蘆 城

福岡県筑紫野市阿志岐

大宰の諸卿大夫并せて官人等、筑前の国の蘆城の駅家にして宴する歌二首

をみなへし 秋萩交る 蘆城の野 今日を始めて 万代に見む  巻8−1530

玉匣 蘆城の川を 今日見ては 万代までに 忘れえめやも  巻8−1531

蘆城の野・宝満山

蘆城の駅家跡(推定地)

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蘆城

大宰府から東南に数`、今も地名に阿志岐を残す「蘆城の野」はある。

東北に宝満山(868b)を置く。

田園風景の中に「蘆城の駅家跡(推定地)」があり、盛られた土丘があった。

あくまで推定の地ではあろうが、この辺りで旅人や億良たちが宴を催したという。

万代まで忘れないと云った風景を今私は目にしている。

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万葉歌碑


筑紫野市吉木 吉木小学校
巻8−1530

筑紫野市阿志岐 大宮司橋近く
巻8−1531

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大宰帥大伴卿、大納言に任けらえて京に入る時に臨み、府の官人ら、卿を筑前の国蘆城の駅家に餞する歌四首

み崎みの 荒磯に寄する 五百重波 立ちても居ても 我が思へる君  巻4−568

韓人の 衣染むといふ 紫の 心に染みて 思ほゆるかも  巻4−569

大和へ 君が発つ日の 近づけば 野に立つ鹿も 響めてぞ鳴く  巻4−570

月夜よし 川の音清し いざここに 行くも行かぬも 遊びて行かむ  巻4−571


蘆城の川(宝満川)

万葉歌碑


筑紫野市吉木 宝満川近く
巻4−569

筑紫野市阿志岐六本松
巻4−571

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