巻十 1937〜1995

(なつ)(ざふ)()

鳥を詠む

1937 ますらをの ()で立ち向ふ 故郷(ふるさと)の (かむ)なび山に 明けくれば (つみ)のさ(えだ)に (ゆふ)されば 小松(こまつ)(うれ)に (さと)(びと)の 聞き恋ふるまで (やま)(びこ)の (あひ)(とよ)むまで ほととぎす (つま)(ごい)すらし さ()(なか)に鳴く   

反歌
1938 旅にして 妻恋すらし ほととぎす (かむ)なび山に さ()()けて鳴く
右は、()()(しふ)の中に出づ。

1939 ほととぎす ()(はつ)(こゑ)は 我れにもが 五月(さつき)の玉に (まじ)へて()かむ
1940 (あさ)(かすみ) たなびく野辺(のへ)に あしひきの 山ほととぎす いつか来鳴かむ
1941 (あさ)(ぎり)の 八重(やへ)(やま)越えて 呼子(よぶこ)(どり) 鳴きや()()る やどもあらなくに
1942 ほととぎす 鳴く声聞くや ()(はな)の 咲き散る(をか)に (くず)引く娘子(をとめ)     
1943 (つく)()よみ 鳴くほととぎす 見まく()り 我れ(くさ)()れり 見む人もがも
1944 (ふぢ)(なみ)の 散らまく()しみ ほととぎす (いま)()(をか)を 鳴きて越ゆなり   
1945 朝霧(あさぎり)の 八重(やへ)(やま)越えて ほととぎす ()(はな)()から 鳴きて越え()
1946 ()(だか)くは かつて木植ゑじ ほととぎす 来鳴き(とよ)めて 恋まさらしむ
1947 逢ひかたき 君に逢へる() ほととぎす (こと)(とき)よりは 今こそ鳴かめ
1948 ()(くれ)の 夕闇(ゆふやみ)なるに ほととぎす いづくを家と 鳴き渡るらむ
1949 ほととぎす 今朝(けさ)朝明(あさけ)に 鳴きつるは 君聞きけむか (あさ)()か寝けむ
1950 ほととぎす (はな)(たちばな)の (えだ)()て 鳴き(とよ)もせば 花は散りつつ   
1951 うれたきや (しこ)ほととぎす 今こそば 声の()るがに 来鳴き(とよ)めめ
1952 今夜(こよひ)の おほつかなきに ほととぎす 鳴くなる声の 音の(はる)けさ
1953 五月山 ()(はな)月夜(づくよ) ほととぎす 聞けども()かず また鳴かぬかも
1954 ほととぎす ()()も鳴かぬか 我がやどの (はな)(たちばな)の (つち)に落ちむ見む
1955 ほととぎす いとふ時なし あやめぐさ かづらにせむ日 こゆ()(わた)
1956 大和(やまと)には 鳴きてか()らむ ほととぎす ()が鳴くごとに なき人思ほゆ
1957 ()(はな)の 散らまく()しみ ほととぎす 野に()で山に()り 来鳴き(とよ)もす
1958 (たちばな)の 林を植ゑむ ほととぎす 常に冬まで 住みわたるがね
1959 (あま)()れの 雲にたぐひて ほととぎす 春日(かすが)をさして こゆ鳴き渡る
1960 物思ふと ()ねぬ(あさ)()に ほととぎす 鳴きてさ渡る すべなきまでに
1961 我が(きぬ)を 君に着せよと ほととぎす 我れをうながす (そで)()()つつ
1962 (もと)つ人 ほととぎすをや めづらしく 今か()()し 恋ひつつ()れば
1963 かくばかり 雨の降らくに ほととぎす ()(はな)山に 名ほか鳴くらむ

(せみ)を詠む
1964 (もだ)もあらむ 時も鳴かなむ ひぐらしの 物思ふ時に 鳴きつつもとな

(はり)を詠む
1965 思ふ子が (ころも)()らむに にほひこそ 島の(はり)(はら) 秋立たずとも

花を詠む
1966 風に散る (はな)(たちばな)を (そで)に受けて 君がみ(あと)と (しの)ひつるかも
1967 かぐはしき (はな)(たちばな)を 玉に()き (おく)らむ妹は みつれてもあるか
1968 ほととぎす 来鳴き(とよ)もす (たちばな)の 花散る庭を 見む人や()
1969 我がやどの (はな)(たちばな)は 散りにけり (くや)しき時に 逢へる君かも
1970 見わたせば (むか)ひの野辺(のへ)の なでしこの 散らまく()しも 雨な降りそね   
1971 (あま)()()けて (くに)()もせむと 故郷(ふるさと)の (はな)(たちばな)は 散りにけむかも
1972 野辺(のへ)見れば なでしこの花 咲きにけり 我が待つ秋は 近づくらしも
1973 (わぎ)()()に (あふち)の花は 散り過ぎず 今咲けるごと ありこせぬかも   
1974 春日(かすが)()の (ふぢ)は散りにて 何をかも み(かり)の人の 折りてかざさむ   
1975 時ならず 玉をぞ()ける ()(はな)の 五月(さつき)を待たば 久しかるべみ

問答(もんだふ)
1976 ()(はな)の 咲き散る(をか)ゆ ほととぎす 鳴きてさ渡る 君は聞きつや
1977 聞きつやと 君が問はせる ほととぎす しののに()れて こゆ鳴き渡る

()()()
1978 (たちばな)の 花散る里に 通ひなば 山ほととぎす (とよ)もさむかも

(なつ)相聞(さうもん)

鳥に寄する

1979 春されば すがるなす野の ほととぎす ほとほと(いも)に 逢はず()にけり
1980 五月山 (はな)(たちばな)に ほととぎす (こも)らふ時に 逢へる君かも
1981 ほととぎす 来鳴く五月(さつき)の 短夜(みじかよ)も ひとりし()れば 明かしかねつも

(せみ)に寄する
1982 ひぐらしは 時と鳴けども (かた)(こひ)に たわや()我れは (とき)わかず泣く

草に寄する
1983 (ひと)(ごと)は (なつ)()の草の (しげ)くとも (いも)と我れとし たづさはり()
1984 このころの 恋の(しげ)けく 夏草(なつくさ)の ()(はら)へども ()ひしくごとし
1985 (くず)()ふ 夏野の繁く かく恋ひば まこと我が(いのち) (つね)ならめやも   
1986 我れのみや かく恋すらむ かきつはた ()つらふ(いも)は いかにかあるらむ   

花に寄せる
1987 (かた)()りに 糸をぞ我が()る 我が()()が (はな)(たちばな)を ()かむと思ひて
1988 うぐひすの (かよ)垣根(かきね)の ()(はな)の ()きことあれや 君が来まさぬ
1989 ()(はな)の 咲くとはなしに ある人に 恋ひやわたらむ (かた)(もひ)にして
1990 我れこそば 憎くもあらめ 我がやどの (はな)(たちばな)を 見には()じとや
1991 ほととぎす ()()(とよ)もす (をか)()なる (ふぢ)(なみ)見には 君は()じとや   
1992 (こも)りのみ 恋ふれば苦し なでしこの 花に咲き出よ (あさ)()な見む   
1993 (よそ)のみに 見つつ恋ひなむ (くれなゐ)の (すゑ)(つむ)(はな)の 色に()でずとも   

(つゆ)に寄する
1994 夏草(なつくさ)の (つゆ)()(ごろも) ()けなくに 我が衣手(ころもで)の ()る時もなき

()に寄する
1995 六月(みなづき)の (つち)さへ()けて 照る日にも 我が(そで)()めや 君に逢はずして

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