櫟野寺
甲賀市甲賀町櫟野
 
 
十一面観音坐像
 
延暦11年(792年)、最澄は比叡山の延暦寺を開くため、木材を求めてこの甲賀を訪れた。その際櫟樹の立木を伐って十一面観音を彫り、本尊としたのが櫟野寺の開山といわれる。本尊十一面観音は、高さ3.3bの一木造で、日本最大の十一面観音坐像という。
延暦21年(802年)には、坂上田村麻呂が鈴鹿の山賊を追討するにあたってこの観音に祈願したという。その験により大同元年(806年)田村麻呂が一宇を建立、自像を彫刻し、観音堂に参詣した者には子孫の長久・安産・眼病の効験があることを誓ったという。寺蔵の毘沙門天像は、弘仁年間(810〜824年)に村人が田村麻呂の威徳に感じてその姿を作像したものと伝える。
ちょっと汗ばむほどにさわやかな日、湖南市の三寺を訪れたが、この地甲賀市まで足を延ばした。
櫟野寺は本尊十一面観音が名高く、またこの甲賀が、壬申の乱のとき高市皇子が鹿深の道を越えて大海人皇子と合流したという「鹿深の地」であるなど、再び訪れたいと思っていた。近くには油日神社もあり、何度も訪れた地なのだか櫟野寺は初めてである。
もちろん十一面観音を拝観したいと思っていたが、やはり今日はクローズ。年に何度かの開帳があるとのこと。また訪ねよう。
境内には、樹齢2500年という櫟の老木があったというが、今は根跡を残すのみである。ところが、ネットで当寺の情報を求めると、枯れてはいるがこの櫟の写真が出てくる。どうやら最近になってこの老木は伐られたようだ。また樹齢1200年、最澄が植樹したというマキの木がある。こちらは今も元気に葉を着けている。
昭和43年本堂は火災で焼失。45年再建されるも残念ながら趣きには欠ける。殆どの寺宝が難を免れたことは幸いであった。
 
樹齢2500年といわれた
櫟の木(写真借用)
今は無い
樹齢1200年、元気な槙の木

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