慈眼堂 阿弥陀如来石像
滋賀県大津市坂本4丁目
 
 
慈眼堂は、
 
比叡山焼打ち後の復興に力を注ぎ、徳川家康・秀忠・家光の三代将軍に仕えた慈眼大師南光坊天海大僧正の廟所である。
 
墓所の上段、石垣沿いに阿弥陀如来石像が並ぶ。
 
傍らの説明に、
 
近江国観音寺城主六角承禎が、母の菩提のために母の郷里近江鵜川の地に、弥陀の本願に基づき、
 
弥陀の石仏四十八体を奉安した。
 
そのうち十三体を、江戸初期に天海大僧正が当地に移したものである。
 

 

 

 

 

 

 

一列整然と阿弥陀さまが並ぶ。

一体一体の写真を撮り終えて、下段にある紫式部や清少納言の供養塔の写真撮影に移動した。

慈眼堂の写真も撮り終え、ほっとして帰路に着いた。

家に帰って、写真の整理をして驚いた。阿弥陀さまが十二体しかおられない。あれっ!

一体一体ていねいに写真を撮ったつもりなのに・・・なんで一体だけもれてるのだ。

数日後、あらためて慈眼堂を訪ねた。

阿弥陀さまの前に立ち、一体、二体、三体、数えてみた。十二体しかおられない。

困ってしまった。ちょうどそこに庭の落ち葉をかき集めている老翁がいた。

尋ねてみると、一体は一列から離れ、ちょっと左手の坂道をあがったところにおられるとおしえてくださった。

あった、あった。十三体目の阿弥陀さまが。

・・・

こっそり書くけど、

この十三体の阿弥陀さま、どんな経緯でここに座しておられるのかは分らないが、

それが天海さまという高僧のお指図だったとしても、

やっぱり元の高島市鵜川の地に戻してあげるべきと思う。

参照  鵜川四十八体石仏群

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近江の石仏 滋賀県 慈眼堂 阿弥陀如来石像 十三体

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