(つゆしも)の 秋に至りば 野も(さは)に 鳥すだけりと ますらをの 友(いざな)ひて (たか)はしも あまたあれども ()(かた)()の ()(おほ)(ぐろ)に 大黒といふは(おほ)(たか)の名なり (しら)(ぬり)の 鈴取り付けて 朝猟(あさがり)に 五百(いほ)つ鳥立て 夕猟(ゆふがり)に 千鳥(ちとり)()み立て 追ふごとに 許すことなく ()(ばな)れも をちもかやすき これをおきて またありがたし さ()らへる (たか)はなけむと 心には 思ひほこりて ()まひつつ 渡る(あひだ)に (たぶ)れたる (しこ)(おきな)の (こと)だにも 我れには()げず との(ぐも)り 雨の降る日を 鳥猟(とがり)すと 名のみを()りて 三島野(みしまの)を そがひに見つつ 二上(ふたがみ)の 山飛び越えて (くも)(がく)り (かけ)()にきと 帰り()て しはぶれ()ぐれ ()くよしの そこになければ 言ふすべの たどきを知らに 心には 火さへ燃えつつ 思ひ恋ひ 息づきあまり けだしくも ()ふことありやと あしひきの をてもこのもに 鳥網(となみ)張り (もり)()()ゑて ちはやぶる 神の(やしろ)に 照る鏡 倭文(しつ)に取り添へ ()?()みて ()が待つ時に 娘子(をとめ)らが (いめ)()ぐらく ()が恋ふる その()つ鷹は 麻都太江(まつだえ)の 浜()()らし つなし()る 氷見(ひみ)の江過ぎて 多?(たこ)の島 飛びた(もとほ)り 葦鴨(あしがも)の すだく古江(ふるえ)に 一昨日(をとつひ)も 昨日(きのふ)もありつ 近くあらば いま二日(ふつか)だみ 遠くあらば 七日(なぬか)のをちは 過ぎめやも ()なむ我が背子(せこ) ねもころに な恋ひそよとぞ いまに()げつる   故地
4012 ()(かた)()の (たか)を手に()ゑ 三島野(みしまの)に ()らぬ日まねく 月ぞ()にける
4013 二上(ふたかみ)の をてもこのもに (あみ)さして ()が待つ(たか)を (いめ)()げつも
4014 (まつ)(がへ)り しひにてあれかも さ山田の (をぢ)がその日に 求めあはずけむ
4015 心には (ゆる)ふことなく 須加(すか)の山 すかなくのみや 恋ひわたりなむ

右は、射水(いみづ)(こほり)(ふる)()の村にして(おほ)(たか)取獲()る。形容(かたち)美麗(うるは)しくして、()(ゆう)群に(すぐ)れたり。時に、養吏山田史君麻呂(やまだのふびときみまろ)調試(てうし)節を(うしな)ひ、野猟(やれふ)(こう)(そむ)く。博風(はくふう)(つばさ)、高く(かけ)りて雲に(かく)る。()()()、呼び(とど)むるに(しるし)()し。ここに、()(まう)を張り()けて、非常を(うかが)ひ、神祇(かみ)奉幣(ほうへい)して、不虞(ふぐ)(たの)む。ここに(いめ)(うち)娘子(をとめ)あり。(をし)へて曰はく、「使君(きみ)、苦しき(おもひ)()して、(むな)しく精神(こころ)(つひ)やすこと、(まな)放逸(のが)れたるその鷹は、()り得むこと、幾時(いくだ)もあらじ」といふ。須臾(しゆゆ)にして(おどろ)()め、(こころ)に悦びあり。よりて、(うら)みを(のぞ)く歌を作り、もちて感信を(あらは)す。(かみ)大伴宿禰家持、九月の二十六日に作る。

高市連黒人(たけちのむらじくろひと)が歌一首 年月(つばひ)らかにあらず
4016 婦負(めひ)の野の すすき押しなべ 降る雪に 宿(やど)()今日(けふ)し 悲しく思ほゆ   故地 

右、この歌を伝誦するは、三国真人五百国(みくにのまひといほくに)ぞ。

4017 東風(あゆのかぜ) いたく吹くらし ()()()()の (つり)する()(ぶね) ()(かく)るみゆ   故地

(こし)(くにひと)(ことば)には東風を「あゆのかぜ」といふ。

4018 港風(みなとかぜ) 寒く吹くらし ()()の江に ()呼び(かは)し (たづ)(さは)に鳴く
4019 (あま)(ざか)る (ひな)ともしるく ここだくも (しげ)き恋かも なぐる日もなく
4020 (こし)の海の 信濃(しなの)の浜を ()()らし 長き(はる)()も 忘れて(おも)へや

右の四首は、天平二十年の春の正月の二十九日、大伴宿禰家持。

礪波(となみ)(こほり)()(かみ)(かは)()にして作る歌一首
4021 ()(かみ)(かは) (くれなゐ)にほふ 娘子(をとめ)らし (あし)(つき)取ると 瀬に立たすらし

婦負(めひ)(こほり)にして鵜坂(うさか)(かはへ)を渡る時に作る一首   故地
4022 ()(さか)(がは) 渡る瀬多み この()()の ()()きの水に (きぬ)()れにけり

()(かづ)くる人を見て作る歌一首
4023 ()()(がは)の 早き瀬ごとに (かがり)さし 八十(やそ)(とも)()は ()(かは)立ちけり

新川(にひかは)(こほり)にして延槻川(はひつきがは)を渡る時に作る歌一首   故地
4024 立山(たちやま)の 雪し()らしも (はひ)(つき)の 川の渡り() (あぶみ)()かすも

気太(けだ)神宮(かむみや)(おもぶ)き参り、海辺を行く時に作る歌一首   故地
4025 ()()()から (ただ)()え来れば 羽咋(はくひ)の海 (あさ)なぎしたり (ふな)(かぢ)もがも

能登(のと)(こほり)にして()(しま)()より舟を(いだ)し、(くま)()の村をさして()く時に作る歌二首   故地
4026 ()(ぶさ)立て (ふな)()()るといふ 能登(のと)(しま)(やま) 今日(きょう)()れば ()(だち)(しげ)しも 幾代(いくよ)(かむ)びぞ
4027 ()(しま)より (くま)()をさして ()ぐ舟の (かぢ)取る()なく 都し思ほゆ

鳳至(ふげし)(こほり)にして饒石川(にぎしがは)を渡る時に作る歌一首
4028 (いも)()はず 久しくなりぬ 饒石(にぎし)(がは) (きよ)()ごとに (みな)(うら)()へてな   故地

珠洲(すず)(こほり)より舟を(いだ)し、治布に(かへ)る時に、長浜の(うら)に泊り、月に光を仰ぎ見て作る歌一首
4029 珠洲(すず)(うみ)に (あさ)(びら)きして ()()れば 長浜(ながはま)の浦に 月照りにけり   故地

右の(くだり)の歌詞は、春の出挙(すいこ)によりて、諸郡を巡行し、時に当り所に当りて、(しよく)(もく)して作る。大伴宿禰家持

(うぐひす)(おそ)()くを恨むる歌一首
4030 うぐひすは 今は鳴かむと (かた)()てば (かすみ)たなびき 月は()につつ

酒を造る歌一首
4031 (なか)(とみ)の (ふと)祝詞(のりと)(ごと) 言ひ(はら)へ (あか)(いのち)も ()がために()

右は、大伴宿禰家持作る。

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