たちばな

ほととぎす 来鳴き響もす 橘の 花散る庭を 見む人や誰れ  巻10−1968

タチバナ

暖地の沿岸地にまれに自生する日本特産種で、高さ2〜4bになり、葉腋に刺がある。

葉は互生し、長さ3〜6aの楕円形披針形で革質。

6月頃、枝先の葉腋に直径約2aの白い花が開く。

花弁と萼片は5個。

果実は直径2.5〜3aの扁球形。果皮は黄色で薄く、袋は6〜8個。酸っぱくて食べられない。

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「右近の橘」といわれるが、万葉ではもっと広くミカン類をタチバナと呼んでいるように思う。

現在、おいしく食べているウンシュウミカンやイヨミカンの原種のようなミカン類や、ユズ・ダイダイの類と思う。

ただし、万葉では香りが良いとは表現されていて、玉に貫く素材ではあるが、美味しく食べますという表現はない。

後世、どんどん品種改良されて美味しい果物類になった柑橘類の原種であろう。

ホトトギスがこれはダイダイ、これはユズ・スダチ、これはナツミカン、キンカンなんて分けられなかっただろうし、

花はよく似ているのでみんな「花橘」としてその枝で鳴いていただろう。

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『枕草子』には

四月のつごもり、五月のついたちの頃ほひ、橘の葉のこくあをきに、花のいとしろう咲きたるが、

雨うちふりたるつとめてなどは、世になう心あるさまにをかし。

花のなかよりこがねの玉かと見えて、いみじうあざやかに見えたるなど、

朝露にぬれたるあさぼらけの桜におとらず。

ほととぎすのよすがとさへおもへばにや、なほさらにいふべうもあらず。

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『万葉集』に詠まれた「たちばな」は六十九首

橘の 蔭踏む道の 八衢に 物をぞ思ふ 妹に逢はずして  巻2−125

橘を やどに植ゑ生ほし 立ちて居て 後に悔ゆとも 験あらめやも  巻3−410

我妹子が やどの橘 いと近く 植ゑてし故に ならずはやまじ  巻3−411

・・・ ほととぎす 鳴く五月には あやめぐさ 花橘を 玉に貫き かづらにせむと ・・・  巻3−423

橘は 実さへ花さへ その葉さへ 枝に霜降れど いや常葉の木  巻6−1009

橘の 本に道踏む 八衢に 物をぞ思ふ 人に知らえず  巻6−1027

鏡なす 我が見し君を 阿婆の野の 花橘の 玉に拾ひつ  巻7−1404

橘の 花散る里の ほととぎす 片恋しつつ 鳴く日しぞ多き  巻8−1473

我がやどの 花橘の いつしかも 玉に貫くべく その実なりなむ  巻8−1478

我がやどの 花橘に ほととぎす 今こそ鳴かめ 友に逢へる時  巻8−1481

我が背子が やどの橘 花をよみ 鳴くほととぎす 見にぞ我が来し  巻8−1483

我がやどの 花橘を ほととぎす 来鳴かず地に 散らしてむとか  巻8−1486

我がやどの 花橘は 散り過ぎて 玉に貫くべく 実になりにけり  巻8−1489

君が家の 花橘は なりにけり 花なる時に 逢はましものを  巻8−1492

我がやどの 花橘を ほととぎす 来鳴き響めて 本に散らしつ  巻8−1493

五月の 花橘を 君がため 玉にこそ貫け 散らまく惜しみ  巻8−1502

暇なみ 五月をすらに 我妹子が 花橘を 見ずか過ぎなむ  巻8−1504

・・・ 生ふる橘 玉に貫く 五月を近み あえぬがに 花咲きにけり ・・・  巻8−1507

望ぐたち 清き月夜に 我妹子に 見せむと思ひし やどの橘  巻8−1508

妹が見て 後も鳴かなむ ほととぎす 花橘を 地に散らしつ  巻8−1509

・・・ 来鳴き響もし 橘の 花を居散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし ・・・  巻9−1755

ほととぎす 花橘の 枝に居て 鳴き響もせば 花は散りつつ  巻10−1950

ほととぎす 来居も鳴かぬか 我がやどの 花橘の 地に落ちむ見む  巻10−1954

橘の 林を植ゑむ ほととぎす 常に冬まで 住みわたるがね  巻10−1958

風に散る 花橘を 袖に受けて 君がみ跡と 偲ひつるかも  巻10−1966

かぐはしき 花橘を 玉に貫き 贈らむ妹は みつれてもあるか  巻10−1967

ほととぎす 来鳴き響もす 橘の 花散る庭を 見む人や誰れ  巻10−1968

我がやどの 花橘は 散りにけり 悔しき時に 逢へる君かも  巻10−1969

雨間明けて 国見もせむと 故郷の 花橘は 散りにけむかも  巻10−1971

橘の 花散る里に 通ひなば 山ほととぎす 響もさむかも  巻10−1978

五月山 花橘に ほととぎす 隠らふ時に 逢へる君かも  巻10−1980

片縒りに 糸をぞ我が縒る 我が背子が 花橘を 貫かむと思ひて  巻10−1987

我れこそば 憎くもあらめ 我がやどの 花橘を 見には来じとや  巻10−1990

橘を 守部の里の 門田早稲 刈る時過ぎぬ 来じとすらしも  巻10−2251

橘の 本に我を立て 下枝取り ならむや君と 問ひし子らはも  巻11−2489

・・ 島の崎々 あり立てる 花橘を ほつ枝に もち引き懸け ・・・  巻13−3239

・・・ 橘の ほつ枝を過ぎて この川の 下にも長く 汝が心待て  巻13−3307

・・・ 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝をすぐり この川の ・・・  巻13−3309

橘の 古婆の放髪が 思ふなむ 心うつくし いで我れは行かな  巻14−3496

小里なる 花橘を 引き攀ぢて 折らむとすれど うら若みこそ  巻14−3574

我がやどの 花橘は いたづらに 散りか過ぐらむ 見る人なしに  巻15−3779

橘の 照れる長屋に 我が率寝し 童女放髪に 髪上げつらむか  巻16−3823

橘は 常花にもが ほととぎす 住むと来鳴かば 聞かぬ日なけむ  巻17−3909

ほととぎす 何の心ぞ 橘の 玉貫く月し 来鳴き響むる  巻17−3912

橘の にほへる香かも ほととぎす 鳴く夜の雨に うつろひぬらむ  巻17−3916

橘の にほへる園に ほととぎす 鳴くと人告ぐ 網ささましを  巻17−3918

鶉鳴く 古しと人は 思へれど 花橘の にほふこのやど  巻17−3920

玉に貫く 花橘を ともしみし この我が里に 来鳴かずあるらし  巻17−3984

我がやどの 花橘を 花ごめに 玉にぞ我が貫く 待たば苦しみ   巻17−3998

橘の とをの橘 八つ代にも 我れは忘れじ この橘を  巻18−4058

橘の 下照る庭に 殿建てて 酒みづきいます 我が大君かも  巻18−4059

月待ちて 家には行かむ 我が挿せる 赤ら橘 影に見えつつ  巻18−4060

常世物 この橘の いや照りに 我ご大君は 今も見るごと  巻18−4063

大君は 常磐にまさむ 橘の 殿の橘 ひた照りにして  巻18−4064

ほととぎす いとねたけくは 橘の 花散る時に 来鳴き響むる   巻18−4092

・・・ あやめぐさ 花橘に 貫き交へ かづらにせよと 包みて遣らむ  巻18−4101

白玉を 包みて遣らば あやめぐさ 花橘に あへも貫くがね  巻18−4102

・・・ 紅の にほひ散れども 橘の なれるその実は ひた照りに ・・・  巻18−4111

橘は 花にも実にも 見つれども いや時じくに なほし見が欲し  巻18−4112

・・・ あやめぐさ 花橘を 娘子らが 玉貫くまでに あかねさす ・・・  巻19−4166

ほととぎす 来鳴く五月に 咲きにほふ 花橘の かぐはしき ・・・   巻19−4169

ほととぎす 来鳴き響めば 草取らむ 花橘を やどには植ゑずて  巻19−4172

・・ あやめぐさ 花橘を 貫き交へ かづらくまでに 里響め ・・・  巻19−4180

・・・ 心なぐさに ほととぎす 鳴く初声を 橘の 玉にあへ貫き かづらきて ・・・  巻19−4189

・・・ 鳴くほととぎす 我がやどの 植木橘 花に散る 時をまだしみ 来鳴かなく・・・  巻19−4207

・・・ 赤る橘 うずに刺し 紐解き放けて 千年寿き 寿き響もし ・・・  巻19−4266

島山に 照れる橘 うずに刺し 仕へまつるは 卿大夫たち   巻19−4276

橘の 美袁利の里に 父を置きて 道の長道は 行きかてのかも  巻20−4341

橘の 下吹く風の かぐはしき 筑波の山を 恋ひずあらめかも  巻20−4371

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