夏雑歌
鳥を詠む 1937 ますらをの 出で立ち向ふ 故郷の 神なび山に 明けくれば 柘のさ枝に 夕されば 小松が末に 里人の 聞き恋ふるまで 山彦の 相響むまで ほととぎす 妻恋すらし さ夜中に鳴く ☆花
反歌 1938 旅にして 妻恋すらし ほととぎす 神なび山に さ夜更けて鳴く 右は、古歌集の中に出づ。 1939 ほととぎす 汝が初声は 我れにもが 五月の玉に 交へて貫かむ 1940 朝霞 たなびく野辺に あしひきの 山ほととぎす いつか来鳴かむ 1941 朝霧の 八重山越えて 呼子鳥 鳴きや汝が来る やどもあらなくに 1942 ほととぎす 鳴く声聞くや 卯の花の 咲き散る岡に 葛引く娘子 ☆花 ☆花 1943 月夜よみ 鳴くほととぎす 見まく欲り 我れ草取れり 見む人もがも 1944 藤波のの 散らまく惜しみ ほととぎす 今城の岡を 鳴きて越ゆなり ☆花 1945 朝霧の 八重山越えて ほととぎす 卯の花辺から 鳴きて越え来ぬ 1946 木高くは かつて木植ゑじ ほととぎす 来鳴き響めて 恋まさらしむ 1947 逢ひかたき 君に逢へる夜 ほととぎす 他時よりは 今こそ鳴かめ 1948 木の暗の 夕闇なるに ほととぎす いづくを家と 鳴き渡るらむ 1949 ほととぎす 今朝の朝明に 鳴きつるは 君聞きけむか 朝寐か寝けむ 1950 ほととぎす 花橘の 枝に居て 鳴き響もせば 花は散りつつ ☆花 1951 うれたきや 醜ほととぎす 今こそば 声の嗄るがに 来鳴き響めめ 1952 今夜の おほつかなきに ほととぎす 鳴くなる声の 音の遥けさ 1953 五月山 卯の花月夜 ほととぎす 聞けども飽かず また鳴かぬかも 1954 ほととぎす 来居も鳴かぬか 我がやどの 花橘の 地に落ちむ見む 1955 ほととぎす いとふ時なし あやめぐさ かづらにせむ日 こゆ鳴き渡れ 1956 大和には 鳴きてか来らむ ほととぎす 汝が鳴くごとに なき人思ほゆ 1957 卯の花の 散らまく惜しみ ほととぎす 野に出で山に入り 来鳴き響もす 1958 橘の 林を植ゑむ ほととぎす 常に冬まで 住みわたるがね 1959 雨晴れの 雲にたぐひて ほととぎす 春日をさして こゆ鳴き渡る 1960 物思ふと 寐ねぬ朝明に ほととぎす 鳴きてさ渡る すべなきまでに 1961 我が衣を 君に着せよと ほととぎす 我れをうながす 袖に来居つつ 1962 本つ人 ほととぎすをや めづらしく 今か汝が来し 恋ひつつ居れば 1963 かくばかり 雨の降らくに ほととぎす 卯の花山に 名ほか鳴くらむ 蝉を詠む 1964 黙もあらむ 時も鳴かなむ ひぐらしの 物思ふ時に 鳴きつつもとな 榛を詠む 1965 思ふ子が 衣摺らむに にほひこそ 島の榛原 秋立たずとも
花を詠む 1966 風に散る 花橘を 袖に受けて 君がみ跡と 偲ひつるかも 1967 かぐはしき 花橘を 玉に貫き 贈らむ妹は みつれてもあるか 1968 ほととぎす 来鳴き響もす 橘の 花散る庭を 見む人や誰れ 1969 我がやどの 花橘は 散りにけり 悔しき時に 逢へる君かも 1970 見わたせば 向ひの野辺の なでしこの 散らまく惜しも 雨な降りそね ☆花 1971 雨間明けて 国見もせむと 故郷の 花橘は 散りにけむかも 1972 野辺見れば なでしこの花 咲きにけり 我が待つ秋は 近づくらしも 1973 我妹子に 楝の花は 散り過ぎず 今咲けるごと ありこせぬかも ☆花 1974 春日野の 藤は散りにて 何をかも み狩の人の 折りてかざさむ ☆花 1975 時ならず 玉をぞ貫ける 卯の花の 五月を待たば 久しかるべみ 問答 1976 卯の花の 咲き散る岡ゆ ほととぎす 鳴きてさ渡る 君は聞きつや 1977 聞きつやと 君が問はせる ほととぎす しののに濡れて こゆ鳴き渡る 譬喩歌 1978 橘の 花散る里に 通ひなば 山ほととぎす 響もさむかも 夏相聞
鳥に寄する 1979 春されば すがるなす野の ほととぎす ほとほと妹に 逢はず来にけり 1980 五月山 花橘に ほととぎす 隠らふ時に 逢へる君かも 1981 ほととぎす 来鳴く五月の 短夜も ひとりし寝れば 明かしかねつも 蝉に寄する 1982 ひぐらしは 時と鳴けども 片恋に たわや女我れは 時わかず泣く 草に寄する 1983 人言は 夏野の草の 繁くとも 妹と我れとし たづさはり寝ば 1984 このころの 恋の繁けく 夏草の 刈り掃へども 生ひしくごとし 1985 ま葛延ふ 夏野の繁く かく恋ひば まこと我が命 常ならめやも ☆花 1986 我れのみや かく恋すらむ かきつはた 丹つらふ妹は いかにかあるらむ ☆花 花に寄せる 1987 片縒りに 糸をぞ我が縒る 我が背子が 花橘を 貫かむと思ひて 1988 うぐひすの 通ふ垣根の 卯の花の 憂きことあれや 君が来まさぬ 1989 卯の花の 咲くとはなしに ある人に 恋ひやわたらむ 片思にして 1990 我れこそば 憎くもあらめ 我がやどの 花橘を 見には来じとや 1991 ほととぎす 来鳴き響もす 岡辺なる 藤波見には 君は来じとや ☆花 1992 隠りのみ 恋ふれば苦し なでしこの 花に咲き出よ 朝な朝な見む ☆花 1993 外のみに 見つつ恋ひなむ 紅の 末摘花の 色に出でずとも ☆花 露に寄する 1994 夏草の 露別け衣 着けなくに 我が衣手の 干る時もなき 日に寄する 1995 六月の 地さへ裂けて 照る日にも 我が袖干めや 君に逢はずして |