巻二十 4293〜4320

萬葉集 巻第二十

山村(やまむら)幸行(いでま)す時の歌二首

先太上天皇(さきのおほきすめらみこと)陪従(べいじゆ)王臣(わうしん)(みことのり)して(のりたま)はく、「それ諸王卿等(しよわうきやうら)、よろしく(こた)ふる歌を()して(まを)すべし」とのりたまふ。すなはち口号(くちずさ)びて曰はく、

4293 あしひきの 山行きしかば (やま)(びと)の ()れに()しめし 山づとぞこれ

舎人親王(とねりのみこ)(みことのり)(こた)へて(こた)へまつる歌一首
4294 あしひきの 山に()きけむ (やま)(びと)の 心も知らず 山人や()

右は、天平勝宝五年の五月に、大納言藤原朝臣が家に()る時に、事を(まを)すによりて(せい)(もん)する間に、少主鈴(せうしゆれい)山田史土麻呂(やまだのふびとつちまろ)少納言(せうなごん)大伴宿禰家持に語りて()はく、「昔、この(こと)を聞く」といふ。すなはちこの歌を(うた)ふ。

八月の十二日に、(ふたり)(みたり)大夫等(まへつきみたち)、おのもおのも()(しゆ)()りて高円(たかまと)()に登り、いささかに所心(おもひ)を述べて作る歌三首   故地
4295 高円の ()(ばな)吹き越す 秋風に (ひも)()()けな (ただ)ならずとも

右の一首は左京少進(さきやうのせうしん)大伴宿禰池主(いけぬし)

4296 (あま)(くも)に (かり)ぞ鳴くなる 高円の (はぎ)(した)()は もみちあへむかも   

右の一首は左中弁(さちゆうべん)中臣清麻呂朝臣(なかとみのきよまろあそみ)

4297 をみなへし 秋(はぎ)しのぎ さを鹿の 露別け鳴かむ 高円(たかまと)の野ぞ   

右の一首は少納言(せうなごん)大伴宿禰家持。

六年の正月の四日に、(うぢ)(うから)の人等、少納言(せうなごん)大伴宿禰家持が(いへ)()(つど)ひて宴飲(うたげ)する歌三首
4298 霜の(うへ)に (あられ)(ばし)り いや増しに ()れは()()む 年の()長く 古今いまだ(つばひ)らかにあらず

右の一首は左兵衛督(さひやうゑのかみ)大伴宿禰千室(おほとものすくねちむろ)

4299 年月(としつき)は (あら)(あら)たに (あひ)()れど ()()ふ君は ()()らぬかも  古今いまだ(つばひ)らかにあらず

右の一首は民部少丞(みんぶのせうじよう)大伴宿禰村上(おほとものすくねむらかみ)

4300 (かすみ)立つ 春の初めを 今日(けふ)のごと 見むと(おも)へば 楽しとぞ()

右の一首は左京少進(さきやうのせうしん)大伴宿禰池主(いけぬし)

()

七日に、天皇(すめらみこと)太上天皇(おほきすめらみこと)皇太后(おほきさき)(ひむかし)常宮(つねのみや)に南の大殿に(いま)して肆宴(とよのあかり)したまふ歌一首

4301 印南野(いなみの)の (あか)(がしは)は 時はあれど 君を()()ふ 時はさねなし

右の一首は、播磨(はりま)の国の(かみ)安宿王(あすかべのおほきみ)(まを)す。古今いまだ(つばひ)かにあらず

三月の十九日に、家持が(たどころ)(かど)(つき)()の下にして宴飲(うたげ)する歌二首

4302 山吹(やまぶき)は ()でつつ()ほさむ ありつつも 君()ましつつ かざしたりけり   

右の一首は置始連長谷(おきそめのむらじはせ)

4303 ()()()が やどの山吹(やまぶき) 咲きてあらば やまず(かよ)はむ いや年のはに

右の一首は、長谷(はせ)、花を()(つぼ)()りて到り()。これによりて、大伴宿禰家持、この歌を作りて(こた)ふ。

同じ月の二十五日に、左大臣橘卿(たちばなのまへつきみ)山田御母(やまだのみおも)(いへ)にして(うたげ)する歌一首

4304 山吹(やまぶき)の 花の盛りに かくのごと 君を見まくは ()(とせ)にもがも

右の一首は、少納言(せうなごん)大伴宿禰家持、時の花を()て作る。ただし、いまだ出ださぬ間に、大臣宴を()めて、()(うた)はなくのみ。

霍公鳥(ほととぎす)を詠む歌一首

4305 ()(くれ)の (しげ)()()を ほととぎす 鳴きて越ゆなり 今し()らしも

右の一首は、四月に大伴宿禰家持作る。

七夕(しちせき)の歌八首

4306 初秋風 涼しき(ゆふへ) ()かむとぞ (ひも)は結びし (いも)に逢はむため
4307 秋と言へば 心ぞ痛き うたて()に 花になそへて 見まく()りかも
4308 (はつ)()(ばな) 花に見むとし (あま)(がは) (へな)りにけらし 年の()長く    
4309 秋風に (なび)(かは)びの にこ草の にこよかにしも 思ほゆるかも
4310 秋されば (きり)立ちわたる 天の川 (いし)(なみ)置かば ()ぎて見むかも
4311 秋風に 今か今かと (ひも)()きて うら待ち()るに 月かたぶきぬ
4312 (あき)(くさ)に 置く(しら)(つゆ)の ()かずのみ (あひ)()るものを 月をし待たむ
4313 青波に (そで)さへ()れて ()ぐ舟の かし振るほとに さ()()けなむか

右は、大伴宿禰家持、(ひと)天漢(あまのかは)(あふ)ぎて作る。

4314 八千種(やちくさ)に 草木を植ゑて 時ごとに 咲かむ花をし 見つつしのはな

右の一首は、同じき月の二十八日に、大伴宿禰家持作る。

4315 (みや)(ひと)の (そで)()(ごろも) (あき)(はぎ)に にほひよろしき (たか)(まど)の宮   故地
4316 (たか)(まど)の 宮の(すそ)みの 野づかさに 今咲けるらむ をみなへしはも   
4317 秋野には 今こそ()かめ もののふの (をとこ)(をみな)の 花にほひ見に
4318 秋の野に (つゆ)()へる(はぎ)を ()()らずて あたら盛りを 過ぐしてむとか
4319 (たか)(まと)の 秋野の(うへ)の 朝霧(あさぎり)に 妻呼ぶを鹿(しか) ()で立つらむか
4320 ますらをの 呼び立てしかば さを鹿(しか)の (むな)()()かむ 秋野(はぎ)(はら)

)右の歌六首は、兵部少輔(ひやうぶせうふ)大伴宿禰家持、独り秋野を(おも)ひて、いささかに拙懐(せつくわい)を述べて作る。

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