陸奥の国に金を出だす 詔書を賀く歌一首 并せて短歌 ☆故地 4094 葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らしめしける すめろきの 神の命の 御代重ね 天の日継と 知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には 山川を 広み厚みと 奉る 御調宝は 数へえず 尽しもかねつ しかれども 我が大君の 諸人を 誘ひたまひ よきことを 始めたまひて 金かも 確けくあらむと 思ほして 下悩ますに 鶏が鳴く 東の国の 陸奥の 小田なる山に 金ありと 申したまへれ 御心を 明らめたまひ 天地の 神相うづなひ すめろきの 御霊助けて 遠き代に かかりしことを 我が御代に 顕はしてあれば 食す国は 栄えむものと 神ながら 思ほしめして もののふの 八十伴の男を 奉ろへの 向けのまにまに 老人も 女童も しが願ふ 心足らひに 撫でたまひ 治めたまへば ここをしも あやに貴み 嬉しけく いよよ思ひて 大伴の 遠つ神祖の その名をば 大久米主と 負ひ持ちて 仕へし官 海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ 顧みは せじと言立て ますらをの 清きその名を いにしへよ 今のをつつに 流さへる 祖の子どもぞ 大伴と 佐伯の氏は 人の祖の 立つる言立て 人の子は 祖の名絶たず 大君に まつろふものと 言ひ継げる 言の官ぞ 梓弓 手に取り持ちて 剣大刀 腰に取り佩き 朝守り 夕の守りに 大君の 御門の守り 我れをおきて 人はあらじと いや立て 思ひしまさる 大君の 御言の幸の 聞けば貴み 反歌三首 4095 ますらをの 心思ほゆ 大君の 御言の幸を 聞けば貴み 4096 大伴の 遠つ神祖の 奥城は しるく標立て 人の知るべく 4097 天皇の 御代栄えむと 東なる 陸奥山に 金花咲く 天平感宝元年の五月の十二日に、越中の国の守が館にして大伴宿禰家持作る。 吉野の離宮に幸行す時のために、儲けて作る歌一首 4098 高御座 天の日継と 天の下 知らしめしける すめろきの 神の命の 畏くも 始めたまひて 貴くも 定めたまへる み吉野の この大宮に あり通ひ 見したまふらし もののふの 八十伴の男も おのが負へる おのが名負ひて 大君の 任けのまにまに この川の 絶ゆることなく この山の いや継ぎ継ぎに かくしこそ 任へまつらめ いや遠長に 反歌 4099 いにしへを 思ほすらしも 我ご大君 吉野の宮を あり通ひ見す 4100 もののふの 八十氏人も 吉野川 絶ゆることなく 仕へつつ見む 京の家に贈るために、真珠を願ふ歌一首 并せて短歌 4101 珠洲の海人の 沖つ御神に い渡りて 潜き取るといふ 鰒玉 五百箇もがも はしきよし 妻の命の 衣手の 別れし時よ ぬばたまの 夜床片さり 朝寝髪 掻きも梳らず 出でて来し 月日数みつつ 嘆くらむ 心なぐさに ほととぎす 来鳴く五月の あやめぐさ 花橘に 貫き交へ かづらにせよと 包みて遣らむ ☆花
4102 白玉を 包みて遣らば あやめぐさ 花橘に あへも貫くがね 4104. 我妹子が 心なぐさに 遣らむため 沖つ島なる 白玉もがも 4103. 沖つ島 い行き渡りて 潜くちふ 鰒玉もが 包みて遣らむ 4105 白玉の 五百つ集ひを 手にむすび おこせむ海人は むがしくもあるか 右は、五月の十四日に、大伴宿禰家持、興に依りて作る。 史生尾張少咋を教へ喩す歌一首 并せて短歌
七出例に云はく、「ただし、一条を犯さば、すなはち出だすべし。七出なくして輙く棄つる者は、徒一年半」といふ。三不去に云はく、「七出を犯すとも、棄つべくあらず。違ふ者は杖一百。ただし?を犯したると悪疾とは棄つること得」といふ。両妻例に云はく、「妻有りてさらに娶る者は徒一年、女家は杖一百にして離て」といふ。詔書に云はく、「義夫節婦を愍み賜ふ」とのりたまふ。謹みて案ふるに、先の件の数条は、法を建つる基にして、道を化ふる源なり。しかればすなはち、義夫の道は、情存して別なく、一家財を同じくす。あに旧きを忘れ新しきを愛しぶる志あらめや。このゆゑに数行の歌を綴り作し、旧きを棄つる惑ひを悔いしむ。その詞に曰はく、
4106 大汝 少彦名の 神代より 言ひ継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子みれば 愛しくめぐし うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の子と 朝夕に 笑みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしえに かくしもあらめや 天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ 離れ居て 嘆かす妹が いつしかも 使の来むと 待たすらむ 心寂しく 南風吹き 雪消溢りて 射水川 流る水沫の 寄るへなみ 左夫流その子に 紐の緒の いつがり合ひて にほ鳥の ふたり並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ ☆花 「左夫流」と言ふは遊行女婦が字なり 反歌三首 4107 あおによし 奈良にある妹が 高々に 待つらむ心 しかにはあらじか 4108 里人の 見る目恥づかし 左夫流子に さどはす君が 宮出後姿 4109 紅は うつろふものぞ 橡の なれにし衣に なほしかめやも ☆花 右は、五月の十五日に、守大伴宿禰家持作る。 先妻、夫君の喚ぶ使を待たずして自ら来る時に、作る歌一首 4110 左夫流子が 斎きし殿に 鈴懸けぬ 駅馬下れり 里もとどろに 同じき月の十七日に、大伴宿禰家持作る。 橘の歌一首 并せて短歌 ☆花 4111 かけまくも あやに畏し 天皇の 神の大御代に 田道間守 常世に渡り 八桙持ち 参ゐ出来し時 時じくの かくの菓を 畏くも 遺したまはれ 国も狭に 生ひ立ち栄え 春されば 孫枝萌いつつ ほととぎす 鳴く五月には 初花を 枝に手折りて 娘子らに つとにも遣りみ 白栲の 袖にも扱入れ かぐはしみ 置きて枯らしみ あゆる実は 玉に貫きつつ 手に巻きて 見れども飽かず 秋づけば しぐれの雨降り あしひきの 山の木末は 紅の にほひ散れども 橘の なれるその実は ひた照りに いや見が欲しく み雪降る 冬に至れば 霜置けども その葉も枯れず 常盤なす いやさかばえに しかれこそ 神の御代より よろしなへ この橘を 時じくの かくの菓と 名付けけらしも 反歌一首 4112 橘は 花にも実にも 見つれども いや時じくに なほし見が欲し 閏の五月の二十三日に、大伴宿禰家持作る。 庭中の花を見て作る歌一首 并せて短歌 4113 大君の 遠の朝廷と 任きたまふ 官のまにま み雪降る 越に下り来 あらたまの 年の五年 敷栲の 手枕まかず 紐解かず 丸寝をすれば いぶせみと 心なぐさに なでしこを やどに蒔き生ほし 夏の野の さ百合引き植ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻に さ百合花 ゆりも逢はむと 慰むる 心しなくは 天離る 鄙に一日も あるべくもあれや 反歌二首 4114 なでしこが 花見るごとに 娘子らが 笑まひのにほひ 思ほゆるかも ☆花 4115 さ百合花 ゆりも逢はむと 下延ふる 心しなくは 今日も経めやも ☆花 同じき閏の五月の二十六日に、大伴宿禰家持作る。 国の掾久米朝臣広繩、天平二十年をもちて、朝集使に付きて京に入る。その事畢りて、天平感宝元年の閏の五月の二十七日に、本任に還り至る。よりて、長官が館にして、詩酒の宴を設けて楽飲す。時に、主人守大伴宿禰家持が作る歌一首 并せて短歌 4116 大君の 任きのまにまに 取り持ちて 任ふる国の 年の内の 事かたね持ち 玉桙の 道に出で立ち 岩根踏み 山越え野行き 都辺に 参ゐし我が背を あらたまの 年行き返り 月重ね 見ぬ日さまねみ 恋ふるそら 安くしあらねば ほととぎす 来鳴き五月の あやめぐさ 蓬かづらき 酒みづき 遊びなぐれど 射水川 雪消溢りて 行く水の いや増しにのみ 鶴が鳴く 奈呉江の菅の ねもころに 思ひ結ぼれ 嘆きつつ 我が待つ君が 事終り 帰り罷りて 夏の野の さ百合の花の 花笑みに にふぶに笑みて 逢はしたる 今日を始めて 鏡なす かくし常見む 面変りせず 反歌二首 4117 去年の秋 相見しまにま 今日見れば 面やめづらし 都方人 4118 かくしても 相見るものを すくなくも 年月経れば 恋しけれやも 霍公鳥の喧くを聞きて作る歌一首 4119 いにしへよ しのひにければ ほととぎす 鳴く声聞きて 恋しきものを 京に向ふ時に貴人を見また美人に相ひて飲宴する日のために、懐を述べ、儲けて作る歌二首 4120 見まく欲り 思ひしなへに かづらかげ かぐはし君を 相見つるかも ☆花 4121 朝参の 君が姿を 見ず久に 鄙にし住めば 我れ恋ひにけり 同じき閏の五月の二十八日に、大伴宿禰家持作る。 天平感宝元年の閏の五月の六日より以来、小旱を起し、百姓の田畝やくやくに凋む色あり。六つきの朔日に至りて、たちまちに雨雲の気を見る。よりて作る雲の歌一首 短歌一絶 4122 天皇の 敷きます国の 天の下 四方の道には 馬の爪 い尽す極み 舟舳の い果つるまでに いにしへよ 今のをつつに 万調 奉るつかさと 作りたる その生業を 雨降らず 日の重なれば 植ゑし田も 蒔きし畑も 朝ごとに 凋み枯れゆく そを見れば 心を痛み みどり子の 乳乞ふがごとく 天つ水 仰ぎてぞ待つ あしひきの 山のたをりに この見ゆる 天の白雲 海神の 沖つ宮辺に 立ちわたり との曇りあひて 雨も賜はね 反歌一首 4123 この見ゆる 雲ほびこりて との曇り 雨も降らぬか 心足らひに 右の二首は、六月の一日の晩頭に、守大伴宿禰家持作る。 雨落るを賀く歌一首 4124 我が欲りし 雨は降り来ぬ かくしあらば 言挙げせずとも 年は栄えむ 右の一首は、同じき月の四日に、大伴宿禰家持作る。 七夕の歌一首 并せて短歌 4125 天照らす 神の御代より 安の川 中に隔てて向ひ立ち 袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡り守 舟も設けず 橋だにも 渡してあらば その上ゆも い行き渡らし たづさはり うながけり居て 思ほしき 言も語らひ 慰むる 心はあらむを 何しかも 秋にしあらねば 言どひの 乏しき子ら うつせみの 世の人我れも ここをしも あやにくすしみ 行きかはる 年のはごとに 天の原 振り放け見つつ 言ひ継ぎにすれ 反歌二首 4126 天の川 橋渡せらば その上ゆも い渡らさむを 秋にあらずとも 4127 安の川 い向ひ立ちて 年の恋 日長き子らが 妻どひの夜ぞ 右は、七月の七日に、天漢を仰ぎ見て、大伴宿禰家持作る。 越前の国の掾大伴宿禰池主が来贈する戯歌四首
たちまちに恩賜を辱みし、驚欣すでに深し。心中笑を含み、独り座りてやくやくに開けば、表裏同じきことあらず。相違何しかも異なる。その故を推量るに、いささめに策をなせるか。明らかに知りて言を加ふること、あに他し意あらめや。すべて本物を貿易することは、その罪軽きことあらず。正贓倍贓、急けく并せて満つべし。今し風雲を勒して、徴使を発遣す。早速に返報せよ、延廻すべくあらず。 勝宝元年の十一月の十二日 物の貿易せらえたる下吏 謹みて 貿易人を断官司の府下に訴ふ。 別に白さく、可怜の意、黙止あること能はず。いささかに四詠を述べ、睡覚に准擬せむと。
4128 草枕 たびの翁と 思ほして 針ぞ賜へる 縫はむ物もが 4129 針袋 取り上げ前に置き 返さへば おのともおのや 裏も継ぎたり 4130 針袋 帯び続けながら 里ごとに 照らさひ歩けど 人もとがめず 4131 鶏が鳴く 東をさして ふさへしに 行かむと思へど よしもさねなし 右の歌の返し報ふる歌は、脱漏して探ね求むること得ず。 さらに来贈する歌二首
駅使を迎ふる事によりて、今月の十五日に、部下の加賀の郡の境に到来る。面蔭に射水の郷を見、恋緒深見の村に結ぼほる。身は胡馬に異なれども、心は北風に悲しぶ。月に乗じて俳れども、かつて為すところなし。やくやくに来封を開くに、その辞云々とあれば、先に奉る書、返りて畏るらくは疑ひに度れるかと。僕れ羅を嘱することをなし、かつがつ使君を悩ます。それ水を乞ひて酒を得るはもとより能き口なり。時を論じて理に合はば、何せむに強吏と題さむや。尋ぎて針袋の詠を誦むに、詞泉酌めども渇きず。膝を抱き独り笑み、よく旅の愁く。陶然に日を遣り、何をか慮らむ、何をか思はむ。短筆不宣 勝宝元年の十二月の十五日 物を徴りし下司 謹上 不伏使君 記室 別に奉る云々 歌二首
4132 縦さにも かにも横さも 奴とぞ 我れはありける 主の殿外に 4133 針袋 これは賜りぬ すり袋 今は得てしか 翁さびせむ 宴席にして雪月梅花を詠む歌一首 ☆花 4134 雪の上に 照れる月夜に 梅の花 折りて送らむ はしき子もがも 右の一首は、十二月に大伴宿禰家持作る。 4135 我が背子が 琴取るなへに 常人の 言ふ嘆きしも いやしき増すも 右の一首は、少目秦伊美吉石竹が館にして守大伴宿禰家持作る。 天平勝宝二年の正月の二日に、国庁にして饗を諸の郡司等に給ふ宴の歌一首 4136 あしひきの 山の木末の ほよ取りて かざしつらくは 千年寿くとぞ ☆花 右の一首は、守大伴宿禰家持作る。 判官久米朝臣広繩が館にして宴する歌一首 4137 正月立つ 春の初めに かくしつつ 相し笑みてば 時じけめやも 同じき月の五日に、守大伴宿禰家持作る。 墾田地を検察する事によりて、礪波の郡の主帳多治比部北里が家に宿る。時にたちまちに風雨起り、辞去することを得ずして作る歌一首 4138 荊波の 里に宿借り 春雨に 隠りつつむと 妹に告げつや ☆故地 二月の十八日に、守大伴宿禰家持作る。 |