巻十二 3101〜3220

問答歌(もんだふか)

3101 (むらさき)は (はひ)さすものぞ ()()()()の 八十(やそ)(ちまた)に 逢へる子や()
3102 たらちねの 母が呼ぶ名を (まを)さめど 道行く人を ()れと知りてか

右の二首

3103 逢はなくは しかもありなむ 玉梓(たまづさ)の 使(つかひ)をだにも 待ちやかねてむ
3104 逢はむとは 千度(ちたび)思へど あり(がよ)ふ (ひと)()を多み 恋ひつつぞ()

右の二首

3105 (ひと)()多み (ただ)に逢はずて けだしくも 我が恋ひ死なば ()が名ならむも
3106 (あひ)()まく ()しきがためは 君よりも 我れぞまさりて いふかしみする

右の二首

3107 うつせみの (ひと)()(しげ)み 逢はずして 年の()ぬれば ()けりともなし
3108 うつせみの 人目(しげ)くは ぬばたまの (よる)(いめ)にを ()ぎて見えこそ

右の二首

3109 ねもころに 思ふ我妹(わぎも)を (ひと)(ごと)の (しげ)きによりて (よど)むころかも
3110 (ひと)(こと)の (しげ)くしあらば 君も我れも 絶えむと言ひて 逢ひしものかも

右の二首

3111 すべもなき (かた)(こひ)をすと このころは 我が死ぬべきは (いめ)に見えきや
3112 (いめ)に見て (ころも)を取り() (よそ)()に (いも)使(つかひ)ぞ 先立(さきだ)ちにける

右の二首

3113 ありありて (のち)も逢はむと (こと)のみを (かた)く言ひつつ 逢ふとはなしに
3114 ありありて 我れも逢はむと 思へども 人の(こと)こそ (しげ)き君にあれ

右の二首

3115 (いき)()に 我が息づきし (いも)すらを 人妻(ひとづま)なりと 聞けば悲しも
3116 我がゆゑに いたくなわびそ (のち)つひに 逢はじと言ひし こともあらなくに

右の二首

3117 (かど)立てて 戸も()してあるを いづくゆか (いも)()()て (いめ)に見えつる
3118 (かど)立てて 戸は()したれど 盗人(ぬすびと)の 穿()れる穴より ()りて見えけむ

右の二首

3119 明日(あす)よりは 恋ひつつ行かむ 今夜(こよひ)だに 早く(よひ)より (ひも)()我妹(わぎも)
3120 今さらに ()めや我が()() 新夜(あらたよ)の 一夜(ひとよ)もおちず (いめ)に見えこそ

右の二首

3121 我が()()が 使(つかひ)を待つと (かさ)も着ず ()でつつぞ見し 雨の降らくに
3122 心なき 雨にもあるか (ひと)()()り (とも)しき(いも)に 今日(けふ)だに逢はむを

右の二首

3123 ただひとり 寝れど寝かねて (しろ)(たへ)の 袖を笠に() ()れつつぞ()
3124 (あめ)も降る ()()けにけり 今さらに 君()なめやも (ひも)()()けな

右の二首

3125 ひさかたの 雨の降る日を 我が(かど)に (みの)(かさ)着ずて ()る人や()
3126 (まき)(むく)の (あな)()の山に 雲()つつ 雨は降れども ()れつつぞ()

右の二首

()(りょ)(はつ)()

3127 (わた)(らひ)の 大川の()の (わか)(ひさ)() 我が(ひさ)ならば (いも)恋ひむかも   
3128 我妹子(わぎもこ)や (いめ)に見え()と 大和(やまと)()の 渡り瀬ごとに ()()けぞ我がする
3129 桜花(さくらばな) 咲きかも散ると 見るまでに 誰れかもここに 見えて散り行く   
3130 (とよ)(くに)の ()()(はままつ) ねもころに (なに)しか(いも)に (あひ)()ひそめけむ   故地

右の四首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ
3131 ()へて 君をば見むと 思へかも 日も変へずして 恋の(しげ)けむ
3132 な行きそと 帰りも()やと かへり見に 行けど帰らず 道の(なが)()
3133 旅にして (いも)を思ひ()で いちしろく 人の知るべく 嘆きせむかも
3134 (さか)り 遠くあらなくに 草枕(くさまくら) 旅とし思へば なほ恋ひにけり
3135 近くあれば 名のみも聞きて (なぐさ)めつ 今夜(こよひ)ゆ恋の いやまさりなむ
3136 旅にありて ()ふれば苦し いつしかも 都に行きて 君は目を見む
3137 遠くあれば 姿は見えず (つね)のごと (いも)()まひは 面影(おもかげ)にして
3138 年も()ず 帰り()なむと (あさ)(かげ)に 待つらむ(いも)し 面影(おもかげ)に見ゆ
3139 (たま)(ほこ)の 道に()で立ち 別れ()し 日より思ふに 忘る時なし
3140 はしきやし しかある恋にも ありしかも 君に(おく)れて 恋しき思へば
3141 草枕(くさまくら) 旅の悲しく あるなへに (いも)(あひ)()て (のち)恋ひむかも
3142 国遠み (ただ)には逢はず (いめ)にだに 我れに見えこそ 逢はむ日までに
3143 かく恋ひむ ものと知りせば 我妹子(わぎもこ)に (こと)とはましを 今し(くや)しも
3144 旅の()の 久しくなれば さ()つらふ (ひも)()()けず 恋ふるこのころ
3145 我妹子(わぎもこ)し ()(しの)ふらし 草枕(くさまくら) 旅のまろ()に (した)(ひも)()けぬ
3146 草枕(くさまくら) 旅の(ころも)の (ひも)()けて 思ほゆるかも この年ころは
3147 草枕(くさまくら) 旅の(ひも)()く 家の(いも)し 我を待ちかねて (なげ)かふらしも
3148 (たま)(くしろ) まき()(いも)を 月も()ず 置きてや越えむ この山の(さき)
3149 梓弓(あづさゆみ) (すゑ)は知らねど (うるは)しみ 君にたぐひて 山道(やまぢ)越え()
3150 霞立つ 春の(なが)()を (おく)()なく 知らぬ山道(やまぢ)を 恋ひつつか()
3151 (よそ)のみに 君を(あひ)見て ()綿()(たたみ) ()()けの山を 明日(あす)か越え()なむ
3152 玉かつま 安倍(あへ)(しま)(やま)の (ゆふ)(つゆ)に (たび)()えせめや 長きこの()
3153 み雪降る (こし)大山(おほやま) 行き過ぎて いづれの日にか 我が里を見む
3154 いで我が(こま) 早く行きこそ ()(つち)(やま) 待つらむ(いも)を 行きて(はや)見む   故地
3155 (あし)()(やま) ()(ぬれ)ことごと 明日(あす)よりは (なび)きてありこそ (いも)があたり見む
3156 鈴鹿(すずか)(かは) 八十(やそ)()渡りて ()がゆゑか ()()えに越えむ 妻もあらなくに
3157 我妹子(わぎもこ)に またも近江(あふみ)の (やす)(かは) (やす)()()ずに 恋ひわたるかも   故地
3158 旅にありて 物をぞ思ふ 白波の ()にも(おき)にも 寄るとはなしに
3159 (みなと)みに 満ち()(しほ)の いや増しに 恋はあまれど 忘らえぬかも
3160 沖つ波 ()(なみ)()()る ()()(うら)の このさだ過ぎて (のち)恋ひむかも
3161 (あり)()(がた) あり(なぐさ)めて 行かめども 家なる(いも)い いふかしみせむ
3162 みをつくし 心(つく)して 思へかも ここにももとな (いめ)にし見ゆる
3163 我妹子(わぎもこ)に ()るとはなしに 荒磯(ありそ)みに 我が衣手(ころもで)は ()れにけるかも
3164 (むろ)(うら)の 瀬戸(せと)(さき)なる (なき)(しま)の (いそ)越す波に ()れにけるかも   故地
3165 ほととぎす ()(ばた)の浦に しく波の しくしく君を 見むよしもがも   故地
3166 我妹子(わぎもこ)を (よそ)のみや見む (こし)の海の ()(がた)の海の 島ならなくに
3167 波の()ゆ (くも)()に見ゆる (あは)(しま)の 逢はぬものゆゑ 我に()そる子ら
3168 (ころも)()の ()(わか)の浦の 真砂(まなご)(つち) ()なく時なし 我が恋ふらくは   故地
3169 能登(のと)の海に ()りする海人(あま)の (いざ)り火の 光にいませ 月待ちがてり
3170 志賀(しか)海人(あま)の ()りし(とも)せる (いざ)り火の ほのかに(いも)を 見むよしもがも
3171 難波(なには)(がた) ()()る舟の はろはろに 別れ()ぬれど 忘れかねつも
3172 (うら)()ぐ 熊野(くまの)(ぶね)つき めづらしく ()けて思はぬ 月も日もなし
3173 松浦(まつら)(ぶね) (さわ)堀江(ほりえ)の 水脈(みを)早み (かぢ)取る()なく 思ほゆるかも
3174 (いざ)りする 海人(あま)(かぢ)(おと) ゆくらかに (いも)は心に 乗りにけるかも
3175 (わか)(うら)に (そで)さへ()れて 忘れ貝 (ひり)へど(いも)は 忘らえなくに   故地
3176 草枕(くさまくら) 旅にし()れば ()(こも)の 乱れて(いも)に 恋ひぬ日はなし
3177 志賀(しか)海人(あま)の (いそ)()()す なのりその 名は()りてしを 何か逢ひかたき
3178 (とほ)み 思ひなわびそ 風の(むた) 雲の行くごと (こと)(かよ)はむ
3179 ()まりにし 人を思ふに (あき)()()に ()る白雲の やむ時もなし

()(べつ)()
3180 うらもなく ()にし君ゆゑ (あさ)()な もとなぞ恋ふる 逢ふとはなけど
3181 (しろ)(たへ)の 君が(した)(びも) 我れさへに 今日(けふ)結びてな 逢はむ日のため
3182 (しろ)(たへ)の 袖の別れは 惜しけども 思ひ乱れて 許しつるかも
3183 都辺(みやこへ)に 君は()にしを ()()けか 我が(ひも)()の ()ふ手たゆきも
3184 草枕(くさまくら) 旅行く君を (ひと)()多み (そで)振らずして あまた(くや)しも
3185 まそ(かがみ) 手に取り持ちて 見れ()かぬ 君に(おく)れて ()けりともなし
3186 (くも)()の たどきも知らぬ 山越えて います君をば いつとか待たむ
3187 たたなづく (あを)(かき)(やま)の へなりなば しばしば君を (こと)とはじかも
3188 (あさ)(がすみ) たなびく山を 越えていなば 我れは恋ひなむ 逢はむ日までに
3189 あしひきの 山は(もも)()に 隠すとも (いも)は忘れじ (ただ)に逢ふまでに
3190 (くも)()なる 海山超えて い行きなば 我れは恋ひなむ (のち)は逢ひぬとも
3191 よしゑやし 恋ひじとすれど ()綿()()(やま) 越えにし君が 思ほゆらくに
3192 (くさ)(かげ)の (あら)()(さき)の (かさ)(しま)を 見つつか君が (やま)()越ゆらむ
3193 玉かつま (しま)(くま)(やま)の 夕暮れに ひとりか君が 山道(やまぢ)越ゆらむ
3194 (いき)()に 我が思ふ君は (とり)が鳴く (あづま)の坂を 今日(けふ)か越ゆらむ
3195 磐城(いはき)(やま) (ただ)越え来ませ (いそ)(さき)の ()()()の浜に 我れ立ち待たむ   故地
3196 春日野の (あさ)()が原に (おく)()て 時ぞともなし 我が恋ふらくは   
3197 住吉(すみのえ)の 岸に向へる 淡路島(あはぢしま) あはれと君を 言はぬ日はなし
3198 明日(あす)よりは いなむの川の ()でていなば ()まれる我れは 恋ひつつやあらむ
3199 (わた)の底 沖は(かしこ)し (いそ)みより ()()みいませ 月は()ぬとも
3200 ()()(うら)に 寄する白波 しくしくに (いも)が姿は 思ほゆるかも
3201 時つ風 (ふけ)()の浜に ()()つつ (あか)(いのち)は (いも)がためこそ
3202 (にき)()()に (ふな)()りせむと 聞きしなへ 何ぞも君が 見え()ずあるらむ
3203 みさご()る ()()る舟の ()()なば うら恋しけむ (のち)は逢ひぬとも
3204 (たま)(かづら) (さき)くいまさね (やま)(すげ)の 思ひ乱れて 恋ひつつ待たむ   
3205 (おく)()て 恋ひつつあらずは ()()の浦の 海人(あま)ならましを (たま)()刈る刈る
3206 筑紫道(つくしぢ)の 荒磯(ありそ)(たま)() 刈るとかも 君が久しく 待てど()まさぬ
3207 あらたまの 年の()長く 照る月の ()かざる君や 明日(あす)別れなむ
3208 (ひさ)にあらむ 君を思ふに ひさかたの 清き月夜(つくよ)も (やみ)()に見ゆ
3209 春日(かすが)にある ()(かさ)の山に ()る雲を ()で見るごとに 君をしぞ思ふ
3210 あしひきの (かた)(やま)(きぎし) 立ち行かむ 君に(おく)れて うつしけめやも

問答歌(もんだふか)
3211 玉の()の (うつ)し心や 八十(やそ)()()け ()()む船に (おく)れて()らむ
3212 八十(やそ)()()け (しま)(がく)りなば 我妹子(わぎもこ)が ()まれと振らむ (そで)見えじかも

右の二首

3213 十月(かむなづき) しぐれの雨に ()れつつか 君が行くらむ 宿(やど)か借るらむ
3214 十月(かむなづき) (あま)()も置かず 降りにせば いづれの里の 宿(やど)は借らまし

右の二首

3215 (しろ)(たへ)の 袖の別れを (かた)みして (あら)()の浜に 宿りするかも   故地
3216 草枕(くさまくら) 旅行く君を 荒津(あらつ)まで 送りぞ()ぬる ()()らねこそ

右の二首

3217 荒津の海 我れ(ぬさ)(まつ)り (いは)ひてむ (はや)帰りませ (おも)(がは)りせず
3218 (あさ)(あさ)な 筑紫(ちくし)(かた)を ()()つつ (おと)のみぞ()()く いたもすべなみ

右の二首

3219 (とよ)(くに)の ()()長浜(ながはま) 行き暮らし 日の暮れゆけば (いも)をしぞ思ふ   故地
3220 (とよ)(くに)の ()()高浜(たかはま) 高々(たかたか)に 君待つ()らは さ()()けにけり

右の二首

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