巻十七 3957〜3999

長逝(ちやうせい)せる(おとひと)哀傷(かな)しぶる歌一首 并せて短歌   故地

3957 (あま)(ざか)る (ひな)(をさ)めにと 大君(おほきみ)の ()けのまにまに 出でて()し ()れを送ると あをによし 奈良(なら)(やま)過ぎて 泉川(いづみかは) 清き河原(かはら)に 馬(とど)め 別れし時に ま(さき)くて ()帰り()む (たひら)けく (いは)ひて待てと 語らひて ()し日の(きは)み 玉桙の 道をた(どほ)み 山川の へなりてあれば (こひ)しけく ()長きものを 見まく()り 思ふ(あひだ)に (たま)(づさ)の 使(つかひ)()れば (うれ)しみと ()が待ち()ふに およづれの たはこととかも はしきよし ()(おと)(みこと) なにしかも 時しはあらむを はだすすき 穂に()づる秋の (はぎ)の花 にほへるやどを (あさ)(には)に 出で立ち(なら)し (ゆふ)(には)に ()(たひら)げず ()()の内の 里を()き過ぎ あしひきの 山の()(ぬれ)に 白雲に 立ちたなびくと ()れに()げつる

言ふこころは、この人ひととなり、花草花樹を好愛()でて、(さは)(しん)(ゐん)(には)に植ゑたり。ゆゑに「花(にほ)へる(やど)」という。佐保山に火葬す。ゆゑに「佐保の内の 里を()き過ぎ」といふ。
3958 (さき)くと 言ひてしものを 白雲に 立ちたなびくと 聞けば悲しも
3959 かからむと かねて知りせば (こし)の海の 荒磯(ありそ)の波も 見せましものを

右は、天平十八年の秋の九月の二十五日に、越中守大伴宿禰家持、(はる)かに弟の()を聞き、感傷(かな)しびて作る。

(あひ)ひて(よろこ)ぶる歌二首 越中守(こしのみちのなかのかみ)大伴宿禰家持作る
3960 庭に降る 雪は()()敷く しかのみに 思ひて君を ()が待たなくに
3961 白波の 寄する(いそ)みを ()ぐ舟の (かぢ)取る間なく 思ほえし君

右は、天平十八年の八月をもちて、(じよう)大伴宿禰池主(おほとものすくねいけぬし)大帳使(だいちやうし)に付きて、京師(みやこ)(おもぶ)き向ふ。しかして同じき年の十一月に、本任に(かへ)り至りぬ。よりて、詩酒(ししゆ)(うたげ)()け、(だん)()飲楽す。この日、白雪たちまちに降り、(つち)に積むこと尺余。この時、また漁夫の舟、海に入り(なみ)に浮けり。ここに、守大伴宿禰家持、(こころ)二眺(にてう)に寄せ、いささかに所心(おもひ)(つく)る。

たちまちに(わう)(しつ)に沈み、ほとほとに(せん)()(のぞ)む。よりて、歌詞を作り、もちて()(しよ)()ぶる一首 (あは)せて短歌
3962 大君(おほきみ)の ()けのまにまに ますらをの 心振り(おこ)し あしひきの 山坂越えて 天離(あまざか)る (ひな)(くだ)() (いき)だにも いまだ休めず 年月(としつき)も いくらもあらぬに うつせみの 世の人なれば うち(なび)き (とこ)()()し 痛けくし ()()にまさる たらちねの 母の(みこと)の 大船の ゆくらゆくらに (した)(ごい)に いつかも()むと 待たすらむ 心(さぶ)しく はしきよし 妻の(みこと)も 明けくれば (かど)に寄り立ち 衣手(ころもで)を 折り返しつつ 夕されば (とこ)打ち(はら)い ぬばたまの 黒髪敷きて いつしかと 嘆かすらむぞ (いも)()も 若き子どもは をちこちに (さわ)き泣くらむ (たま)(ほこ)の 道をた(どほ)み ()使(つかひ)も ()るよしもなし 思ほしき (こと)()()らず 恋ふるにし 心は燃えぬ たまきはる (いのち)()しけど ()むすべの たどきを知らに かくしてや (あら)()すらに (なげ)()せらむ
3963 世間(よのなか)は 数なきものか (はる)(はな)の 散りのまがひに 死ぬべき思へば
3964 山川の そきへを遠み はしきよし (いも)を相見ず かくや嘆かむ

右は、天平十九年の春の二月の二十日に、越中の国の(かみ)(たち)(やまひ)()して悲傷(かな)しび、いささかにこの歌を作る。(かみ)大伴宿禰家持。

(じよう)大伴宿禰池主(おほとものすくねいけぬし)作に贈る悲歌二首

たちまちに(わう)(しつ)に沈み、(るい)(じゆん)痛み苦しむ。(ひゃく)(しん)()(たの)み、かつ(せう)(そん)すること得たり。しかれども、なほし身体(どう)(るい)、筋力(けふ)(ぜん)なり。いまだ(てん)(しや)()へず、(けい)(れん)いよいよ深し。今し、(しゆん)(てう)(しゆん)(くわ)(にほ)ひを(しゆん)(えん)に流し、(しゆん)()(しゆん)(あう)、声を(しゆん)(りん)(さひづ)る。この節候に(むか)ひ、(きん)(そん)(もてあそ)ぶべし。(きよう)に乗る感あれども、(つゑ)()(らう)()へず。(ひと)()(あく)(うち)()して、いささかに寸分の歌を作る。(かろがろ)しく()()(たてまつ)り、(ぎよく)()()かむことを(をか)す。その詞に()はく、


3965 春の花 今は盛りに にほふらむ ()りてかざさむ 手力(たぢから)もがも
3966 うぐひすの 鳴き散らすらむ 春の花 いつしか君と ()()りかざさむ

二月の二十九日、大伴宿禰家持。

たちまちに芳音(ほういん)(かたじけな)みし、翰苑(かんえん)雲を(しの)ぐ。(さら)倭詩(わし)()れ、詞林(しりん)(にしき)()ぶ。もちて吟じもちて詠じ、()恋緒(れんしよ)(のぞ)く。春は楽しぶべく、暮春の風景もとも(あは)れぶべし。紅桃(こうたう)灼々(しやくしやく)()(てふ)は花を(めぐ)りて()ひ、(すい)(りう)依々(いい)嬌鶯(けうあう)は葉に(かく)れて歌ふ。楽しぶべきかも。淡交(たんかう)(むしろ)(ちかづ)け、意を得て言を忘る。楽しきかも美しきかも。幽襟(いうきん)()づるに足れり。あに(はか)りけめや、(らんけい)(くさむら)(へだ)て、(きんそん)用ゐるところなく、空しく令節(れいせつ)を過ぐして、物色(ぶつしよく)人を(かろ)みせむとは。(うら)むるところここにあり、(もだ)してやむこと(あた)はず。()(ことば)に云はく、藤をもちて錦に()くといふ。いささかに談笑(だんせう)(なそ)ふらくのみ。
3967 (やま)(がひ)に 咲ける(さくら)を ただ一目 君に見せてば 何をか思はむ   
3968 うぐひすの 来鳴く山吹(やまぶき) うたがたも 君が手触れず 花散らめやも   

()(せん)の二日、(じよう)大伴宿禰池主

さらに贈る歌一首 (あは)せて 短歌  含弘(がんこう)の徳は、思を蓬体(ほうたい)()れ、()()の恩は、慰を(ろう)(しん)(こた)ふ。(らい)(けん)戴荷(たいか)し、()ふるところに()ふるものなし。ただし、(わか)き時に遊芸(いうげい)の庭に(わた)らざりしをもちて、横翰(わうかん)(さう)、おのづからに彫虫(てうちゆう)(とも)し。幼き年に山柿(さんし)の門を(いた)らずして、裁歌(さいか)(おもぶき)、詞を聚林(じゆりん)(うしな)ふ。ここに、藤をもちて錦に()(こと)(かたじけな)みし、さらに石をもちて(たま)(まじ)ふる(うた)(しる)す。もとよりこれを俗愚にして(くせ)(むだ)き、(もだ)してやむこと(あた)はず。よりて、数行(すぎやう)を捧げ、もちて嗤笑(しせう)(むく)いむ。その詞に()はく、

3969 大君(おほきみ)の ()けのまにまに しなざかる (こし)(をさ)めに ()でて()し ますら()れすら 世間(よのなか)の (つね)しなければ うち(なび)き (とこ)()()し 痛けくの 日に()に増せば 悲しけく ここに思ひ出 いらけなく そこに思ひ出 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを あしひきの 山きへなりて 玉桙(たまほこ)の 道の遠けば 間使(まつかひ)も ()るよしもなみ 思ほしき (こと)も通はず たまきはる 命()しけど せむすべの たどきを知らに (こも)()て 思ひ嘆かひ (なぐさ)むる 心はなしに 春花の 咲ける盛りに 思ふどち 手折(たを)りかざさず 春の野の 茂み飛び()く うぐひすの 声だに聞かず 娘子(をとめ)らが 春菜(はるな)()ますと (くれなゐ)の 赤裳(あかも)(すそ)の 春雨に にほひひづちて (かよ)ふらむ 時の盛りを いたづらに 過ぐし()りつれ (しの)はせる 君が心を うるはしみ この()すがらに ()も寝ずに 今日(けふ)もしめらに 恋ひつつぞ()
3970 あしひきの (やま)(さくら)花 一目だに 君とし見てば ()れ恋ひめやも
3971 山吹(やまぶき)の 茂み()()く うぐひすの 声を聞くらむ 君は(とも)しも
3972 出で立たむ 力をなみと (こも)()て 君に恋ふるに 心どもなし

三月の三日、大伴宿禰家持。

七言、晩春三日遊覧一首 (あは)せて序

上巳(じやうし)(めい)(しん)は、暮春(ぼしゅん)麗景(れいけい)なり。桃花は(まなぶた)()らして(くれなゐ)(わか)ち、柳色は(こけ)(ふふ)みて緑を(きほ)ふ。時に、手を(たづさ)はり江河(かうが)(ほとり)(かる)かに望み、酒を(とぶら)野客(やかく)の家に(とほ)(よき)る。すでにして、(きんそん)性を得、蘭契(らんけい)光を(やはら)げたり。ああ、今日恨むるところは、徳星すでに少なきことか。もし(じやく)()ち章を(ふふ)まずは、何をもちてか逍遙(せうえう)(おもぶき)()べむ。たちまちに短筆に(おほ)せて、いささかに四韻(しゐん)(しる)すと云爾(いふ)
余春の()(じつ)怜賞(れんしやう)するに()く、上巳(じやうし)の風光は覧遊(らんいう)するに()る。柳陌(りうばく)(かは)に臨みて(げんぶく)(まだらか)にし、桃源(たうげん)は海に(かよ)ひて仙舟(せんしう)(うか)ぶ。雲罍(うんらい)桂を()みて三清(さんせい)(たた)へ、羽爵(うしやく)人を(うなが)して九曲(きうきよく)を流る。縦酔(しようすい)陶心(たうしん)彼我(ひが)を忘れ、酩酊(めいてい)(ところ)として淹留(えんりう)せずといふこと無し。
三月の四日、大伴宿禰池主。


昨日短懐(たんくわい)を述べ、今朝耳目(じもく)(けが)す。さらに賜書(ししよ)(うけたまは)り、かつ不次(ふし)(たてまつ)る。死罪死罪。下賤を(わす)れず、(しき)りに徳音(とくいん)を恵みたまふ。英霊星気あり、逸調(いつてう)人に過ぐ。智水(ちすい)仁山(じんざん)、すでに琳瑯(りんらう)の光彩を(つつ)み、潘江(はんかう)陸海(りくかい)、おのづから詩書の廊廟(らうべう)()す。思ひを非常に()せ、(こころ)有理(いうり)()す。七歩(しちほ)にして章を成し、数篇(すへん)紙に満つ。()愁人(しうじん)重患(ぢゆうくわん)()り、()恋者(れんしや)積思(せきし)を除く。山柿(さんし)歌泉(かせん)は、これに(くら)ぶれば()きがごとく、彫龍(てうりよう)筆海(ひつかい)は、粲然(さんぜん)として()ること得たり。まさに知りぬ、()(さきはひ)あることを。(つつし)みて(こた)ふる歌、その詞に云はく、

三月の五日、大伴宿禰池主(おほとものすくねいけぬし)

3973 (おほ)(きみ)の (みこと)(かしこ) あしひきの 山野(やまの)さはらず (あま)(ざか)る (ひな)(をさ)むる ますらをや なにか(もの)()ふ あをによし 奈良(なら)()()(かよ)ふ (たま)(づさ)の 使(つかひ)絶えめや (こも)り恋ひ 息づきわたり (した)(もひ)に 嘆かふ()() いにしへゆ 言ひ継ぎくらし 世間(よのなか)は 数なきものぞ (なぐさ)むる こともあらむと (さと)(びと)の ()れに()ぐらく (やま)びには 桜花(さくらばな)散り (かほ)(どり)の ()なくしば鳴く 春の野に すみれ()むと (しろ)(たへ)の (そで)折り返し (くれない)の (あか)()(すそ)()き 娘子(をとめ)らは 思ひ乱れて 君待つと うら(ごい)すなり 心ぐし いざ見に()かな ことはたなゆひ   
3974 山吹(やまぶき)は ()()に咲きぬ うるはしと ()()ふ君は しくしく(おも)ほゆ
3975 ()()()に 恋ひすべながり (あし)(かき)の (ほか)に嘆かふ ()れし悲しも   

昨暮(さくぼ)来使(らいし)は、(むが)しくも晩春遊覧の詩を垂れたまひ、今朝の累信(るいしん)は、(かたじけな)くも相招(さうせう)望野(ぼうや)の歌を(たま)ふ。一たび玉藻(ぎよくさう)()るに、やくやくに鬱結(うつけつ)(のぞ)き、二たび秀句(しうく)(うた)ふに、すでに愁緒(しうしよ)(のぞ)く。この眺翫(てうぐわん)にあらずは、()れか()く心を()べむ。ただし下僕(われ)稟性(ひんせい)()ること(かた)く、闇神(あんしん)(みが)くこと()し。(かん)()りて(がう)(くた)し、(げん)(むか)ひて(かわ)くことを忘る。終日目流(もくる)すとも、これを綴ること(あた)はず。()ふならく、文章は天骨にして、これを習ふことを得ずと。あに字を探り(ゐん)(ろく)して、雅篇(がへん)叶和(けふわ)するに()へめや。はた、鄙里(ひり)少児(せうに)に聞えむ。古人は言に(むく)いずといふことなし。いささかに拙詠(せつえい)(つく)り、(つつし)みて解笑(かいせう)(なそ)ふらくのみ。今し、言を()し韻を勒し、この雅作の篇に(どう)ず。あに石もちて(たま)(まじ)ふるに(こと)ならめや。声に(とな)へて()が曲に遊ぶといふか。はた、小児の、(みだ)りに(うた)ふごとし。敬みて葉端(えふたん)に写し、もちて乱に(なそ)へて曰はく

七言一首 

杪春(べうしゆん)余日(よじつ)媚景(びけい)(うるは)しく、初巳(しよし)の和風払ひておのづからに(かろ)し。来燕(らいえん)(ひぢ)(ふふ)(いへ)()きて入り、帰鴻(きこう)(あし)を引き(とほ)(おき)(おもぶ)く。聞くならく君は(とも)(うそぶ)き流曲を新たにし、禊飲(けいいん)(さかづき)(うなが)して河清(かせい)(うか)ぶと。良きこの(うたげ)を追ひ尋ねまく()りすれど、なほし知る(やまひ)()みて(あし)(れいてい)することを。

短歌二首

3976 咲けりとも 知らずしあれば (もだ)もあらむ この山吹(やまぶき)を 見せつつもとな
3977 (あし)(かき)の (ほか)にも君が 寄り立たし 恋ひけれこそば (いめ)に見えけれ

三月の五日に、大伴宿禰家持、(やまひ)()して作る。

(れん)(しよ)を述ぶる歌一首 (あは)せて短歌
3978 妹も我れも 心は(おや)じ たぐへれど いやなつかしく (あひ)()れば (とこ)(はつはな)花に 心ぐし めぐしもなしに はしけやし ()(おく)(づま) 大君(おほきみ)の (みことかしこ)畏み あしひきの 山越え()()き (あまざか)離る (ひなをさ)治めにと 別れ()し その日の(きは)み あらたまの (とし)()き返り 春花の うつろふまでに 相見ねは いたもすべなみ (しき)(たへ)の (そで)返しつつ ()()おちず (いめ)には見れど うつつにし (ただ)にあらねば (こひ)しけく 千重(ちへ)に積もりぬ 近くあらば 帰りにだにも ()()きて 妹が()(まくら) さし()へて 寝ても()ましを (たま)(ほこ)の 道はし遠く (せき)さへに へなりてあれこそ よしゑやし よしはあらむぞ ほととぎす 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ ()(はな)の にほへる山を よそのみも 振り()け見つつ 近江(あふみ)()に い()き乗り立ち あをによし 奈良の(わぎへ)家に ぬえ(どり)の うら()けしつつ (した)(ごい)に 思ひうらぶれ (かど)に立ち (ゆふ)()問ひつつ 我を待つと ()すらむ妹を ()ひて(はや)()
3979 あらたまの 年(かへ)るまで (あひ)()ねば 心もしのに 思ほゆるかも
3980 ぬばたまの (いめ)にはもとな 相見れど (ただ)にあらねば (こひ)やまずけり
3981 あしひきの 山きへなりて 遠けども 心し()けば (いめ)に見えけり
3982 (はる)(はな)の うつろふまでに (あひ)()ねば 月日()みつつ (いも)待つらむぞ

右は、三月の二十日の()(うち)に、たちまちに(れん)(じやう)を起して作る。大伴宿禰家持

立夏四月、すでに(るい)(じつ)()ぬるに、なほし霍公鳥(ほととぎす)()くを聞かず。よりて作る恨みの歌二首
3983 あしひきの 山も近きを ほととぎす (つき)()つまでに 何か来鳴かぬ
3984 玉に()く (はな)(たちばな)を ともしみし この我が里に 来鳴かずあるらし   

霍公鳥(ほととぎす)は、立夏の日に、来鳴くこと必定(ひつぢやう)なり。また、越中の風土(ふうど)は、(たう)(きつ)のあること(まれ)なれ。これによりて、大伴宿禰家持、(こころ)に感発して、いささかにこの歌を(つく)る。三月の二十九日

(ふた)(かみ)(やま)()一首 この山は射水(いみづ)(こほり)に有り
3985 ()(みづ)(かは) い()(めぐ)れる (たま)(くし)() (ふた)(がみ)(やま)は (はる)(はな)の 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に ()で立ちて ()()け見れば (かむ)からや そこば(たふと)き 山からや 見が()しからむ ()(かみ)の (すそ)みの山の (しぶ)谿(たに)の (ざき)荒磯(ありそ)に (あさ)なぎに 寄する白波 (ゆふ)なぎに 満ち来る(しほ)のいや増しに 絶ゆることなく いにしへゆ 今のをつつに かくしこそ 見る人ごとに ()けてしのはめ
3986 (しぶ)谿(たに) (さき)荒磯(ありそ)に 寄する波 いやしくしくに いにしへ思ひゆ   故地
3987 (たま)(くし)() (ふた)(がみ)(やま)に 鳴く鳥の 声の(こひ)しき 時は来にけり

右は、三月の三十日に、興に()りて作る。大伴宿禰家持

四月の十六日の()(うち)に、(はる)かに霍公鳥(ほととぎす)()くを聞きて、(おもひ)を述ぶる歌一首
3988 ぬばたまの 月に向ひて ほととぎす 鳴く音(はる)けし (さと)(どほ)みかも

右は、大伴宿禰家持作る。

大目(だいさくわん)秦忌寸八千島(はだのいみきやちしま)(たち)にして、(かみ)大伴宿禰家持(せん)する(うたげ)の歌二首
3989 ()()(うみ)の 沖つ白波 しくしくに 思ほえむかも 立ち別れなば    故地
3990 我が()()は 玉にもがもな 手に巻きて 見つつ()かむを 置きて()かば()

右は、(かみ)大伴宿禰家持、正税帳(せいせいちやう)をもちて、京師(みやこ)に入らむとす。よりて、この歌を作り、いささかに(あひ)(わか)るる嘆きを()ぶ。四月の二十日

布勢(ふせ)水海(みづうみ)に遊覧する()一首并せて短歌  この海は射水(いみづ)(こほり)古江(ふるえ)の村に有り   故地
3991 もののふの 八十(やそ)(とも)()の 思ふどち 心()らむと 馬()めて うちくちぶりの 白波の 荒磯(ありそ)に寄する (しぶ)谿(たに)の (さき)(もとほ)り ()()()()の 長浜(ながはま)過ぎて ()()()(かは) 清き瀬ごとに ()(かは)立ち か()きかく()き 見つれども そこも()かにと ()()の海に 舟浮け()ゑて (おき)()()ぎ ()に漕ぎ見れば (なぎさ)には あぢ(むら)(さわ)き 島みには ()(ぬれ)花咲き ここばくも 見のさやけきか (たま)(くし)() (ふた)(かみ)(やま)に ()(つた)の ()きは別れず あり(かよ)ひ いや年のはに 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと   故地 
3992 ()()の海の (おき)つ白波 あり(がよ)ひ いや年のはに 見つつしのはむ
右は、(かみ)大伴宿禰家持作る。四月の二十四日

(つつし)みて布勢(ふせ)水海(みづうみ)に遊覧する()(こた)する一首 (あは)せて(いち)(ぜつ)
3993 (ふぢ)(なみ)は 咲きて散りにき ()の花は 今ぞ盛りと あしひきの 山にも野にも ほととぎす 鳴きし(とよ)めば うち(なび)く 心もしのに そこをしも うら(ごひ)しみと 思ふどち 馬打ち()れて (たづさ)はり ()で立ち見れば ()(みづ)(がは) 港の()(どり) 朝なぎに (かた)にあさりし 潮満てば 妻呼び(かは)す (とも)しきに 見つつ過ぎ()き (しぶ)谿(たに)の (あら)()(さき)に 沖つ波 寄せ()(たま)() (かた)()りに かづらに作り (いも)がため 手に巻き持ちて うらぐはし ()()(みづ)(うみ)に ()()(ぶね)に (かぢ)()()き (しろ)(たへ)の (そで)振り返し  (あども)ひて ()()ぎ行けば ()()(さき) 花散りまがひ  (なぎさ)には (あし)(かも)(さわ)き  さざれ波 立ちても()ても  ()(めぐ)り 見れども()かず 秋さらば (もみ)()の時に  春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと  かくしこそ 見も(あき)らめめ 絶ゆる日あらめや
3994 白波の 寄せ来る(たま)() ()(あひだ)も 継ぎて見に()む 清き(はま)びを

右は、(じよう)大伴宿禰池主作る。四月の二十六日に追ひて(こた)ふ。

四月の二十六日に、(じよう)大伴宿禰池主が(たち)にして、税帳使(せいちやうし)(かみ)大伴宿禰家持を(せん)する(うたげ)の歌 (あは)せて古歌 四首
3995 (たま)(ほこ)の 道に()で立ち 別れなば 見ぬ日さまねみ (こひ)しけむかも

右の一首は、大伴宿禰家持作る。

3996 ()()()が 国へましなば ほととぎす 鳴かむ五月(さつき)は (さぶ)しけむかも

右の一首は、(すけ)内蔵忌寸綱麻呂(くらのいみきつなまろ)作る。

3997 我れなしと なわび我が()() ほととぎす 鳴かむ五月(さつき)は 玉を()かさね

右の一首は、守大伴宿禰家持作和ふ。

石川朝臣水通(いしかはのあそみみみみち)(たちばな)の歌一首   
3998 ()がやどの (はな)(たちばな)を 花ごめに 玉にぞ()が貫く 待たば苦しみ

右の一首は、(でん)(しよう)して主人(あるじ)大伴宿禰池主しか云ふ。

(かみ)大伴宿禰家持が(たち)にして飲宴(うたげ)する歌一首 四月の二十六日
3999 都辺(みやこへ)に 立つ日(ちか)づく ()くまでに (あひ)()()かな 恋ふる日多けむ

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