右の件の歌は、古集の中に出づ。
1247 大汝 少御神の 作らしし 妹背の山を 見らくしよしも
1248 我妹子と 見つつしのはむ 沖つ藻の 花咲きたらば 我れに告げこそ
1249 君がため 浮沼の池の 菱摘むと 我が染めし袖 濡れにけるかも ☆故地 ☆花
1250 妹がため 菅の実摘みに 行きし我れ 山道に惑ひ この日暮らしつ ☆花
右の四首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。
問答
1251 佐保川に 鳴くなる千鳥 何しかも 川原をしのひ いや川上る ☆故地
1252 人こそば おほにも言はめ 我がここだ しのふ川原を 標結ふなゆめ
右の二首は、鳥を詠む。
1253 楽浪の 志賀津の海人は 我れなしに 潜きはなせそ 波立たずとも
1254 大船に 楫しもあらなむ 君なしに 潜きせめやも 波立たずとも
右の二首は、海人を詠む。
臨時
1255 月草に 衣ぞ染むる 君がため 斑の衣 摺らむと思ひて ☆花
1256 春霞 井の上ゆ直に 道はあれど 君に逢はむと た廻り来も
1257 道の辺の 草深百合の 花笑みに 笑みしがからに 妻と言ふべしや ☆花
1258 黙あらじと 言のなぐさに 言ふことを 聞き知れらくは 悪しくはありけり
1259 佐伯山 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも ☆花
1260 時ならぬ 斑の衣 着欲しきか 島の榛原 時にあらねども
1261 山守の 里へ通ひし 山道ぞ 茂くなりける 忘れけらしも
1262 あしひきの 山椿咲く 八つ峰越え 鹿待つ君が 斎ひ妻かも ☆花
1263 暁と 夜烏鳴けど この岡の 木末の上は いまだ静けし
1264 西の市に ただひとり出でて 目並べず 買ひてし絹の 商じこりかも ☆故地
1265 今年行く 新島守が 麻衣 肩のまよひは 誰れか取り見む
1266 大船を 荒海に漕ぎ出で や船たけ 我が見し子らが まみはしるしも
所に就きて思ひを発す 旋頭歌
1267 ももしきの 大宮人の 踏みし跡ところ 沖つ波 来寄らずありせば 失せずあらましを
右の十七首は、古歌集に出づ。
1268 子らが手を 巻向山は 常にあれど 過ぎにし人に 行きまかめやも
1269 巻向の 山辺響みて 行く水の 水沫のごとし 世の人我れは ☆故地
右の二首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。
物に寄せて思ひを発す
1270 こもりくの 泊瀬の山に 照る月は 満ち欠けしけり 人の常なき ☆故地
右の一首は、古歌集に出づ。
行路
1271 遠くありて 雲居に見ゆる 妹が家に 早く至らむ 歩め黒駒
右の一首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。
旋頭歌
1272 大刀の後 鞘に入野に 葛引く我妹 真袖もち 着せてむとかも 夏草刈るも ☆花
1273 住吉の 波豆麻の君が 馬乗衣 さひづらふ 漢女を据ゑて 縫へる衣ぞ
1274 住吉の 出見の浜の 柴な刈りそね 娘子らが 赤裳の裾の 濡れて行かむ見む
1275 住吉の 小田を刈らす子 奴かもなき 奴あれど 妹がみためと 私田刈る
1276 池の辺の 小槻の下の 小竹な刈りそね それをだに 君が形見に 見つつ偲はむ
1277 天にある 日売菅原の 草な刈りそね 蜷の腸 か黒き髪に あくたし付くも
1278 夏陰の 妻屋の下に 衣裁つ我妹 うら設けて 我がため裁たば やや大に裁て
1279 梓弓 引津の辺なる なのりその花 摘むまでに 逢はずあらめやも なのりその花 ☆故地
1280 うちひさす 宮道を行くに 我が裳は破れぬ 玉の緒の 思ひ乱れて 家にあらましを
1281 君がため 手力疲れ 織りたる衣ぞ 春さらば いかなる色に 摺りてばよけむ
1282 はしたての 倉橋山に 立てる白雲 見まく欲り 我がするなへに 立てる白雲 ☆故地
1283 はしたての 倉橋川の 石の橋はも 男盛りに 我が渡してし 石の橋はも
1284 はしたての 倉橋川の 川のしづ菅 我が刈りて 笠にも編まぬ 川のしづ菅
1285 春日すら 田に立ち疲れ 君し悲しも 若草の 妻なき君し 田に立ち疲る
1286 山背の 久世の社の 草な手折りそ 我が時と 立ち栄ゆとも 草な手折りそ ☆故地
1287 青みづら 依網の原に 人も逢はぬかも 石走る 近江県の 物語りせむ
1288 港の 葦の末葉を 誰れか手折りし 我が背子が 振る手を見むと 我れぞ手折りし ☆花
1289 垣越しに 犬呼び越して 鳥猟する君 青山の 茂き山辺に 馬休め君
1290 海の底 沖つ玉藻の なのりその花 妹と我れと ここにしありと なのりその花
1291 この岡に 草刈るわらは なしか刈りそね ありつつも 君が来まさむ 御馬草にせむ
1292 江林に 宿る鹿やも 求むるによき 白栲の 袖巻き上げて 鹿待つ我が背
1293 霰降り 遠江の 吾跡川楊 刈れども またも生ふといふ 吾跡川楊 ☆故地 ☆花
1294 朝月の 日向の山に 月立てりみゆ 遠妻を 持ちたる人し 見つつ偲はむ
右の二十三首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。
1295 春日にある 御笠の山に 月の舟出づ 風流士の 飲む酒坏に 影に見えつつ