山辺の御井 毛原廃寺 奈良県山辺郡山添村毛原 和銅五年壬子の夏の四月に、長田王を伊勢の斎宮に遣はす時に、山辺の御井にして作る歌 山辺の 御井を見がてり 神風の 伊勢娘子ども 相見つるかも 巻1−81 毛原廃寺には大きな礎石が残っていた。 大寺院の伽藍が建立されていたと想像されるが、詳しくはわからないそうだ。 その一画に「山辺の御井」と書かれた石碑があり、万葉の歌はこの碑陰に刻まれている。 傍には古井戸もある。径1.2b深さ7.5bの円形形をした巣掘りの井戸である。 この毛原には、「古エ京原ト称シ帝都タリシ当時ノ飲料水(天子ノ御井トモ言ウ)ナリシト」という口碑が在り、 この井戸が「山辺の御井」との伝承につながる。 ・・・・・ 近くの畑で農作業をする農婦が、抜き取った玉ねぎをこの礎石の上に並べ、仮干しをしていた。 ちょっと取り除いてもらって写真を撮り、また元通りにお手伝いをした。 |
万葉集 万葉故地 山辺郡山添村 山辺の御井