立山の賦一首并せて短歌 この山は新川の郡に有り ☆故地 4000 天離る 鄙に名懸かす 越の中 国内ことごと 山はしも 繁にあれども 川はしも 多に行けども 統め神の うしはきいます 新川の その立山に 常夏に 雪降り敷きて 帯ばせる 片貝川に 清き瀬に 朝夕ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ いや年のはに よそのみも 振り放け見つつ 万代の 語らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告げむ 音のみも 名のみも聞きて 羨しぶるがね 4001 立山に 降り置ける雪を 常夏に 見れども飽かず 神からならし 4002 片貝の 川の瀬清く 行く水の 絶ゆることなく あり通ひ見む ☆故地 四月の二十七日に、大伴宿禰家持作る。 敬みて立山の賦に和ふる一首 并せて二絶
4003 朝日さし そがひに見ゆる 神ながら み名に帯ばせる 白雲の 千重を押し別け 天そそり 高き立山 冬夏と 別くこともなく 白栲に 雪は降り置きて いにしへゆ あり来にければ こごしかも 岩の神さび たまきはる 幾代経にけむ 立ちて居て 見れども異し 峰高み 谷を深みと 落ちたぎつ 清き河内に 朝さらず 霧立ちわたり 夕されば 雲居たなびき 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過ぐさず 行く水の 音もさやけく 万代に 言ひ継ぎゆかむ 川し絶えずは
4004 立山に 降り置ける雪の 常夏に 消ずてわたるは 神ながらとぞ 4005 落ちたぎつ 片貝川の 絶えぬごと 今見る人も やまず通はむ 右は掾大伴宿禰池主和ふ。四月の二十八日 京に入ることやくやくに近づき、非情撥ひかたくして懐を述ぶる一首 并せて一絶
4006 かき数ふ 二上山に 神さびて 立てる栂の木 本も枝も 同じときはに はしきよし 我は背の君を 朝さらず 逢ひて言どひ 夕されば 手携はりて 射水川 清き河内に 出で立ちて 我が立ち見れば 東風の風 いたくし吹けば 港には 白波高み 妻呼ぶと 渚鳥は騒く 葦刈ると 海人の小舟は 入江漕ぐ 楫の音高し そこをしも あやに羨しみ しのひつつ 遊ぶ盛りを 天皇の 食す国なれば 御言持ち 立ち別れなば 後れたる 君はあれども 玉桙の 道行く我れは 白雲の たなびく山を 岩根踏み 越えへなりなば 恋しけく 日の長けむぞ そこ思へば 心し痛し ほととぎす 声にあへ貫く 玉にもが 手に巻き持ちて 朝夕に 見つつ行かむを 置きて行かば惜し 4007 我が背子は 玉にもがもな ほととぎす 声にあへ貫き 手に巻きて行かむ 右は、大伴宿禰家持、掾大伴宿禰池主に贈る。四月の三十日 たちまちに京に入らむとして懐を述ぶる作を見るに、生別は悲しく、断腸万廻にして、怨緒禁めかたし。いささかに所心を奉る一首 并せて二絶 4008 あをによし 奈良を来離れ 天離る 鄙にはあれど 我が背子を 見つつし居れば 思ひ遣る こともありしを 大君の 命畏み 食す国の 事取り持ちて 若草の 足結ひ手作り 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我れや悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留めもかねて 見わたせば 卯の花山の ほととぎす 音のみし泣かゆ 朝霧の 乱るる心 言に出でて 言はばゆゆしみ 礪波山 手向の神に 幣奉り 我が祈ひHまく はしけやし 君が直香を ま幸くも ありた廻り 月立てば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見しめとぞ ☆花 4009 玉桙の 道の神たち 賄はせむ 我が思ふ君を なつかしみせよ 4010 うら恋し 我が背の君は なでしこが 花にもがもな 朝な朝な見む 右は、大伴宿禰池主が報へ贈りて和ふる歌。五月の二日 放逸れたる鷹を思ひて夢見、感悦びて作る歌一首 并せて短歌 4011 大君の 遠の朝廷ぞ み雪降る 越と名に負へる 天離る 鄙にしあれば 山高み 川とほしろし 野を広み 草こそ茂き 鮎走る 夏の盛りと 島つ鳥 鵜養がともは 行く川の 清き瀬ごとに 篝さし なづさひ上る 露霜の 秋に至りば 野も多に 鳥すだけりと ますらをの 友誘ひて 鷹はしも あまたあれども 矢形尾の 我が大黒に 大黒といふは蒼鷹の名なり 白塗の 鈴取り付けて 朝猟に 五百つ鳥立て 夕猟に 千鳥踏み立て 追ふごとに 許すことなく 手放れも をちもかやすき これをおきて またありがたし さ慣らへる 鷹はなけむと 心には 思ひほこりて 笑まひつつ 渡る間に 狂れたる 醜つ翁の 言だにも 我れには告げず との曇り 雨の降る日を 鳥猟すと 名のみを告りて 三島野を そがひに見つつ 二上の 山飛び越えて 雲隠り 翔り去にきと 帰り来て しはぶれ告ぐれ 招くよしの そこになければ 言ふすべの たどきを知らに 心には 火さへ燃えつつ 思ひ恋ひ 息づきあまり けだしくも 逢ふことありやと あしひきの をてもこのもに 鳥網張り 守部を据ゑて ちはやぶる 神の社に 照る鏡 倭文に取り添へ 祈ひ?みて 我が待つ時に 娘子らが 夢に告ぐらく 汝が恋ふる その秀つ鷹は 麻都太江の 浜行き暮らし つなし捕る 氷見の江過ぎて 多?の島 飛びた廻り 葦鴨の すだく古江に 一昨日も 昨日もありつ 近くあらば いま二日だみ 遠くあらば 七日のをちは 過ぎめやも 来なむ我が背子 ねもころに な恋ひそよとぞ いまに告げつる ☆故地 4012 矢形尾の 鷹を手に据ゑ 三島野に 猟らぬ日まねく 月ぞ経にける 4013 二上の をてもこのもに 網さして 我が待つ鷹を 夢に告げつも 4014 松反り しひにてあれかも さ山田の 翁がその日に 求めあはずけむ 4015 心には 緩ふことなく 須加の山 すかなくのみや 恋ひわたりなむ 右は、射水の郡の古江の村にして蒼鷹を取獲る。形容美麗しくして、鷙雄群に秀れたり。時に、養吏山田史君麻呂、調試節を失ひ、野猟候に乖く。博風の翹、高く翔りて雲に匿る。腐鼠の餌、呼び留むるに験靡し。ここに、羅網を張り設けて、非常を窺ひ、神祇に奉幣して、不虞を恃む。ここに夢の裏に娘子あり。喩へて曰はく、「使君、苦しき念を作して、空しく精神を費やすこと、勿。放逸れたるその鷹は、獲り得むこと、幾時もあらじ」といふ。須臾にして覚き寤め、懐に悦びあり。よりて、恨みを却く歌を作り、もちて感信を旌す。守大伴宿禰家持、九月の二十六日に作る。 高市連黒人が歌一首 年月審らかにあらず 4016 婦負の野の すすき押しなべ 降る雪に 宿借る今日し 悲しく思ほゆ ☆故地 ☆花 右、この歌を伝誦するは、三国真人五百国ぞ。 4017 東風 いたく吹くらし 奈呉の海人の 釣する小舟 漕ぎ隠るみゆ ☆故地 越の俗の語には東風を「あゆのかぜ」といふ。 4018 港風 寒く吹くらし 奈呉の江に 妻呼び交し 鶴多に鳴く 4019 天離る 鄙ともしるく ここだくも 繁き恋かも なぐる日もなく 4020 越の海の 信濃の浜を 行き暮らし 長き春日も 忘れて思へや 右の四首は、天平二十年の春の正月の二十九日、大伴宿禰家持。 礪波の郡の雄神の川辺にして作る歌一首 4021 雄神川 紅にほふ 娘子らし 葦付取ると 瀬に立たすらし 婦負の郡にして鵜坂の川辺を渡る時に作る一首 ☆故地 4022 鵜坂川 渡る瀬多み この我が馬の 足掻きの水に 衣濡れにけり 鵜を潜くる人を見て作る歌一首 4023 婦負川の 早き瀬ごとに 篝さし 八十伴の男は 鵜川立ちけり 新川の郡にして延槻川を渡る時に作る歌一首 ☆故地 4024 立山の 雪し消らしも 延槻の 川の渡り瀬 鐙漬かすも 気太の神宮に赴き参り、海辺を行く時に作る歌一首 ☆故地 4025 志雄道から 直越え来れば 羽咋の海 朝なぎしたり 舟楫もがも 能登の郡にして香島の津より舟を発し、熊来の村をさして往く時に作る歌二首 ☆故地 4026 鳥総立て 船木伐るといふ 能登の島山 今日見れば 木立茂しも 幾代神びぞ 4027 香島より 熊来をさして 漕ぐ舟の 楫取る間なく 都し思ほゆ 鳳至の郡にして饒石川を渡る時に作る歌一首 4028 妹に逢はず 久しくなりぬ 饒石川 清き瀬ごとに 水占延へてな ☆故地 珠洲の郡より舟を発し、治布に還る時に、長浜の湾に泊り、月に光を仰ぎ見て作る歌一首 4029 珠洲の海に 朝開きして 漕ぎ来れば 長浜の浦に 月照りにけり ☆故地 右の件の歌詞は、春の出挙によりて、諸郡を巡行し、時に当り所に当りて、属目して作る。大伴宿禰家持 鶯の晩く哢くを恨むる歌一首 4030 うぐひすは 今は鳴かむと 片待てば 霞たなびき 月は経につつ 酒を造る歌一首 4031 中臣の 太祝詞言 言ひ祓へ 贖ふ命も 誰がために汝れ 右は、大伴宿禰家持作る。 |