松浦川  玉島川

佐賀県唐津市浜玉町佐賀県唐津市七山

松浦川に遊ぶ序

余、たまさかに松浦の県に往きて逍遥し、いささかに玉島の潭に臨みて遊覧するに、たちまちに魚を釣る娘子らに値ひぬ。

花容双びなく、光儀匹ひなし。柳葉を眉の中に開き、桃花を頬の上に発く。意気は雲を凌ぎ、風流は世に絶れたり。

僕、問ひて「誰が郷誰が家の子らぞ、けだし神仙にあらむか」といふ。

娘子ら、みな咲み答へて「児等は漁夫の舎の児、草庵の微しき者なり。郷もなく家もなし。何ぞ称り云ふに足らむ。

ただ性水に便ひ、また心山を楽しぶ。あるいは洛浦に臨みて、いたづらに玉魚を羨しぶ、あるいは巫峡に臥して、空しく煙霞を望む。

今たまさかに貴客に相遇ひ、感応に勝へず、すなはち欸曲を陳ぶ。今より後に、あに偕老にあらざるべけむ」といふ。

下官、対へて「唯々、敬みて芳命を奉はらむ」といふ。時に、日は山の西に落ち、驪馬去なむとす。

つひに懐抱を申べ、よりて詠歌を贈りて曰はく、


あさりする 海人の子どもと 人は言へど 見るに知らえぬ 貴人の子と  巻5−853

答ふる詩に曰はく、

玉島の この川上に 家はあれど 君を恥しみ あらはさずありき  巻5−854

蓬客のさらに贈る歌三首

松浦川 川の瀬光り 鮎釣ると 立たせる妹が 裳の裾濡れぬ  巻5−855

松浦なる 玉島川に 鮎釣ると 立たせる子らが 家道知らずも  巻5−856

遠つ人 松浦の川に 若鮎釣る 妹が手本を 我れこそまかめ  巻5−857

娘子らがさらに報ふる歌三首

若鮎釣る 松浦の川の 川なみの 並にし思はば 我れ恋ひめやも  巻5−858

春されば 我家の里の 川門には 鮎子さ走る 君待ちがてに  巻5−859

松浦川 七瀬の淀は 淀むとも 我れは淀まず 君をし待たむ  巻5−860

後人の追和する詩三首 師老

松浦川 川の瀬早み 紅の 裳の裾濡れて 鮎か釣るらむ  巻5−861

人皆の 見らむ松浦の 玉島を 見ずてや我れは 恋ひつつ居らむ  巻5−862

松浦川 玉島の浦に 若鮎釣る 妹らを見らむ 人の羨しさ  巻5−863

玉島川上流(七山)

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この「松浦川に遊ぶ」の歌群は大伴旅人の作といわれている。

娘子たちが若鮎を釣るというのは、『古事記』・『日本書紀』の神功皇后の故事を踏まえたもの、『記紀』の当該部を紹介。

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『古事記』

また筑紫の末羅県の玉島里に到りまして、その河の辺に御食したまひし時、四月の上旬に当たりき。

ここにその河中の礒に坐して、御裳の糸を抜き取り、飯粒を餌にしてその河の年魚を釣りたまひき。

その河の名を小河と謂ふ。またその礒の名を勝門比賣と謂ふ。

かれ、四月の上旬の時、女人裳の糸を抜き、粒を餌にして年魚を釣ること、今に至るまで絶えず。

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『日本書紀』

夏四月三日、北方の肥前国松浦県にいき、玉島里の小川のほとりで食事をされた。

皇后は針を曲げて釣針をつくり、飯粒を餌にして、裳の糸をとって釣糸にし、河の中の石に登って、釣針を垂れて神意をうかがう占いをして、

「私は西の方の財の国を求めています。もし事を成すことができるなら、河の魚よ釣針を食え」といわれた。

竿をあげると鮎がかかった。皇后は「珍しい魚だ」といわれた。

ときの人はそこを名づけて梅豆羅国という。今、松浦というのはなまったものである。

それでその国の女の人は、四月の上旬になるたびに、針を垂れて年魚をとることが今も絶えない。

ただし、男は釣っても魚を獲ることができない。

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訪ねた玉島町は、神功皇后の故事を伝える。

「御立石」という大きな石が玉島川沿いにあり、神功皇后がこの石の上から鮎を釣ったという。

山上億良は巻5−869で 「足比売 神の命の 魚釣らすと み立たしせりし 石を誰れ見き」とこの「御立石」を詠う。

億良が詠んだ石、その石が今私が見ているこの石だ。

松浦川(玉島川)は今も水清く、川遊びに戯れる子どもたちを見かけた。鮎は獲れただろうか、男の子は無理だぞ、きっと!

「御立石」の傍には神功皇后を祀る玉島神社があり、境内には皇后が釣竿にしたという篠竹まで在る。

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玉島神社

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唐津市浜玉町・七山の万葉歌碑


浜玉町浜崎 万葉の里公園
巻5−854

浜玉町浜崎 万葉の里公園
巻5−859

浜玉町浜崎 万葉の里公園
巻5−861


浜玉町浜崎 万葉の里公園
巻5−860

浜玉町浜崎 万葉の里公園
巻5−869

浜玉町浜崎 万葉の里公園
巻5−874


浜玉町南山
玉島神社前「神后御立石」傍
巻5−863

浜玉町五反田
飴源料理店前
巻5−854

七山滝川
鳴神公園
巻5−854

七山滝川
観音の滝遊歩道
巻5−860

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