「会津八一の南京」 歌碑を訪ねて

上宮遺跡公園

法隆寺村にやどりて

いかるが の さと の をとめ は よもすがら

きぬはた おれり あき ちかみ かも

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やどりて

ここに詠める機(ハタ)の音は、作者が明治四十一年(1908)の八月、夢殿に近き「かせや」といへる宿屋にやどりて、

夜中村内を散歩して聞きしものなり。

高浜虚子君が『斑鳩物語』の中に、同じ機の音を点出されしは、この前年なりしが如し。

しかるに、この後久しからずして、この機の筬(ヲサ)の音は再びこの里には聞えずなりしといふ。

きぬはた

作者の意は、絹を織る機といふにあらず、衣料のための機といふにあり。

あきちかみかも

「ちかみ」は、近くなりたればにやといふこと。「かも」は軽く疑ひて感動をあらはす助詞。秋の近づきたるにやといふなり。

                                                                  『南京新唱』より

法隆寺外壁

八一が夜の散歩をした道かもしれない。

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奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺南

「会津八一の南京」

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「万葉集を携えて」

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