大伽耶・新羅の旅

慶州市 武烈王陵(金春秋)

慶尚北道 慶州市西岳洞

新羅第29代太宗武烈王(金春秋)

唐と連合して百済を滅亡させ、三国統一を成し遂げる基盤を作ったが、統一を目前にして亡くなった。

『日本書紀』にも登場し、「質むかはり」として来日したとある。

王陵碑  国宝第25号

碑身は破損して、亀形の亀趺と龍が彫られた?首だけが残る。

韓国の碑は、「碑身」と、それにかぶせる「?首」、土台の「亀趺」からできているが、碑文は失われたものが多い。

?首には、六匹の龍が絡み合っており、また武烈王の次男金仁門の書いた「太宗武烈王之碑」の文字が陽刻されている。

武烈王陵の後方に4基の陵が並ぶ。

法興王・真興王・真智王、そして武烈の父文興大王ともいわれるが、詳らかではない。

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武烈王陵と道をはさんで2基の古墳がある。

 

左・金仁門墓     右・金陽墓

金仁門(629〜694)は、武烈王の次男、文武王の弟で、中国・唐で活躍し、帰国して金信とともに新羅統一に尽した。

金陽(808〜857)は、武烈王の後9代目の子孫。

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