辛 崎 唐 崎

滋賀県大津市唐崎

近江の荒れたる都を過ぐる時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌

楽浪の 志賀の辛崎 幸くあれど 大宮人の 舟待ちかねつ  巻1−30

「辛崎」は、現在唐崎という名で、唐崎神社辺りをいう。

壬申の乱で近江朝廷が滅びた後、20年後に柿本人麻呂がこの地を訪れた時の歌である。

大津宮とされる地は、現在の大津市錦織町辺りで、この唐崎から4`余りのところにある。

「あかねさす・・・」「紫草の・・・」、天智天皇7年5月5日、

「蒲生野の縦猟」には額田王・大海人皇子・天智天皇は揃ってこの唐崎の港から対岸の蒲生野を目指したのであろう。

写真は唐崎神社境内からの琵琶湖。遠くに三上山(近江冨士)が望める。

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唐崎神社

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近くの唐崎苑(唐崎1丁目)に、万葉歌碑がある。

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