巻十九 4192〜4239

霍公鳥(ほととぎす)并せて藤の花を()む一首 (あは)せて短歌
4192 桃の花 紅色(くれなゐいろ) にほひたる (おも)()のうちに 青柳(あをやぎ)の 細き(まよ)()を ()()がり 朝影見つつ (をとめ)子らが 手に取り持てる まそ鏡 (ふた)(がみ)(やま)に ()(くれ)の 茂き(たに)()を 呼び(とよ)め 朝飛び渡り 夕月(ゆふづき)() かそけき野辺(のへ)に はろはろに 鳴くほととぎす 立ち()くと ()()れに散らす (ふぢ)(なみ)の 花なつかしみ 引き()じて (そで)()()れつ ()まば()むとも
4193 ほととぎす 鳴く羽触れにも 散りにけり 盛り過ぐらし (ふぢ)(なみ)の花   

同じき九日に作る。さらに霍公鳥(ほととぎす)()くこと(おそ)きを(うら)むる歌三首
4194 ほととぎす 鳴き渡りぬと ()ぐれども 我れ聞き()がず 花は過ぎつつ
4195 我がここだ (しの)はく知らに ほととぎす いづへの山を 鳴きか越ゆらむ
4196 月立ちし 日より()きつつ うち(しの)ひ 待てど来鳴かぬ ほととぎすかも

京人(みやこひと)に贈る歌二首
4197 (いも)に似る 草と見しより 我が()めし 野辺(のへ)山吹(やまぶき) (たれ)れか()()りし   
4198 つれもなく ()れにしものと 人は言へど ()はぬ日まねみ 思ひぞ我がする

右は、留女(りうぢよ)女郎(いらつめ)に贈らむために、()()(あとら)へらえて作る。女郎はすなはち大伴家持が(いもひと)

十二日に、布勢(ふせ)(みづうみ)に遊覧し、多胡(たこ)(うら)舟泊(ふなどま)りす。藤の花を望みて、おのもおのも(おもひ)を述べて作る歌四首   故地
4199 (ふぢ)(なみ)の 影なす海の 底(きよ)み (しづ)く石をも 玉とぞ我が見る

(かみ)大伴宿禰家持

4200 ()()の浦の 底さへにほふ (ふぢ)(なみ)を かざして行かむ 見ぬ人のため

次官(すけ)内蔵忌寸繩麻呂(くらのいみきつなまろ

)4201 いささかに 思ひて()しを 多の浦に 咲ける(ふぢ)見て (ひと)()()ぬべし

判官(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな

)4202 (ふぢ)(なみ)を (かり)(いほ)に作り (うら)()する 人とは知らに ()()とか見らむ

久米朝臣継麻呂(くめのあそみつぐまろ

)霍公鳥(ほととぎす)()かぬことを(うら)むる歌一首
4203 家に行きて 何を語らむ あしひきの 山ほととぎす (ひと)(こゑ)も鳴け

判官(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな)()()れる保宝葉(ほほがしは)を見る歌二首
4204 我が()()が (ささ)げて持てる ほほがしは あたかも似るか 青き(きぬがさ)   

講師(かうじ)恵行(ゑぎやう

)4205 すめろきの (とほ)()()()()は い()き折り ()()みきといふぞ このほほがしは

(かみ)大伴宿禰家持

(かへ)る時に、浜の上にして月の光を仰ぎ見る歌一首
4206 (しぶ)谿(たに)を さして我が行く この浜に 月夜(つくよ)()きてむ 馬しまし()め   故地

(かみ)大伴宿禰家持

二十二日に、判官(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな)に贈る霍公鳥(ほととぎす)怨恨(うら)むる歌一首 (あは)せて短歌
4207 ここにして そがひに()ゆる 我が()()が 垣内(かきつ)の谷に 明けされば (はり)のさ(えだ)に 夕されば (ふぢ)(しげ)みに はろはろに 鳴くほととぎす 我がやどの 植木(うゑき)(たちばな) 花に散る 時をまだしみ 来鳴かなく そこは(うら)みず しかれども 谷(かた)()きて (いへ)()せる 君が聞きつつ ()げなくも()し 

反歌一首
4208 我がここだ 待てど()()かぬ ほととぎす ひとり聞きつつ 告げぬ君かも

霍公鳥(ほととぎす)()む歌一首 (あは)せて短歌
4209 谷近く 家は()れども ()(だか)くて 里はあれども ほととぎす いまだ来鳴かず 鳴く声を 聞かまく()りと (あした)には (かど)()で立ち (ゆふへ)には 谷を見わたし 恋ふれども (ひと)(こゑ)だにも いまだ聞こえず
4210 (ふぢ)(なみ)の 茂りは過ぎぬ あしひきの 山ほととぎす などか来鳴かぬ

右は、二十三日(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな)(こた)ふ。

処女(をとめ)(はか)の歌に()ひて(こた)ふる一首 (あは)せて短歌   故地
4211 いにしへに ありけるわざの くすばしき 事と言ひ()ぐ 茅渟壮士(ちぬをとこ) 菟原壮士(うなひをとこ)の うつせみの 名を(あらそ)ふと たまきはる (いのち)も捨てて 争ひに (つま)どひしける 娘子(をとめ)らが 聞けば悲しさ (はる)(はな)の にほえ(さか)えて 秋の葉の にほひに照れる あたらしき 身の盛りすら ますらをの (こと)いたはしみ 父母に (まを)し別れて (いへ)(さか)り 海辺(うみへ)に出で立ち (あさ)(よひ)に 満ち()(しほ)の 八重(やへ)(なみ)に (なび)(たま)()の (ふし)()も ()しき(いのち)を (つゆ)(しも)の 過ぎましにけれ (おく)(つき)を ここと(さだ)めて (のち)の世の 聞き継ぐ人も いや(とほ)に (しの)ひにせよと 黄楊(つげ)()(ぐし) しか()しけらし ()ひて(なび)けり
4212 娘子(をとめ)らが (のち)(しるし)と 黄楊(つげ)小櫛(をぐし) ()(かは)()ひて (なび)きけらしも

右は、五月の六日に、興に依りて大伴宿禰家持作る。

4213 東風(あゆ)をいたみ ()()(うら)みに 寄する波 いや千重(ちへ)しきに 恋ひわたるかも

右の一首は、京の丹比(たぢひ)が家に贈る。

挽歌(ばんか)一首 (あは)せて短歌
4214 天地(あめつち)の 初めの時ゆ うつそみの 八十(やそ)(とも)()は、大君(おほきみ)に まつろふものと (さだ)まれる (つかさ)にしあれば 大君の (みこと)(かしこ)み (ひな)(ざか)る 国を(をさ)むと あしひきの 山川へなり 風雲(かぜくも)に (こと)(かよ)へど (ただ)に逢はず 日の重なれば 思ひ恋ひ (いき)づき()ると (たま)(ほこ)の 道()る人の ()(こと)に 我れは語らく はしきよし 君はこのころ うらさびて 嘆かひいます 世間(よのなか)の ()けく(つら)けく 咲く花も 時にうつろふ うつせみも (つね)なくありけり たらちねの ()(はは)(みこと) (なに)しかも 時しはあらむを まそ(かがみ) ()れども()かず 玉の()の ()しぃ盛りに 立つ(きり)の ()せぬるごとく 置く露の ()ぬるがごとく (たま)()なす (なび)()()し 行く水の (とど)めかねてきと たはことか 人の言ひつる およづれか 人の()げくる (あづさ)(ゆみ) (つま)()()(おと)の (とほ)(おと)にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる(なみた) (とど)めかねつも

反歌二首
4215 (とほ)(おと)にも 君が嘆くと 聞きつれば ()のみし泣かゆ (あひ)思ふ我れは
4216 世間(よのなか)の 常なきことは 知るらむを 心尽すな ますらをにして

右は、大伴宿禰家持、婿(むこ)の南の右大臣家の藤原二郎が慈母を(うしな)(うれ)(とぶら)ふ。

五月の二十七日霖雨(ながめ)の晴れぬる日に作る歌一首
4217 ()の花を (くた)長雨(ながめ)の (みづ)(はな)に 寄る()(つみ)なす 寄らむ()もがも   

漁夫(あま)火光(いざりひ)を見る歌一首
4218 (しび)()くと ()()(とも)せる (いざ)り火の ()にか()ださむ 我が(した)思ひを

右の二首は五月。
4219 我がやどの (はぎ)咲きにけり 秋風の 吹かむを待たば いと遠みかも   

右の一首は、六月の十五日に、萩の早花(はつはな)を見て作る。

京師(みやこ)より()()する歌一首 (あは)せて短歌
4220 (わた)(つみ)の 神の(みこと)の み(くし)()に (たくは)ひ置きて (いつ)くとふ 玉にまさりて 思へりし ()が子にはあれど うつせみの 世の(ことわり)と ますらをの 引きのまにまに しなざかる (こし)()をさして ()(つた)の 別れにしより 沖つ波 (とを)(まよ)()き 大船の ゆくらゆくらに 面影(おもかげ)に もとな見えつつ かく恋ひば ()いづく()が身 けだし()へむかも   

反歌一首
4221 かくばかり 恋しくあらば まそ(かがみ) 見ぬ日(とき)なく あらましものを

右の二首は、大伴氏坂上郎女、女子(むすめ)大嬢(おほいらつめ)に賜ふ。

九月の三日に(うたげ)する歌二首
4222 このしぐれ いたくな降りそ 我妹子(わぎもこ)に 見せむがために 黄葉(もみち)取りてむ

右の一首は、(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな)作る。

4223 あをによし 奈良人見むと 我が()()が ()めけむ黄葉(もみち) (つち)に落ちめやも

右の一首は、守大伴宿禰家持作る。

4224 朝霧の たなびく()()に 鳴く(かり)を (とど)め得むかも 我がやどの

()右の一首は、吉野の宮に幸す時に、藤原皇后(ふぢはらのおほきさき)作らす。ただし、いまだ審詳(つばひ)らかにあらず。
十月の五日に、河辺朝臣東人(かはへのあそみあづまひと)(でん)(しよう)してしか云ふ。


4225 あしひきの 山の黄葉(もみち)に しづくあひて 散らむ(やま)()を 君が越えまく

右の一首は、同じき月の十六日に、(てう)(しふ)使()少目(せうさくわん)秦伊美吉石竹(はだのいみきいはたけ)(せん)る時に、(かみ)大伴宿禰家持作る。

雪の日に作る歌一首
4226 この雪の ()(のこ)る時に いざ行かな 山橘(やまたちばな)の ()の照るも見む   

右の一首は、十二月に大伴宿禰家持作る。

4227 (おほ)殿(との)の この(もとほ)の 雪な()みそね しばしばも 降らぬ雪ぞ 山のみに 降りし雪ぞ ゆめ寄るな 人や な踏みそね 雪は

反歌一首
4228 ありつつも 見したまはむぞ (おほ)殿(との)の この(もとほ)りの 雪な()みそね

右の二首の歌は三方沙弥(みかたのさみ)、贈左大臣藤原北卿(ふぢはらのほくきやう)(ことば)()けて作り()む。これを聞きて伝ふるは、笠朝臣子君(かさのあそみこぎみ)。また(のち)に伝へ読むは、越中(こしのみちのなか)の国の(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな)ぞ。

天平勝宝三年
4229 (あらた)しき 年の初めは いや年に (ゆき)()(なら)し (つね)かくにもが

右の一首の歌は、正月の二日に、(かみ)(たち)にして集宴す。時に、降る雪ことに(さは)にして、積みて四尺有り。すなはち、主人(あろじ)大伴宿禰家持、この歌を作る。

4230 降る雪を 腰になづみて ()ゐて()し (しるし)もあるか 年の初めに

右の一首は、三日に(すけ)内蔵忌寸繩麻呂(くらのおみきつななろ)(たち)に会集して(えん)(らく)する時に、大伴宿禰家持作る。

時に、雪を積みて重巌(ちようがん)()てるを()り成し、()()みに草樹の花を(いろど)(いだ)す。これに()きて、(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひろつな)が作る一首
4231 なでしこは 秋咲くものを 君が(いへ)の 雪の(いはほ)に 咲けりけるかも

遊行女婦(うかれめ)蒲生娘子(かまふのをとめ)が歌一首
4232 雪の()() (いはほ)に植ゑたる なでしこは 千代(ちよ)に咲かぬか 君がかざしに   

ここに、諸人酒(たけなは)にして、()()けて(にはとり)鳴く。これによりて、主人(あろじ)内蔵伊美吉繩麻呂(くらのいみきつなまろ)が作る歌一首
4233 うち()()き (とり)は鳴くとも かくばかり 降り敷く雪に 君いまさめやも

(かみ)大伴宿禰家持が(こた)ふる歌一首
4234 鳴く(とり)は いやしき鳴けど 降る雪の 千重(ちへ)()めこそ 我が立ちかてね

太政大臣藤原家の県犬養命婦(あがたのいぬかひのみやうぶ)天皇(すめらみこと)(たてまつ)る歌一首
4235 (あま)(くも)を ほろに()みあだし 鳴る神も 今日(けふ)にまさりて (かしこ)けめやも

右の一首、(でん)(しよう)するは(じよう)久米朝臣広繩(くめのあそみひとつな)ぞ。

死にし妻を()()しぶる歌一首 (あは)短歌 作主いまだ(つばひ)らかにあらず
4236 天地(あめつち)の 神はなかれや (うつく)しき 我が妻(さか)る 光る神 鳴りはた(おとめ)子 (たづさ)はり ともにあらむと 思ひしに 心(たが)ひぬ 言はむすべ ()むすべ知らに ()綿()だすき (かた)に取り()け ()()(ぬさ)を 手に取り持ちて な()けそと ()れは祈れど まきて寝し (いも)手本(たもと)は 雲にたなびく反歌一首
4237 うつつにと 思ひてしかも (いめ)のみに 手本まき()と 見ればすべなし

右の二首、(でん)(しよう)するは()()()()蒲生(かまふ)ぞ。

二月の二日に、(かみ)(たち)に会集し(うたげ)して作る歌一首
4238 君が行き もし(ひさ)にあらば (うめ)(やなぎ) ()れとともにか 我がかづらかむ    

右は、判官(じやう)久米朝臣広繩、(くめのあそみひとつな)正税帳(せいぜいちょう)をもちて、京師(みやこ)に入らむとす。よりて、(かみ)大伴宿禰家持この歌を作る。ただし、越中の風土、梅花柳絮(りうしよ)三月にして初めて咲くのみ。

霍公鳥(ほととぎす)を詠む歌一首
4239 (ふた)(かみ)の ()の上の(しげ)に (こも)りにし そのほととぎす 待てど来鳴かず

右は、四月の十六日に大伴宿禰家持作る。

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