依羅娘子生誕地

島根県江津市二宮町神主

依羅娘子(恵良媛)が生まれたところ(歌碑のある君寺辺り)

依羅娘子(恵良媛)の由来

「およそ1300年の昔、角の里の恵良に那賀の郡の郡庁があった頃(角の里は現在の二ノ宮町)、

石見の国の初代国守として、柿本人麻呂が都より赴任したおり、神主恵良の豪家の娘で人麻呂に請われて妻になった人である。」

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人麻呂の国守説は初めて聞くが、この地で依羅娘子を妻に娶ったという話はすばらしい。由緒はさらに、

「角の里人は、「恵良媛」と愛称で呼び、才色兼備の女性で人麻呂と歌をよく詠み、或いは治政や殖産に内助の功があったと云われている。」

と、紹介する。この伝承は地元ではきっと自慢の話で、恵良媛は憧れの女性であろう。私もファンのひとりだが。

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二宮町神主の二宮交流館にこの伝承の里碑(裏面が万葉歌)と由来書板がある。

さらにここより少し山手に上ると、君寺という小祠があり、ここが生誕地と紹介されている。万葉歌碑がある。

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万葉歌と歌碑を紹介

柿本朝臣人麻呂が妻依羅娘子、人麻呂と相別るる歌一首

な思ひと 君は言へども 逢はむ時 いつと知りてか 我が恋ひずあらむ  巻2−140

依羅娘子生誕地二宮町神主 君寺そば

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柿本朝臣人麻呂が死にし時に、妻依羅娘子が作る歌二首

今日今日と 我が待つ君は 石川の 峡に交りて ありといはずやも  巻2−224

直に逢はば 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ  巻2−225

二宮町神主 二宮交流館 「依羅娘子生誕伝承の里」碑 碑陰

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