渡忠秋 歌碑

高島市安曇川町南船木

南船木の西光寺の境内に、渡忠光の歌碑が立つ。

渡忠光は京都に出、桂園派香川景樹に入門、和歌を研鑚する。

右大臣三条実万に歌道をもって仕えるが、明治7年(1874)、宮内省雇歌道御用掛に任命される。

明治10年(1877)には、宮中御歌始に一首を、翌年には宮中御歌始に召歌を詠進する。

また、比叡山などの遺跡に歌碑を建立し、紀貫之や山部赤人の顕彰に尽力する。

ちなみに、東近江市蒲生の山部神社の赤人廟碑(万葉歌碑)が明治元年に建立されている。

後の世も また夢ならば 花に飛ぶ 嵯峨野の蝶と 我はなりなん

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高島 安曇川 渡忠秋

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万葉集を携えて

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