風の盆

富山市八尾町

”浮いたか瓢箪 軽そに流れる 行き先ア 知らねど あの身になりたや”

二百十日の秋風が吹くと、富山・八尾の町に「おわら風の盆」の唄が流れる。町の角から三味の音、胡弓の音が風に乗り、それはどこか物憂げな悲しさ淋しさを耳元に伝える。
ぼんぼりには淡い灯がともり、山村の小さな町を幻想の世界に誘う。

9月1日、八尾の町を訪ねた。
八尾町は、最近富山市と合併し富山市八尾町となったが、旧八尾町は人口22000人の小さな町である。
ここ南北3`の街中で「風の盆」が催される。私の中では”浮いたか瓢箪・・・”という遊女の悲しい哀愁の漂うイメージがあるが、もちろん町をあげてのお祭りで、それは豊年を祝う感謝のお祭りであり、日常の生活の喜びごとを囃しにして踊る、町を練り歩く祭りでもあるという。

午後3時、どこのお祭りにも見られる子どもたちのうきうきした顔から始まる。

このお祭り、昼の部、夜の部、深夜の部の三部構成のようだ。

昼の部が始まる。11の町の単位があり、一斉ではないがあちこちの町で「輪踊り」が始まった。

踊り手と地方じかたに分かれる。踊り手は男女それぞれの衣装に編笠をかぶり、地方は太鼓・三味線・胡弓だ。そして囃し手が独特の節回しで唄う。

少々の時間差はあるが、11の町全部は見られない。上は西新町、下は諏訪町の輪踊り。町によって浴衣の色柄が異なる。昼は子どもたちも踊る。次の世代への引継ぎでもあろう。

編笠の折り目からほんの少し覗かせる踊り手の顔、そして襟足、きれいだ。夢中でシャッターを押した。

胡弓を弾く若者、凛々として美しい。

輪踊りは町流しに移る。多分に観光客サービスもあろう。練り歩く。

夕刻、聞名寺の境内では踊りの指導が行われていた。一緒に輪に入っておどりましょうと誘っている。
ここお寺の踊り手さん、仏様のおそば近くですからちょっとご年配の方が多い。(どういう意味?)。でも本堂で模範踊りをする先生はきれいな紫の衣装、この方も美しい!しなやかな指先の表情、この踊りの基本という。

お腹が空いて、たこ焼き食べながら踊り指導を受けた。

5時を回ると、全ての町が休憩に入る。7時まで。私たちも夕食タイム。この町、レストランらしきものはない。屋台と弁当屋さんが賑わう。鱒ずしと缶ビールを買って川原に下りた。きれいに整備された芝生の上で、食事。疲れた。

川原ではみんなが弁当を開けている。むかしの「アベック」が、京都の鴨川のように等間隔に座り仲良く食事をしていた。ちょっと髪の薄い、白髪の、カップルだ。微笑ましい。私の仲間は酔って眠ってしまった。

橋の上を見て驚いた。すごい人の波、旗を持つガイドを先頭に50人100人の団体さんがぞろぞろと会場に向う。このちいさな町に、あの狭い路地に、これからどうなるのだろう。翌日の新聞で知ったが、今夜6万人が集ったという。

夜の部。踊りの写真がほとんどない。会場となる町に戻ると、身動きできないほどの人の群。お囃子が聞こえ始めると一斉に人群が動く。気の弱い私などは30bも50bもの先で何が行われているのか皆目わからない。
そして突然の雨。通り雨というけれど、踊り手、地方の人は公民館に入ってしまう。踊りは止む。大切な衣装、そして三味・胡弓を濡らすことはできない。
観光客は軒下に非難する。そして何時始まるか分らない踊りをじっと待つ。

大阪から来たというツアーのおばちゃんが嘆く。
昼難波を発ってバスの中で昼ごはん、金沢のレストランで不味い夕食、ようやく7時ごろに着いたら雨。まだ何も見てない。バスの集合が11時半、踊り見られますか!9800円も払ったのに。

雨は上った。でも公式の踊りは中止になった。後は有志の踊り手さん、地方さんの厚意を待つのみ。

9時頃、雨は上った街中に三味の音が聞こえた。数人の踊り手が音に合わせて動く。一緒になって踊りに参加する人がいる。ようやくにお祭りの雰囲気が始まった。

この先頭切って踊り始めてくれた女性、「丹波さん」ありがとう。(後でこっそりお名前聞いてしまった。ナンパではない。)
あちこちで始まったようだが、人が多くて移動ができない。しかもどこで始まったかなど全く情報は届かない。私たちはここにいて丹波さんと記念写真を撮った。(公開しませんよ)

夜の部だけのツアーの方はご不満だろうなあ。でも「風の盆」を怨まないで。雨を怨んでも。
私たちは「深夜の部」、これはホントに予定のない踊り、有志が興に乗って始まるもの、でもこれが観光用ではない本当の風の盆ともいう。車で仮眠して待つことにした。

深夜の部、12時半会場となる町に戻った。団体客はいない。商店街の明かりもほとんどが消える。淡いぼんぼりだけが浮ぶ。居残った私たちのような連中の足音が響く。そして遠くから三味の音は聞こえてきた。それは先ほどまでの喧騒の中での音色ではない、どこか物悲しい三味の音、胡弓の音。足早に音色を追った。

若者たちのグループ、編笠を背に踊る。胡弓の音に自ら酔うような地方さん。力強い男踊り、艶やかな女踊り、囃し方の声が響く。
時計を見ると2時をすでに回っていた。

ふと細い路地に目を遣る。石段に腰をかけひとり胡弓を弾く女性がいた。その音色はどこまでも悲しく、どこまでも美しく、心に響く。立ち尽くした。静かに聞き入る。どこまでも悲しい。どこまでも美しい。心に響く。・・・・・・。


”浮いたか瓢箪 軽そに流れる 行き先ア 知らねど あの身になりたや”


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風の盆恋歌 石川さゆり

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